第3話 バッ。
〇神 千里
バッ。
隣で、すげー勢いで知花が起き上がった。
「……ゆっくり起きろよ。」
小さく笑いながら前髪をかきあげると。
知花は、横になったままの俺を見下ろして。
「仕事は!?」
目を見開いた。
「おまえ午後からだろ?」
「う…うん、あたしはそうだけど…」
「俺は昼前から。まだこうしてようぜ。」
起き上がった知花の腕をゆっくり引いて、抱き寄せる。
「で…でも、朝食…」
「腹減ったか?」
「…まだ…大丈夫だけど…」
「二人きりなんだ。別に規則正しくしなくていい。」
「…クセ付きそうで怖いな…」
「たまにはいーだろ?」
「…うん…」
それからしばらく、そのまま…少しだけイチャイチャしながら過ごして。
一緒にシャワーして。
「あたし…着替えに帰らなきゃ。」
昨日の服に着替えながら、知花が言った。
「……」
俺はそれを頬杖をついて見て。
「…一時間ほど、おとなしく待ってろ。」
そう言って、立ち上がった。
「え?」
「いいから。あ、冷蔵庫には大したもんねーからな。小々森に電話して配達してもらえ。」
「え…えっ?」
「行って来る。」
「って…どこへー!?」
知花の声を背中に受けながら、俺はマンションを出る。
…さて。
家族のスケジュールは知ってる。
別居してからも、それぞれがスケジュールを送り合ってた。
華月は今日は早朝からスタジオで撮影のはず。
「おう。」
俺が事務所のスタジオに顔を出すと、あまりに珍しい事だからか…
「……父さん?」
華月はキョトンとして首を傾げて。
「かっかか神さん!!」
スタッフは狼狽えた。
…なぜ狼狽える。
華月に色目使ってんじゃねーだろーな。
「わー、どうしたの?珍しい。」
「何、おまえもう終わったのか。」
「うん。少なかったから。」
「そりゃ良かった。一時間ほど付き合ってくれ。」
「え?」
そうして俺は、華月を従えて。
「もう…どこの新婚夫婦よ…」
「何とでも。」
知花の服と下着と化粧品を買いに行った。
「でも…良かった。夕べLINEくれた時は…ちょっと悲鳴上げちゃったよ。」
夕べ、知花をマンションに連れ帰る際に…
誰かに連絡をしなくてはと思い。
華音…いや、咲華…いや…
華月を選んだ。
ステージから詩生とのイチャ付きぶりを指摘したから、機嫌を取る意味も含めて。
『知花は俺がマンションに連れて帰る。しばらく桐生院には帰さない。みんなによろしく』
そう華月にLINEすると。
『父さんから文字キター!!』
『ラジャー!!(スタンプ)』
『Good Luck!!(スタンプ)』
…三つも返って来た。
「んじゃな。」
買い物を終えて華月と別れる。
「あ。」
手を振る華月に振り返って。
「おまえ、俺らがいないからって、門限破るなよ。」
そう言うと。
「買い物に付き合った分ぐらいは、大目に見てもらうわ。」
華月は目を細めて手を振り続けた。
〇朝霧沙都
「おはようございまーす。」
夕べは父さんの面倒を見る羽目になって、二次会の終わりまで付き合った。
って言っても、僕は紅美ちゃんと飲んだビール一杯だけで、後はずっとオレンジジュース。
だって…僕が日本に居られるのは、もう数日。
その貴重なオフを、二日酔いで潰したくないんだよね。
「あらっ、沙都ちゃん。おはようっ!!」
そう言って元気良く僕をハグしてくれたのは、さくらばーちゃん。
「昨日遅くなったんじゃないの?」
「ばーちゃんこそ。」
「あたしは二次会行かずに帰ったから。」
「別会場で盛り上がってたのかと…」
「ううん。なっちゃんも無理は出来ないお年頃だからね。」
僕とさくらばーちゃんがそんな会話をしてると…
「誰がジジイだ。」
さくらばーちゃんの後ろから、高原さんが来て。
「あたっ。」
ばーちゃんの頬をにぎにぎっとした。
「いたーい!!」
「俺は二次会行きたかったのに…」
「若い子達しか行ってなかったでしょ?」
「マノンは行ってた。」
「嘘。マノンさんは、酔い潰れて帰らされてましたー。」
さくらばーちゃんの言葉に、高原さんは僕を見た。
「正解。おじいちゃん、タクシーで帰りましたよ。」
僕がそう答えると。
「…おかげで俺は飲み足りない。沙都、上がれ。」
えっ。
朝から飲まされちゃうのかな…(汗)
って思うようなセリフを言われた。
けど。
「おまえ、グレイスから今後のスケジュールはどう聞いてる?」
大部屋で、いきなり仕事の話を振られた。
「えーと…」
今回、まとまった休みをもらえたのは…過酷なスケジュールを頑張ったから。
でも、渡米したらまた…鬼のようなスケジュールが…待ってると思う。
だって、僕には何も言わないけど…
渡米の日が近付くにつれ、曽根さんの元気がなくなって来たもん。
曽根さん、よく絞られてるもんなあ…グレイスに。
「ハッキリは聞いていまませんけど、たぶん新曲作ってレコーディングして…その合間にメディアに出たり…だと思います。」
次のアルバムを出す予定はまだ先だけど、それでもグレイスはツアーを組む。
同じ曲ばかりのツアーで、お客さんはつまんなくないのかなあ?
