第2話 F'sのライヴの後

 〇桐生院華月


 F'sのライヴの後、詩生は打ち上げに誘われてるからって、事務所に。

 あたしは…少し寂しい気持ちで会場を出た。


「おまえも打ち上げ出て帰ればいいのに。」


 聖がそう言ったけど。


「明日早いの。」


 そう。

 スタジオでの撮影が早朝から。


「聖は?真っ直ぐ帰る?」


「ちょっと会社に顔出すわ。」


「え?今から?」


「今日のライヴ、映像化するかもしんないからなー。色々先手打っておきたい。」


「あ…確かにね。」


「んじゃ、気を付けて帰れよ。」


「うん。聖も気を付けてね。」


 手を上げて、聖と別れる。


 …帰ってリズちゃんに遊んでもらおう…


 そう思ってトボトボと歩いてると…


「華月。」


「えっ…」


 ふいに腕を掴まれて、驚いて肩を揺らした。


「あ…あ~もう…驚いた。」


 息を切らした詩生が、そこにいた。


「打ち上げは?」


「事務所であるみたいだから、それまでルームにと思って。来ないか?」


「…DEEBEEのみんなは?」


「彰も希世も子守りがあるから、映に声だけかけて帰った。」


「そっか。」


 以前はDEEBEEのベーシストとして、一緒にやって来た映。

 今夜は…F'sに加入して初のライヴ。

 今までの映とは違って見えた。

 朝子ちゃんと結婚した事も関係あるのかな。

 なんて言うか…一本芯が通った感じって言うか…

 しっかりして見えた。



「…じゃ、少しだけ。」


 詩生と手を繋いで事務所に入る。

 父さんに見つかったら大騒ぎだけど、きっとまだホールの控室。

 DEEBEEのルームに入ると、詩生は…


「…華月…」


 後ろから、あたしを抱きしめた。


「…どうしたの?」


「いや…神さんの歌聴いて、色々…うずうずした。」


「うずうず?」


「ああ。俺も…ダメな所や弱い所、たくさんあるからさ…」


 あたしを抱きしめてる詩生の手に、そっと触れる。


「そんなの…あたしにだってあるよ?」


「…覚悟してるか?」


「詩生こそ。」


「俺はとっくに。」


「ふふっ…あたしも…」


 向かい合うと、詩生があたしの頬を撫でた。


「…愛してる…華月。」


「…あたしも…愛してる…」


 ゆっくり目を閉じると、唇が来て。

 それがだんだん深まって…あ、こんなとこでそんなにされちゃったら…帰れなくなっちゃうじゃない…って思ってると…


 ########


 ポケットで、スマホが震えた。


「うわっ。」


「はっ……あ…ごめん…スマホ…」


 しっかり抱き合ってたから、詩生はバイブに驚いて…笑った。


「父さんからだ…」


「なんて?」


「……」


「華月?」


 と…父さんが…


「父さんが、文字打ってる!!」


「…え?」


 詩生がスマホを覗き込んで…小さく笑った。


 あの、いつもいつもいつもいつも、猫のスタンプしか送って来ない父さんが!!


『知花は俺がマンションに連れて帰る。しばらく桐生院には帰さない。みんなによろしく』


 母さんをマンションに連れて帰る!?

 しばらく桐生院には帰さない!?

 きゃーーーー!!


