第23話 「はっぶーーーぶー。」

 〇二階堂 織


「はっぶーーーぶー。」


「あははは!!リズちゃん、その顔はないでしょ~!?」


「誰が教えたんだ…こんな顔芸…」


「もうっ!!顔芸って何よー父さん!!これ、ちゃんと嬉しいって顔なのに…」


「どう見てもブーイング中だ…」



 今夜は、海とサクちゃんの家で…ちょっとした食事会。

 誰にも内緒にしてたけど…先週、知花ちゃんから連絡があった。



『あたし、26日から新婚旅行なんです。』


「…新婚旅行?」


『はい。新婚旅行』


「……」


 結婚して何年も経ってるのに、堂々と『新婚旅行』と言える彼女を可愛いと思ったし…羨ましいとも思った。

 結婚した時に行かなかったんだろうな。っていうのは、すぐに察しはついたけど。

 それでも言えちゃうのが…ね。


「どこに行くの?」


『アメリカなんですけど…』


「え?仕事で行ってるんじゃないの?」


『ええ…でもプライベートでは行った事ないから。』


「あー…じゃあ、サクちゃんの所にも?」


『それなんですけど…』


「?」


 知花ちゃんは、それなんですけど…の次に。

 サプライズがしたくて、と続けた。


 サプライズ。


 それはー…ちょっとあたしの心もくすぐった。



 あたしにとってのサプライズは…

 父さんと母さんが、見合い相手だ。って環を連れて来てくれた事。

 あれが一番のサプライズ。


 それからー…

 桜が奇麗だから見に来ないか。って環から電話をもらって行った公園に、センがいた事。

 あれも…とびきりのサプライズ。


 だけど、考えてみると…

 あたしは誰に対しても、サプライズなんてした事ない。


 …いいなあ、サプライズ。


 あたしが年甲斐もなくそう思ってると。


『織さん、協力してもらえませんか?』


 知花ちゃんが、そう言った。



 知花ちゃんの考えたサプライズは、知花ちゃん達の渡米を知らない海とサクちゃんの所へ二人が行くって事だったけど。

 そこに、あたしと環もどうか、と。

 だけど日程を聞いて…あたしも思った。


「その日は環も渡米してるの。」


『え?仕事で?』


「ええ。」


『織さんは?』


「あたしは…相変わらず呼ばれてない。」


『えーっ、そこは無理やりついて行くって事で…』


「ううん。だから…あたしも環にサプライズ。」


『……ふふっ。』


「ふふっ。」


『それ、いいかも。』


「ね。」



 そうしてあたしは…仕事で渡米した環と浩也さんに続いて、コッソリと渡米した。

 そして、海が帰る前にサクちゃんに連絡して。


「サプライズしない?」


 と持ち掛けた。

 もちろん、知花ちゃん達が来る事は内緒で。



 海もだけど、環の驚いた顔。

 そして、その後ろにいた浩也さんと富樫の驚いた顔も嬉しかった。


 だけど…ね。

 ちょっと、引っ掛かった。


 環…

 少しだけ…



 困った顔、したよね。



「えっ、父さん…これ大サービスじゃない。」


 食事が終わって、みんなでお酒を飲みながら。

 今、話題になってるのは…千里さんのインスタグラム。


 二階堂の者はもちろんしないけど(するとしたら、誰かになりすまして)、情報収集のために見るぐらいはする。

 でもそれは、本当に単なる情報として。



「うっかり上げちまったけど、咲華が見てなくて良かった。華音と華月からはすぐに連絡が来た。」


 千里さんのインスタグラムは、今の時点でフォロワー数二千万人。

 ライヴ配信の直後から始めたって事も手伝って、本当に世界中の人からフォローされ始めてる。

 たぶん…まだまだ増えちゃうよね。


 日本国内では、もうダントツ一位。

 …そんな旦那様…知花ちゃん、不安にならないのかな…


 って、思ってたけど。



「うふふっ。もう…千里ったら。」


「……」


「……」


 あたしと環だけじゃない。

 海も富樫も浩也さんも…目のやり場に困ってる。


 知花ちゃんが…千里さんにベタベタ!!


「あー、悪いな。こいつ、酒飲むとこうなるんだ。」


 って言いながらも…千里さん、すごく嬉しそう!!

 分かってて飲ませたんじゃ!?


