第9話 「わー。いい天気っ。」
〇二階堂咲華
「わー。いい天気っ。」
あたしは裏庭で大きく伸びをして。
「さ、リズ。お出掛けよ~。」
大きな目をパッチリと開けて、あたしを見上げてたリズを抱きかかえた。
海さんは…朝早く、何かあったみたいで、二階堂に行ってる。
…残念だけど、こんな事でへこまない。
海さんには、大事な任務があるんだから。
華音と華月は午後から合流。
そのためにも早く仕事を片付けるって、颯爽と出勤して行った。
聖も普段と同じように家を出て、おじいちゃまとおばあちゃまも、リズの頭にキスをして仕事に行った。
「サクちゃん、お待たせー。」
裏口から外に出ると、沙都ちゃんが車の後部座席から手を振った。
「あ、おはよう、沙都ちゃん。みなさん、おはようございます。」
ドアを開けてもらって、まずはリズを受け取ってもらう。
「今日は急にお邪魔して悪いね。」
運転席では、沙都ちゃんのお父様…朝霧光史さんが、昔と変わらない優しい笑顔で言われた。
「いえ。大勢の方が楽しいし。あたしの方こそ、急に乗せてもらう事になって…」
「仕方ないよ。海君、仕事なんだってね。後からでも来れるといいけど。」
「本当ね。サクちゃん、久しぶりね。」
「ご無沙汰してます。」
光史さんの奥さんとも、すごく久しぶり。
母さんのバンドメンバーの人達とは…『家族会』なるものでよく会ってたから、ほとんどみんな家族みたいなもの。
「廉斗君、リズです。よろしくね?」
チャイルドシートに並んで座った二人。
廉斗君もリズも、お互い興味津々みたい。
「曽根君は?」
「お昼ぐらいになるかもって。」
「あら、そうなの?」
「元々曽根さんが働いてた二号店の方、少し手伝って来るって。」
やがて車が発進して。
車内は…父さんと母さんの話題になった。
「…もし、今日二人がペアルックなんて着てても、スルーしてやって下さい(棒読み)」
「あはは。あり得るよな。神さん、有無を言わさずだから。」
「昨日の華月ちゃんのインスタの神さん、ええーって思ったけどカッコ良かったよね。僕もあの服欲しいなあ。」
「そこ?(笑)沙都ちゃんは何着ても似合いそう。」
「知花さんと華月ちゃんのツーショットも見たけど、もう、本当可愛くてビックリ。知花さん、年取らないなあって。」
華月が母さんと撮った双子みたいなショットは、どうやらSHE'S-HE'Sのルームだったようで。
メンバー全員から激写された…って、母さんは少しワナワナとしてたらしい。
可愛いって褒められてるんだから、素直に喜べばいいのに…とは思うけど…
あたしも、40代後半になって20代みたいって言われて素直に喜べるかどうかは謎だなあ…
「さあ、ついたぞー。」
光史さんがそう言うと、廉斗君が大はしゃぎ。
それにつられて、リズも手を叩いて喜んだ。
あ~…楽しみだなあ。
沙都ちゃんがベビーカーを出してくれて、駐車場から歩いて正門に行くと…
「……」←あたし
「…神さんのデニム姿、初めて見た。」←沙都ちゃん
「…素敵…」←瑠歌さん
「…神さんまで若返ってる…」←光史さん
「じっ!!あー!!」←リズ
正門の前、父さんと母さんがいる。
母さんは…昨日に引き続き、若い。
ペアルックじゃないけど、二人ともデニムを取り入れてて…
…若い。
「よお。リズ。」
「きゃっ。」
父さんがリズを抱っこして…
「おはよう、リズちゃん。」
母さんが、リズの頬に触れる。
そんな二人を見て、沙都ちゃんが。
「わー…親子って言ってもいい感じ…」
優しく笑いながら言った。
「ま…まさか。おじいちゃんとおばあちゃんなのよ?」
母さんはそう言って照れたけど。
「もう一人頑張るか?」
父さんが母さんの頬にキスして…
「ばかっ。」
母さんに猫パンチされてる。
………いやー。
なんて言うか…
良かった。
これであたし…安心して向こうに行けるかも。
〇里中健太郎
「ここなら病院も事務所も近い。どうだ?」
「わー、日当たりもバッチリ!!」
「……」
高原さんとさくらさんを前に…俺と両親は、ただ…無言で瞬きをするばかりだった。
「…親父…母さん…」