「ちょ…ちょちょちょっと待っててね!!」


 あたしは詩生にそう言って、まずは…父さんに返信を。


『父さんから文字キター!!』


『ラジャー!!(スタンプ)』


『Good Luck!!(スタンプ)』


 それから、家族のLINEグループには…父さんにもバレちゃうから…


「……」


 父さんと母さん以外、おじいちゃま・おばあちゃま・お兄ちゃん・お姉ちゃん・海君・聖に。


『父さんからLINE来た!!』


 そして、父さんからのLINEをスクショして送信。


『絶対冷やかしのLINEとかせずに、静かに見守ってあげよーねー!!』


 そう書いて送った。


 おじいちゃま『それで打ち上げ不参加か。まあいい。許そう』


 おばあちゃま『まあ!!知花に何か送りた~い。でも我慢する~…』


 お姉ちゃん『母さん…拉致られた(笑)』


 聖『しばらく二人きりもいーんじゃねー?良かった良かった。てか、スクショ(笑)』


 海君『一安心』


 すぐさま返信があったけど…お兄ちゃんだけ反応なし。

 ま、いっか。


「お待たせ。」


 あたしがスマホをバッグにおさめて振り返ると。


「じゃ、しばらくは俺達にも…色んなチャンスがあるわけだ。」


 詩生はそう言って…


「続き。」


 あたしの腰を抱き寄せて、キスをした。




 〇神 千里


「…今日はやたらとサービスいいな。」


 俺の腿を抱きしめて、執拗な頬擦り。

 知花にこんな事をされるのは初めてで、つい…小さく笑いながら知花を見下ろす。


「…どの歌も…嬉しかった…」


「…それは良かった。」


「あたしも…死にそうだった…」


「おまえから離れたいっつったのに?」


「好き過ぎて…辛かったの…」


「…好き過ぎて辛いのはこっちだ。」


「嘘よ…」


「なんで嘘だよ。」


「嘘よ…なんて、嘘よ…」


「…どっちだよ…」


「あたし…もぅ…」


「…ん?」


「一生…このまま…キスしちゃう…」


「……」


「大好き…」


「……」


『キスしちゃう』って言ってる知花は、ずっと俺の腿に頬擦りをしてて。

 おまえ、ずっとそれやってたら、頬が腫れるぞ?って心配になる。

 だが…


 …可愛すぎる。

 俺の嫁、可愛すぎる。


 酔っぱらうとエロくなるのは知ってるが、もう何年も酒を飲ませた事はなかった。

 だが今夜はF'sのライヴで。

 ついでに…知花をお持ち帰りして。

 打ち上げをパスしてまで持ち帰ったから…二人で打ち上げって事で。


 …飲ませた。

 で…やっぱり…


「もっと…こうしていたーい…」


「……」


 何ならスウェットに毛玉が出来そうなレベルでの頬擦りに、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

 こいつ、俺の腿を俺のどこと勘違いして抱きしめて頬擦りしてんだ?



「千里…あたしね…」


「ん?」


「あたしね…強く…なるの…」


「……」


「千里の事…守るから…」


 頬擦りが止まって。

 知花は、俺の腿に顔を乗せたまま、そうつぶやく。


 俺を守る…?


「おまえが俺を守ってくれるのか。」


 頭を撫でながら問いかけると。


「そうよ…?だって…あたし…」


「……」


「……」


「だってあたし、何だよ。」


「……」


「寝るなー。知花ー。」


 知花の顔を持ち上げて、額を合わせてみるも…


「ふー………」


「……」


 知花は、完全に目を閉じてる。


「……」


 両手で、その頬を挟んで…


 ぷにゅ。


 ふっ。


 ぐにっ。


 ふっ…ふははっ。


 ばいーん。


 あははははははは!!


