いつか出逢ったあなた44th

ヒカリ

第1話 F'sの…熱い熱いライヴの後。

 〇桐生院知花


 F'sの…熱い熱いライヴの後。

 千里と、千里が父さんに借りてるマンションに戻って…もう…なんて言うか…


「そんなにカッコ良かったのか?」


「うん…もうっ…サイコーにぃ…カッコ良かった……」


 あぁ…あたし…なんで、こんなに…


 …熱いの。


「…へべれけだな。」


「んー…?」


「まあ、飲ませた俺が悪いが…」


「なぁにぃ…?」


「いや……どの曲が良かった?」



 あたしと千里は…ソファーで…って言うか…

 千里は、ソファーに…左足を乗せて座ってて…

 その千里の左足にぃ…あたしは…

 あた…し…は…


「おーい。寝るなよ。」


「…だって…」


 床に座って…千里の左足に…もたれかかってると…眠くて。

 あたし…ウトウトしちゃう。


 玄関に入って…すぐ抱き合って…キスして…

 そのまま…一緒に…シャワーして…

 それから…

 打ち上げだぁ…って…

 …千里が…あたしに、ワイン…


 あたし、歌ってないのに…打ちあがっていいのかなあ…?



「感想聞かせてくれよ。」


 千里の手が…あたしの髪の毛…クリクリってして…

 ああ…気持ちいいなあ…

 心地いいなあ…

 …眠いよ…

 でも…寝ちゃダメっ!!

 もったいな………いっ!!