って…
それは僕の腕の見せ所なんだけど…
「SHE'S-HE'Sがメディアに出る話は聞いたな?」
「あ…はい。」
「あいつらはアメリカでのデビューが先だったから、向こうのフェスで…とも思ったが…」
「……」
ちょっと、背筋が伸びた。
SHE'S-HE'Sがメディアに出る話は、どこで誰から聞いても、僕は…体のどこかが痺れるような感覚になる。
きっと、それほどに楽しみなんだ。
父さんが…僕の父さんが、ドラムを叩く姿。
ほんっと、めちゃくちゃカッコいいし。
それを世界の人に見てもらえるなんて…泣きそうだよ。
「三月にBEAT LAND Live alive Vo.2を、B-Lホールでやる事にした。」
「……えっ?」
「沙都、おまえもそれに出ろ。」
「……へっ?」
「アメリカの事務所代表でな。」
「………」
えーーーーーっ!?
〇桐生院華音
「ふあああああ~…」
大きくあくびをしながら大部屋に行きかけると、じーちゃんとばーちゃんと…誰かが話してる。
…あの声は…沙都か。
華月は早朝から撮影。
聖もいつもと変わらない時間に仕事に行ったはず。
海と咲華とリズは…
「……」
大部屋に行く前に、窓から裏庭を見ると…いた。
咲華とリズは、このクソ寒いのに庭で何かして遊んでる。
それを海が幸せそうに眺めて…二人の頭を撫でて手を上げた。
仕事か。
まあ、普通そうだな。
時計を見ると、9時半。
志麻はめちゃくちゃ早く仕事に行ってたぞ?
重役出勤だな。
夕べ、親父と母さんは帰って来なかった。
LINEには、華月から…
『父さんからLINE来た!!』
『絶対冷やかしのLINEとかせずに、静かに見守ってあげよーねー!!』
のコメント。
親父と母さん抜きに一括送信。
そこには海も入ってた。
あいつ、LINEなんてしてたんだ?
それにしても…
『知花は俺がマンションに連れて帰る。しばらく桐生院には帰さない。みんなによろしく』
…親父…
いくつだよ。
青春真っ盛りみてーな事しやがって。
ま、でもそれが親父だな。
二人が幸せなら、俺は文句ねーよ。
「……」
俺はスマホを手にして頭をポリポリとかく。
夕べダリアで、杉乃井幸子と音楽の話で盛り上がった。
たぶん…二時間ぐらいは話し込んだ。
その間に、家族からのLINE…は、ともかく…
紅美から、電話もLINEも来てたのに…
何で気付かねーんだ俺!!