「んんんっ…んもう…っ!!何してるのよぉ!!」


 あまりにも俺が顔で遊んだから起きてしまったのか、知花はフラフラとしながら立ち上がると。


「千里のバカっ………」


 そう言って、俺の上に倒れこんだ。


「うおっ…おい、ベッドに…」


「くー…」


「……」


 …ま、ここには二人きり。

 まるで新婚みたいに…って俺のリクエストで、二人きり。

 今夜は、このままここで眠るか。

 誰にも叱られない。

 二人きりだからな。


「……」


 ソファーに仰向けになった俺の上に…知花。

 俺は知花を毛布にくるんで、大事に抱えてる。


 最初の結婚の時…気が付いたらお互い惚れ合ってて。

 寝室が一緒になったのも、そう遠い話じゃなかった気がする。

 …まあ、当時は遠い話だったとしても、今思えばそう遠くなかった気がする。


 だが。


 寝室が一緒になってから壊れるまでも早かった。

 あー…後悔したなあ…

 あのマンションのあの寝室、俺は結構好きだったぜ…


 とは言っても。

 このシチュエーションもいい。

 本音を言えば、今夜は抱きたかったが…飲ませた俺が悪い。

 大晦日までは新婚気分で、ここで二人きり…


「……」


 どうしてやろう。

 知花の寝顔を眺めながら、俺は色んな妄想を膨らませた。



 別れた後は、抜け殻だった。

 TOYSを必死で立て直すつもりで、実は自分を立て直していたのかもしれない。

 それでもTOYSは解散。

 知花の事を考えないようにする毎日だったが、何の事はない…

 忘れよう忘れようとすればするほど、知花の存在は俺の中で大きく留まったままだった。



 そして、麗と再会して…華音と咲華の存在を知り、自分の気持ちを認める事にした。

 俺は何をどうしても、知花から気持ちを離す事なんてできねーんだ…って。


 知花の気持ちを取り戻す事に必死になって…F'sを結成した。

 …俺が俺で居るために、必要な知花と…歌。

 仲間や桐生院のみんなの助けもあって、俺は知花の気持ちを取り戻す事が出来た。



 …婿養子に入って、いきなり大家族になって。

 すげー…幸せになった。

 なんつーか…

 元々大家族だったはずの俺は、大家族なのに一人だった気がする。

 …気になるが、記憶の事はいい事にしよう…



「すー…」


「……」


 本当は…色々思った事があったよな。

 もし、二人きりだったら…と。

 大家族で幸せだったけど、それでもどこか…胸のずっとずっと奥の方で。

 もし、二人きりだったら…と。


 …とりあえず、テレビは必ず膝枕だな。

 風呂も絶対一緒に入るし…

 後は…

 …裸にエプロン…


「………そりゃねーな。」


 自分で思ったクセに、眉間にしわが寄った。

 若い頃なら憧れたかもしれねーが…今の知花にはさせたくない。

 いや、今の知花に似合わないと思うわけじゃなく。

 させたくないんだ。

 そんな、世の男なら誰でも一度は夢見そうな事………って、俺は一度も夢見てねーけど。



「……」


 知花の寝顔を見つめて…それから、小さく音を立てて額にキスをする。


 離れたいと言われた時は…正直ショック過ぎて憎しみすら湧きそうになった。

 だが…時間が経つに連れて、自分の小ささにも気付いたし、知花の存在の大きさと…

 何より、知花に対する愛情がどうやっても消えない事を再認識した。


 どこそこの男に惚れられてる事に気付かない鈍さに、イラッとくる事もあるが…

 知花は、俺に心底惚れてる。

 …はずだ。



「んー…」


 知花が俺の腕の中でモゾモゾと動く。

 起きるのか?

 静かに観察してると…


「…寝ないの?」


 ゆっくりと目を開けた知花が言った。


「…そのうち寝るさ。」


「…歯磨きしたい…」


「あ?」


「歯磨き…あたし…お酒臭い…」


 ふっ。


「じゃ、洗面所行くか。」


「ん…」


 眠そうに目をこする知花を抱き起して立ち上がると…


「…連れてって…」


 知花が、俺の首に腕を回して抱き着いた。


「………しゃーねーなあ…」


 少し冷たく言ったつもりだが…

 何もついてないテレビ画面に映った自分の顔が、あまりにもデレデレで笑った。



 知花が甘えてくれる。



 最高に嬉しい。




 〇桐生院知花


「…連れてって…」


 そう言って千里の首に腕を回して抱き着くと。


「しゃーねーなあ。」


 千里はすごく…そっけなくそう言った。


 …もうっ。

 あたし…

 本当は、もう…酔いからさめてるけど…

 酔った勢いって事にして、思い切って甘えてるのに…


 はっ…

 もしかして…

 いくらなんでも、年甲斐もなくって思われてるのかな…


 …そうだよね。

 きっと、そうだよね…!!



「…知花?」


 千里から腕を離して歩こうとすると。


「おい、無理するな。足がふらついてる。」


 千里が腕を取った。


「へへへへ平気…」


「いいからつかまれ。」


「いいいいいいいい。」


「ははっ。何言ってんだおまえ。」


 平気なつもりなんだけど…やっぱり…あたし、まだ酔っぱらってるの…?

 千里は、千鳥足みたいになってるあたしの足をすくうと、軽々と抱き上げた。


「……」


「何だよ。」


「…ライヴの後なのに…」


「おまえぐらい、いつでも抱えられる。」


「…若くないのに…」


「ジジイになっても、抱える気でいるけどな。」


「……」


「さ、歯磨き歯磨き。」



 …何だか…千里は楽しそうで。


「ほら。」


 洗面所であたしを降ろすと、新しい歯ブラシを棚から出して来て、それに歯磨き粉を付けてあたしに持たせた。


「…ありがと…」


「磨けるか?」


「…うん…」


 そんなあたしの隣で、千里は…


「♪~…」


 鼻歌しながら…歯磨きを始めた。


「……」


 千里が…鼻歌しながら歯磨きって…!!