一昨日は打ち上げにも出たし…帰ったのが朝方だった上に…
引き受けたクセに、俺が社長なんて嘘だろ?って考え始めると…眠れなくて。
結局、一睡もしないまま、朝飯の時に…
「俺…ビートランドの社長になる事になった…」
小さな声でそう言うと。
「ん?どうした?エイプリルフールでも、もっとマシな嘘をついた方がいいと思うけど。」
親父はそう言って、テレビのチャンネルを変え。
「まあ、夢でも見たの?」
母さんは、味噌汁を飲みながら笑った。
…だよな。
信じられなくて当然。
俺もまだ…嘘みたいだし。
そうこうしてると、午後に高原さんがうちに来て。
「私の妻に会長を、おたくの息子さんに社長を任せる事にしました。」
両親にそう言ったもんだから…
「…………」
両親は口を開けて無言のまま、どんどん首を傾げて…
「…社長って…健太郎は…修理をしに…会社に行ってるんじゃ…?」
やっとの思いで、親父がそう口にした。
「ええ。素晴らしい腕を持ってます。修理も、音作りも。そして、人望も厚い。好きな事をしながら、うちの事務所を育ててもらいたいと思ってます。」
好きな事をしながら、うちの事務所を育ててもらいたい…
その言葉を聞いて、なんて言うか…
……こんなに都合のいい話があっていいのか?って思った。
高原さん、俺を騙そうとしてるんじゃねーよな…?
さらには。
「明日の朝、事務所の近くのマンションを見に行こう。」
帰り際に、高原さんがそう言って。
「ご両親も是非。」
この、手際の良さと言うか…
とにかく高原さんは、決めるのも取り掛かるのも早い。
…アメリカから帰って来て、知花ちゃんと自動車学校が一緒だったのが運のツキなんだろうか…
彼女とエルワーズでお茶をしていた時に、高原さんと再会した。
それから…高原さんはすぐに、俺をビートランドに就職させてくれて…
修理業だけに留まらず、SHE'S-HE'Sのプロデューサーと、エンジニアも任せてくれた。
昨日なんて、F'sのライヴまで。
元々忙しいのは好きだ。
毎日、音楽に関わっていられる生活…
俺にとっては、贅沢以外の何ものでもない。
なのに…
あの、世界中のアーティストが憧れるビートランドの…社長…?
まさかだよな…
俺なんかに務まるのかな…
「け…健太郎…」
途方に暮れている俺に、俺以上に途方に暮れている両親。
「ちょちょちょっと…こっちに…」
親父が俺の上着の袖を引っ張って、日当たりのいいリビングから玄関に向かって後ずさりした。
「…何だよ。」
「これ…これは…本当の話なのか?」
親父は…もう、瞳孔が開いてるんじゃないかってぐらい、目が…おかしい。
仕方ないよな…
俺だって、まだ半信半疑…
いや、到底信じられない話だ。
だけど、あの高原さんがここまで言ってくれるんだ。
嘘でも乗っからなきゃいけない気にはなって来ている。
「…俺にも信じられないけど…本当の話みたいだぞ?」
「おまえが社長って…高原さんは、病気をされて少しどこか…」
「失礼な事言うなよ。高原さんは今までと変わらず凄い人だよ。」
「詐欺なんて事…」
「あるわけねーだろ?」
俺と親父が玄関口でコソコソと話してると。
「んっんんっ。」
わざとらしい咳が…聞こえて来た。
「とんでもない話だと思う気持ちも分かる。」
ハッと振り向くと…そこに高原さんがいて。
「だが、それだけ…俺は里中を信頼してるんだ。」
真顔で…そう言ってくれた。
「高原さん…」
俺が改めて感激してると。
「ま、ご両親が心配される気持ちも分かる。一応書類を持って来た。仕事に関する事と、このマンションの契約書だ。」
高原さんはそう言って、書類の入った袋を俺に手渡した。
「…俺に務まるでしょうか…」
封筒を受け取りながら、少し自信のない声でそう言うと。
「大丈夫だ。今まで通り、楽しみながら仕事をして…少しだけ苦労をしてくれればいい。」
ほんのり…笑顔。
「…少しだけ苦労…」
「社長はおまえだが、サポートは大勢いる。顎で誰を使ってもいい。使える人材を見極めて、育て上げてくれ。」
こんなに…信頼されてるなんて。
荷は重いが、期待に応えたいと思う自分もいる。