「いやー…っ!!」


 あたしがふにゃふにゃになりながら、首を振ると。


「ふっ。酔いがまわるぞ?」


 千里は…鼻で笑いながら、あたしを抱き上げて…膝に抱えた。


「…あたし…もう酔ってる…」


「…そうだな。」


 至近距離に…千里…

 ああ…カッコいい…あたしの旦那様…


 ギュッ。


 あたしは…千里に抱き着いて。

 ギュギュッと…抱き着いて。


 チュッ。


 チュッて…小さく音を立てて…

 首筋に…キスしちゃう…


「…今日はやたらとサービスいいな。」


「…どの歌も…嬉しかった…」


「…それは良かった。」


「あたしも…死にそうだった…」


「おまえから離れたいっつったのに?」


「好き過ぎて…辛かったの…」


「…好き過ぎて辛いのはこっちだ。」


「嘘よ…」


「なんで嘘だよ。」


「嘘よ…なんて、嘘よ…」


「…どっちだよ…」



 やだよー…

 あたし、本当に…千里の事…好き過ぎて…

 もう…一生…


「あたし…もぅ…」


「…ん?」


「一生…このまま…キスしちゃう…」


「……」


「大好き…」


「……」


 首筋から…少しはだけた胸元に唇を這わせる。


 やだー…あたし…

 ……こんな事…初めてしちゃうのかも…

 でも…ワインのせいかな…

 何でも…出来ちゃいそう…




 〇桐生院華音


「カノンさん。」


 F'sのライヴの後、母さんを事務所に残して家に帰ろうとしたが…

 何となく、寄り道がしたくなった。

 何となく。

 本当に、何となく。


 それで、一人でダリアに寄り道すると…声をかけられた。

 振り向くとそこには…


「あ。」


「こんばんは。」


「えーと。」


「お忘れですか?」


「覚えてるよ。えーと…杉乃井すぎのい幸子さちこさん。」


 以前俺が出演したラジオ番組の、パーソナリティー。

『サリー』こと、杉乃井幸子。


「ふふっ。正解。嬉しいです。お一人ですか?」


「ああ。」


「お隣、いいですか?」


「ああ…どうぞ。」


 俺は少し体を左に寄せた。

 密着して座るほど、親しくはないからだ。



「F's、最高でしたね。」


 コーヒーを飲みながら、杉乃井幸子が言った。


「行ってたんだ?」


「はい。一階の真ん中辺りに。」


「一階の盛り上がり方、尋常じゃなかったね。」


「凄かったです。だから…何だか帰りたくなくて。ライヴの興奮を誰かと分かち合いたいーっ!!って、ここに来てみました。」


「で、俺がいた…と。」


「ラッキーです。」


 興味のない女の事は、いちいち調べない。

 だが、この杉乃井幸子は…俺が番組に出る立場だったから、調べた。


 俺より一つ年下。

 バンド歴はないが、音大卒。

 いい耳をしていそうだ。

 そんな人間になら、評価されても惜しくはないと思った。

 何も知識がないのに語られるのは好きじゃない。

 …腐っても、俺はミュージシャンだ。



「写真撮れた?」


 杉乃井幸子がスマホをテーブルに置いたのを見て、頬杖をついて問いかけると。


「アンコールになってからは、スマホの存在完璧に忘れてました。」


 杉乃井幸子は首をすくめて笑った。


 今日は撮影OKのライヴだった。

 とは言っても、俺は何も撮ってないが。

 写真や動画を撮る暇があれば、その分集中してステージを観て音をしっかり拾いたい。

 今日は…朝霧さんとアズさんのテクニックもだが、パフォーマンスもしっかり勉強させてもらった。



「そうは言っても、それまでに撮ったのも五枚ぐらいですけど。」


 杉乃井幸子がスマホを手にして、カメラロールを開いた。

 そこには親父とアズさんが絡んでるショットや、映と朝霧さんのショット…


「…構図上手いね。」


「ほんとですか?嬉しい。ありがとうございます。」


 いや…本当に。

 このまま雑誌に使えそうな写真だ。



「……」


 杉乃井幸子の撮った写真は、全部で六枚だった。

 その中の五枚が…親父だ。


 別に…関係ない。

 関係ないが…少し嫌悪感が胸の奥に広がった。

 親父に罪はない。

 むしろ被害者だ。

 なのに…この感情は何だ?


 杉乃井幸子を見ていると…

 栞を思い出す…。



「…大事にしてます。」


 ふいにそう言われて、何の事か分からず無言で首を傾げると。


「カノンさんのサイン入りだから。」


 杉乃井幸子は上目使いで俺を見ながら、スマホの裏側を見せた。




「アンコールは、奥様方のためって感じでしたね。」


 杉乃井幸子がそう言いながらコーヒーを口にした。


「奥様方?」


「SHE'S-HE'Sには、神さんとアズさんと浅香さんの奥様がいらっしゃるって。」


「ああ…」


「アンコールでDeep Purple、Deep Redと来て、SHE'S-HE'Sですよ…しかも難易度の高い曲。」


「あれはたまらなかったな。」


「会場にいたお客さん達の中であの曲を知らない人たちは、きっと全員…SHE'S-HE'Sの曲を調べますね。」


 F'sの戦略か。


 確かに…あんなにカッコ良く演られた日にゃ、誰のどの曲だ!?って探して買いたくなる。

 ましてや、SHE'S-HE'Sはメディアに出てない分…音源は買わなきゃ聴けない。

 動画サイトにも、配信サービスにも、ない。


「君は持ってるの。」


「SHE'S-HE'Sですか?もちろんです。全部。」


「全部?」


「はい。ボーカルの…カノンさんのお母さま?ボーカリストとして、大好きです。」


「……」


 パーソナリティーとして、色んな曲を聴くのかもしれないが…

 それでもSHE'S-HE'Sを好きと言われると、自分が大事にしている物が認められている気がして嬉しい。

 それはF'sにも感じる。


「あのハイトーン、歳を重ねられても全く変わらない迫力…近年はバラードにも艶が増して、聴くたびに泣いちゃう曲があるんです。」


「感受性豊かだね。」


「大半の女性が共感すると思いますよ。恋を諦める歌とか。」


「ああ…」


 あれか。

 ミュージックビデオに華月が出たやつか。


「他にはどんなの聴くの。」


「色々聴きます。でも好きなのはハードロックですね。」


 頬杖をついて問いかける。

 俺は基本…曽根以外に友達はいない。

 まあ、以前は…薫がそうだと言ってもよかったが、今は全く付き合いもない。

 大学の同期と飲んだりする時期もあったが、特に男には歓迎されてなかったからな…

 今じゃ、誰からも連絡はない。


 そんなわけで、友達は皆無(沙也伽や沙都は家族レベルだから、友達のくくりには入れない)