 やだ!!

 貴重過ぎて、あたしが動揺しちゃう!!


「うおっ。あんあお、おあえあー。」


 えっ?て思うと、あたしは動揺のあまりなのかどうか…だらだらと歯磨き粉を口の中からこぼしてて。

 それを千里が、歯ブラシをくわえたままで…拭いてくれたり…顔をぐいっとされて歯を磨かれたり…

 仕方ないから、あたしは…だらーんと両手を下におろしたまま、千里にされるがまま…あーんってして…歯を磨かれた。


「……」


 客観的に…今のこの姿を想像すると…

 …は…恥ずかしい…

 あたし、酔っ払って、旦那様に歯を磨いてもらうなんて…


 ああっ!!もうっ!!

 どこかに隠れてしまいたいー!!



「ん。」


 歯ブラシをくわえたままの千里が、あたしにコップを差し出す。

 あたしは言われるがままにそれを手にして、うがいをする。

 それを見届けて…千里はまた…


「♪~♪~…」


 …鼻歌まじりに、歯磨きを始めた。

 あたしがそんな千里をマジマジと見てしまうと…


「……」


 千里は一瞬鼻歌を止めて、それからうがいをして…ついでに顔も洗って…


「タオル。」


「…はい…」


 ガシガシと顔を拭いて…


「ベッド行こうぜ。」


 そう言って、あたしの顎を持ち上げて…小さくキスをした。



「あ……っ…」


 ベッドにおろされて、千里があたしの上に乗った。


「知花…」


 着替えなんて持って来なかったし…

 今のあたしは、下着をつけてない状態で…千里のスウェットを着てる…

 そりゃあ、簡単に…


「…ん…っ…」


 簡単に…胸に手が届いちゃう…よね…


「…いい声だ。」


「…や…やだ…あたし…大きな声…」


「もっと出していいぜ?」


「…あっ…ダメ…そんな…」


「もっと聞かせろよ…」


「んっ…あ……っ…」



 ああ…やだな…

 なんで酔っ払っちゃったんだろう…

 今夜は大事な夜な気がするのに…

 もっとこう…ちゃんと千里を受け入れたかったのに…

 あたし、まだ…お酒残ってる…よね…?



「…………千里?」


 スウェットを捲り上げて、あたしの胸に顔を埋めたままの千里が…動かなくなった。

 ついでに…力が抜けてるからか…重い。


「……」


 …寝てる…?


 え…えーと…どうしよう。

 とりあえず、隣に…寝かせた方が…


 あたしが少し体をずらすようにして動くと…


「…うおっ…あ…悪い…」


 千里が起きた。


「…寝よう?」


「いや…抱きたい。」


「でも…」


「ずっと欲しかった。」


「……」


 そう言われると…嬉しくて。

 あたしは千里の首に腕を回して、続きを…って思ってると…


「…………」


 また、重くなった。


 あたしはそのまま、千里の頭を撫でる。

 千里の事だから、今夜の映像は録画なんてしてない…よね。

 明日一度桐生院に戻って、ブルーレイに焼いてもらおう。

 一緒に観たいな…

 あたし、この時ね、って。

 千里にちゃんと伝えながら…一緒に観たいな。


 千里の頭を撫でてるうちに…あたしも眠ってしまった。

 次に目を開けた時は、千里に抱きしめられてて。

 千里があたしから下りたのも、こうされた事も分からないぐらい寝ちゃってた自分に笑った。



 …今夜は大事な夜な気がしたけど…

 大晦日までは二人きり。

 …毎日が特別だよ…


 子供達には申し訳ないけど…


 あたし…

 千里の提案、すごく嬉しかった。


 大晦日までは…二人で新婚気分、味わっちゃう。


 もっともっと…

 千里を好きになる。


 そして…

 千里にも、本当のあたしを見せて…

 好きになってもらう。


 もう、好き過ぎて苦しくなんか…なんない。

 この上ないほど…

 好きになるから。



「…覚悟してね。」


 小さくつぶやきながら、千里の顎にキスすると。


「……おまえこそ…」


 目を閉じたままの千里が…そう答えた。





 起きてたの!?

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