「すいません。母さんからって言うのがアレだけど…くっついてるのは見慣れてるんで、あたしはあまり違和感ないです。」


 サクちゃんだけは、そう言って。


「母さん、新婚旅行楽しい?」


 なんて、知花ちゃんの顔を覗き込んでる。


「うん。サイコー。どうしよう。幸せ過ぎ。」


 …やだ。

 知花ちゃん、可愛い…。


「…義母さんの意外な一面を…」


 海はそう言って照れたような顔をしてるけど。


「おまえも結構イチャイチャしてるじゃないか。」


 環に突っ込まれた。


「えっ。」


「ああ…そうよね。あたし達の前でも、さらりとサクちゃんの腰を抱き寄せてチュッてしてるじゃない。」


「そ…それは、ここで暮らしてると普通にそうなると言うか…」


 しどろもどろな海。

 ふふっ。

 こういう面もあるのね。


 サクちゃんとの結婚は…大正解だったなって思う。

 何より…海に笑顔が増えた。

 そして、仕事に対しての責任感も増したように思えるし、オンとオフの切り替えも…少しずつだけど、やろうとしてる。


「なんだ。俺に遠慮してるのか?別にいつも通りにしてていい。」


 千里さんにそう言われた海は、それまで離れて座ってたサクちゃんと目を合わせて。


「…じゃあ…」


 なんて言いながら、サクちゃんの隣に密着して座った。

 それを見た環は、あたしに首をすくめて笑う。


 …あーあ。

 息子夫婦にも当てられちゃうなんて。


「環さん達は、いつもその距離なのか?」


 あたしが唇を尖らせようかなー…って思ってる所に、千里さんが言った。


「…え?」


 突然の言葉に、あたしの背筋が伸びると。


「いつもこのような距離です。私達の手前があるのだとは思いますが、息子さん夫婦のおうちに招かれている時ぐらい、オフの姿でもいいと思うのですけどね。」


 ひ…浩也さんーーーーーーー!?


「マジかよ。二人きりの時もそうなのか?」


「も…もう、そんなくっつくような歳でもないし…」


 や…やだ。

 何狼狽えてるの、あたし。


「くっつくのに歳なんて関係あるか。」


「そうですよ。」


 と…富樫ーーーーーーーーー!!


「そう言えば、二人で登山した時は、頬寄せ合って写真撮ってたじゃないか。」


「うっ…」


 海ーーーーーーーーー!!


「わあ、二人で登山。素敵。」


 カクッ。


 知花ちゃんの言葉に少し拍子抜けしたけど。

 環は小さく咳払いをして…


「確かに、人前で密着はしないけど…二人きりの時はそれなりにくっついてる。」


 千里さんの目を見ながら、そう言った。


 …そうね。

 二人きりの時は、それなりにくっついてる。

 それなりに、ね。


 …二人きりの時なんて…


 めっっっっったに、ないけどね。



 ああ、やだな。

 お酒が入ってるせいか、無駄に…気持ちが昂っちゃう。

 息子夫婦と、その両親同士。と、外野二人。

 別に…気にしなくてもいいのに…


 環は、浩也さんと富樫の手前、威厳とか照れくさかったりとか…

 色々あるのよ。

 仕方ないわよ。

 この距離感は。


 あたしと環が、同志だっていう証って言うか…

 …とにかく…

 仕方ないの。


 そうしてるつもりじゃないのに、少しだけうつむき加減になってしまうと…


「…じゃ、くれぐれも他の者に告げ口しないように。」


 え?と思った時には…腰をぐいっと引き寄せられてた。


「た…」


 環を見上げる。


「俺達だって、いつもはこうだよな?」


 自然と…環の胸にすがってしまって。

 あたしはたぶん赤くなってしまったと思うのだけど…環はいつもの優しい顔のまま。


「お似合い。」


 知花ちゃんの明るい声と。


「本当。あたしはこっちの方がしっくり来ちゃいます。」


 サクちゃんの、そんな…意外な言葉と。


「ありがとうございます。」


 なぜか、千里さんと知花ちゃんにお礼を言う浩也さんと…


「…やばい。俺が照れる。」


 口元を押さえて、赤くなってる海。


「ふっ。なんでおまえが赤くなる。」


「親父がカッコよく見えて。」


「失礼ね。環はいつでもカッコいいわよ。」


「……」


「……」


 はっ。

 つい…調子に乗ってと言うか…

 周りに乗せられてと言うか…


 ああ!!

 やだもう!!



 あたしがお酒を手にしようとすると…


「うん。分かる。環さん、いつもカッコいいから心配になっちゃうよね。だから、いつもくっついてたくなるよね。」


 知花ちゃんが、力が抜けそうなぐらい…可愛い声で言った。

 浩也さんと富樫は、何とも…娘を見守るような感じの目で、知花ちゃんを見てる。


 富樫。

 知ってる?

 彼女、アラフィフよ!?



「おい。俺以外の男をカッコいいとか言うな。」


「ケチだなあ、千里ってば。」


「おまえは俺だけカッコいいって思ってればいい。」


「思ってる思ってるー。」


「適当に言うな。」


「ほんとよ?だから、こうしちゃうんだもん。」


 知花ちゃんはそう言うと、えいって掛け声と共に千里さんの腰回りにギューッと抱き着いた。


「うおっ…おまえ…ほんっと、飲むと大サービスだな…」


「サービスなんて言わないでよ~。いつもこうしたいのに、人前じゃ勇気がないだけ~。」


「……」


「……」


 無言のあたし達を見渡して。


「…勘弁してやってくれ。」


 千里さんは、嬉しさを隠しきれない顔でそう言いながら、知花ちゃんの頭をポンポンってした。



「…あたし達、置物にでもされてるのかしら。」


『人前じゃ勇気が出ない』って言葉に対して、笑いながらそう突っ込むと。


「ごめんなさい…こんな親で…」


 サクちゃんが、全開にしてる額の汗をおしぼりで拭きながら言った。

 その困った顔が…本当に困ってないから笑えてしまって。

 少し力が抜けた。

 それにつられたのか…環があたしの肩を抱き寄せて、あたしの髪の毛を指に巻いた。


 …こういう事、人前でしてくれるなんて…

 息子夫婦や部下の前って言うのが恥ずかしくもあるけど…

 嬉しい。

 素直に、嬉しい。


 そう思ってると。


「私は今、『幸せ』という物を目の当たりに出来て感激しています。」


 浩也さんが、グラスを掲げてそう言ってくれた。

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