…一度引き受けたんだ。
覚悟を決めなくては…。
「…俺に任せて間違いはなかったと言ってもらえるよう…頑張ります。」
高原さんの目を見てきっぱり言うと。
「そうか。じゃあ、まず…」
「?」
いきなり、少し伏し目がちになって…
「これから…」
「……」
俺の耳元で…ある話をした。
「……え?」
「頼んだぞ。」
「……」
ベランダに出て、外の景色を眺めてる両親の背中を見ながら。
今高原さんが行った言葉が…
俺に、重くのしかかった。
〇朝霧光史
「父さーん!!母さーん!!見て見てー!!」
「…見てる。そんなにはしゃぐな。」
大声で俺と瑠歌を呼んでるのは…我が家の次男坊、沙都。
今日は海君とサクちゃん家族のお出掛けに便乗させてもらって、動物園と水族館をはしご予定。
なのに、海君は仕事らしく…遅れてでも参加できるといいのだが。
「リズちゃん、見えるかなー!?」
「んぱっ!!あうーっ!!」
廉斗は真顔でキリンをマジマジと観察していると言うのに…
…沙都。
0歳児と同じレベルではしゃいでどうする…
「どこの息子だ?」
ふいに、神さんが隣に立って言った。
「…世界に出て少しは変わったかと思いきや…です。」
「あいつはよく頑張ってるよ。」
「え?」
「ソロで世界に出るなんて、名誉だがストレスもハンパないはずだ。それでも沙都の評価は、客以上にスタッフ側から高い。」
「……」
「いい息子だな。」
「…ありがとうございます。」
神さんとは…ずっとビートランドのアーティストとして、共に切磋琢磨し合える関係で…
だが、俺から見たら、まだまだ雲の上の人。
憧れの先輩。
…昔は…本気でこの人に恋心を抱いた。
だからってわけじゃないがー…
こうして沙都を誉められたのに、自分の遺伝子を誉められた気もして…ドキドキしてしまった。
…いいオッサンが、ときめいてどうする…
「…希世はどうだ。」
「え?」
思いがけない質問に、顔を神さんに向けると。
神さんはリズちゃんと沙都を眺めながら…
「同じドラマーとして、希世をどう思う?」
真顔でそう言った。
「…同じドラマーとして…ですか。」
「ああ。」
希世が在籍するDEEBEEは…
いわゆる、二世バンド。
センの息子の詩生がボーカル、京介さんの息子の彰がギター、そして当初はアズさんの息子の映がベースを弾いていた。
だが、映は神さんがボーカルを務めるF'sのベーシスト、臼井さんが勇退されて…DEEBEEを脱退して、F'sに加入した。
それは…事務所でも、かなりの話題になった。
臼井さんの後釜に、映…
無理だろう。と。
なぜなら、DEEBEEはビジュアル系で、音数を派手に弾くようなスタイル。
だがF'sは…どっしりとした重低音で、派手さよりも、単純だが正確さを求められる。
映には務まらない。
誰もがそう思っていた。
当初は映の申し入れもすぐに却下されたし、一般からオーディションをして選ぶという噂も聞いていた。
だが…映の粘り勝ち。
映はそれまでのプレイスタイルを全部捨てて、基本に忠実なベーシストになった。
簡単なようで難しい事でもある。
「…正直…DEEBEEのスタイルだと、あと何年持つか…って思ったりもします。」
あまり口にはしたくなかったが…神さんに聞かれたんだ。
正直に答えよう。
「先日のF'sのライヴで、かなり刺激されたようです。」
「映にか。」
「はい。DEEBEEの時の映とは全然違う、だけど格段に上手かった。」
元々…映はテクニシャンだと評価は高かった。
それでも。
それでも、こんなに弾けたのか。と思わされた。
踊るようなベースラインじゃなくても。
「希世の奴、昨日、いてもたってもいられなかったみたいで。DANGERのリハに叩きに行ってました。」
「…ああ。高原さんに聞いた。」
「高原さんは何か…?」
「……」
神さんは、沙都を見て笑ってるサクちゃんと知花を見て。
それから小さくため息をつくと…
「DEEBEEには、試練が訪れる。」
小さく、そう言った。
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