スマホを見たのが帰ってからだったのと、軽く酔ってたからすぐ寝てしまった俺は…
まだ紅美に連絡をしていない。
んー。
あんなライヴの後だったから、俺だって会いたかったんだけどな。
紅美は麗姉と帰るんだとばかり…
「なにしてゆの?」
気が付くと、至近距離にリズの顔があった。
笑顔のリズの後ろで、咲華が腹話術のように…
「おいちゃん、らっこしてぇ~。」
「…おまえが喋るな。リズのかわいらしさが半減する。」
「まっ、ひどいっ。」
咲華からリズを奪い取って、プルプルと揺らすと。
「きゃはははっ。」
リズは可愛い声で笑った。
ああ…可愛いぜ…
そのまま大部屋に行くと、沙都が冷や汗をかいてるような顔で正座してた。
「…おす。早いな。」
「…おはよ…ノン君…」
「おはよ。華音、何食べる?」
ばーちゃんがそう言って立ち上がったけど。
「あ、いいよ。自分でやる。ほら、ひいばーちゃんに抱っこしてもらえ。」
リズをばーちゃんに預けて、キッチンに立った。
「あっ、リズちゃん。おはよ~。僕の事覚えてるかな?」
リズを見た途端、元気な声の沙都。
ほんと…リズは癒しだな。
「今日、仕事ないの?」
フライパンを出してると、咲華が隣に来た。
「いや?午後からスタジオ。」
「明日は?」
「午前中打ち合わせがあって、あとは曲作りとか。何だ?」
タマゴやチーズを出しながら問いかけると。
「…明日、海さんと沙都ちゃんと曽根君と遊びに行くんだけど…」
咲華は声を潜めて。
「紅美も誘って遊びに行かない?」
「…どこへ。」
「今のところ、予定としては動物園と水族館。」
「…デートコースだな。」
「まあ、そうね。」
「…動物園が先か?」
「たぶんね。」
「じゃ、水族館から合流する。」
「オッケー。」
咲華はそう言うとみんなを振り返って。
「あっ、リズ。沙都ちゃんの髪の毛引っ張っちゃダメよ~。」
「…されてないけど…」
相変わらず、天然ぶりを発揮した。
俺はスマホを取り出すと。
『夕べは悪い。明日、ミーティングの後で水族館行かね?』
そう、紅美にLINEした。
…が。
それは、いつまで経っても既読にならなかった。
〇桐生院知花
「…これ、買って来たの?」
目の前に広げられた品々を見て、それから千里を見て。
瞬きをたくさんした。
だって…
一時間ほど待てって言われて。
あたしはその間に小々森さんに電話して、食材を配達してもらって…
朝食を作って、千里を待ってた。
すると、千里は…
「華月と選んで来た。」
「……」
リビングのソファーと、和室に広げられたのは…
あたしのために、華月と選んだらしい…服と化粧品と…
…下着…
「…下着も華月と選びに…?」
「それは俺が単独で。」
それだけは、少しホッとした。
だって…
娘に見せたくないー!!
「あ…あたし、こういう下着はちょっと…」
「ここにいる間だけだって。」
千里は嬉しそうにあたしの背後に回り込むと。
「いや…桐生院に帰っても、夜だけこれにするとかな…」
あたしの耳元で…嬉しそうにそう言った。
「…ち…千里の好み…?」
「まあ…別に今までのも嫌いじゃねーけど。新婚っつったら、こういうのでも?」
「…仕事の日も…?」
なぜか、あたしを桐生院に戻らせたくないのか…
「……仕事の日用は、俺が桐生院に取りに行って来る。」
千里は、あたしを後ろからギュッとしたまま、そう言った。
「…あたしが取りに帰っちゃダメなの?」
「大晦日までダメ。」
「……」
「一度帰ったら、色んな事が気になって戻りたくなるだろ?」
…そ…それは思い当たる気がする…
でも、そこまでして…あたしとここにいたいって思ってくれてるのも…嬉しい。
千里は、さらにあたしをギュギューッと抱きしめて。
「今夜は、こっちの黒いやつな?」
耳元で…やたらとセクシーな声で言った。
「こ…こんなの…恥ずかしいよ…」
「俺しか見ねーって。」
「…あたし、こんなセクシーなのは似合わない気が…」
「何言ってんだよ…おまえ、まだまだめっちゃきれいだぜ?」
「……」
ああ…やだ…
マンションに二人きり。
『部屋でやれよ』って突っ込む華音も聖もいない。
誰にも止められないって事は…
「…朝飯より、おまえを食いたい…」
「…せっかく…作ったのに…」
「じゃ…おまえ食ってから…朝飯食う…」
歯止めがきかないって事で…
「あっ…」
「…サイコーな朝だ…」
「だ…め……」
あたし……
大晦日まで…
身体、もつかな…(汗)
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