 そういう感覚で、少し新鮮だった。

 音楽を語る女が。



「紅美さんの低音、いいですよね。」


 杉乃井幸子は俺が二杯目のビールを頼んだのを見て、自分もコーヒーのお代わりをした。

 こんな時間にコーヒー二杯。

 ばーちゃんが『眠れなくなるからダメ』って叱りそうだ。


「そうなんだな。独特なレを出す。」


「独特な『レ』ですか。細かいですね。」


 紅美は高音を褒めて欲しがるが、実は俺も紅美の低音が好きだ。


「DANGERの結成の経緯って、聞いてもいいですか?」


「番組の続きみたいだな。」


「あ…すみません。でもこれは個人的な興味です。」


 …ふむ。

 裏表のなさそうな女だ。

 俺のサイン入りスマホケースを見せられた時は、少しひいたが。



「紅美と沙也伽と沙都の三人で結成してた所に、俺が遅れて加入だよ。」


「意外です。リーダーですよね?」


「最年長だからな。」


 それからしばらく、DANGERの話をした。


 だいたい…俺の知る限りでは。

 こういう話題から徐々に親父か、俺の個人的な話題にシフトチェンジされていくはずだが。

 杉乃井幸子は延々と音楽の話を止めなかった。

 好きなタイプは?とも、彼女居るんですか?とも聞かなかった。

 ただひたすら、あのバンドのどのアルバムが好きだ。とか。

 あのアルバムのジャケットは芸術的だ。とか。

 紅美や沙也伽と話す事と変わらないからか、気楽だった。

 気楽だったからこそ…少し打ち解けて話した。


 その結果…



 紅美からのメールと着信に、気付かなかった。




 〇二階堂紅美


「……」


 ノン君に電話するも…今は電話に出れないわってお姉ちゃんのアナウンスに繋がるばかり。


 何やってんだよー。

 ちくしょー。


 今夜はF'sのライヴで。

 本当は…ノン君の隣で観たかったんだけど。

 母さんと一緒に行くはずだった父さんが、学と共にスタッフ側に回ったから…

 あたしは、母さんと観た。


 で…


 母さんには悪いけど、やっぱノン君の隣で観たかった…って思った。

 だって。

 ちさ兄の、ドストレートなラブソング…!!

 あれ、ノン君の隣で…聴きたかった…。


 父さんと母さん、学とチョコとで、ライヴの打ち上げに少しだけ参加して。

 あたしは、何とかー…ノン君とどこかで合流できないかなって。

 さっきから、電話とLINEで攻撃しまくってんのに。

 …一向に、連絡がない。

 既読にもならない。


 打ち上げ会場は、何だかカップルばっかだよ。

 …ちさ兄はいないけどね。

 絶対、知花姉と帰ってるよね。


 あーあ…

 ノン君に会いたいよ…



「紅美ちゃん、一人?」


 壁にもたれて会場を見渡してると…


「沙都…」


 ビール片手に、沙都がやって来た。


「ノン君は?はい、これ。」


 沙都は相変わらず可愛い笑顔で、あたしにビールを差し出した。


「あ…ありがと…。連絡つかなくって。」


 あたしは受け取ったビールを一口飲んで、少し首をすくめた。


「知花姉と一緒に会場出たから、家に帰ってるんじゃないかな。」


「え…そうなんだ。」


 そっか。

 知花姉を連れて帰ったなら…もう出て来ないかなあ。

 今夜は家族水入らずなのかも。


「…紅美ちゃん。」


「ん?」


「その…」


「うん。」


「えーと…」


「何。」


「んー…」


 あたしの隣で同じように壁にもたれた沙都。

 何だか言いにくそうに、唇を尖らせたり眉間にしわを寄せたり…


「何よ。」


 顔を覗き込んで、少しすごむと。


「…海君と、話したり…したかなーって思って…」


「……」


 あたしは、パチパチと瞬きをして。


「話したりしたかなーって……何を?」


 首を傾げて沙都を見た。


「何って…その…サクちゃんと結婚した事について…」


「………沙都。」


「………はい。」


「やっぱり、何か話した方がいいのかな。」


「え…ええっ?」


 あたしは沙都の肩をガシッと掴むと、そのまま会場の片隅に連れて行って小声で言った。


「あたしとしては、今はもう…海君の事は完全にただのイトコなんだけどさ…海君の結婚相手が、まさかの咲華ちゃんでしょ?なんて言うか…」


「……」


「咲華ちゃんに…余計な気使わせたくないなあ…って。」


 父さん方のイトコである海君と。

 母さん方のイトコの咲華ちゃん。

 あたしの大好きだった…海君と。

 あたしの大好きな咲華ちゃん。


 二人が結ばれるなんて、ビックリだったけど…少しだけ、複雑な気持ちもあったけど…

 心から、幸せになって欲しいって思う。


 あの、桐生院で迎えた朝。

 海君がリズちゃんを抱っこして幸せそうな笑顔なのを見て。

 あたしじゃそんな顔させてあげられなかったよ…って思った。


 今のあたしは、あたしの…

 あたしの恋を…

 あたしはあたしの恋を…って思うのに。


 ノン君とは…晴れて恋人同士になれたにも関わらず、あまり一緒にいる時間がない。

 父さんが、あたしの男の影に過剰反応するせいもあるんだけど…

 …なんていうか…

 あたしが、意外とノン君を好き過ぎて…

 クールでいられない時があるんだよねー。


 海君と咲華ちゃんが結婚した。

 沙也伽が来月出産する。

 …あたしの結婚・出産への憧れは、どんどん膨らんでる。



「明後日、紅美ちゃん時間ある?」


「…え?」


 ふいに沙都が笑顔で言った。


「明後日さ、僕ら水族館と動物園と…とにかく遊びまくるんだけど…時間があれば合流する?」


「…僕らって?」


「僕と曽根さんと…海君とサクちゃんとリズちゃん。」


「…えーと…向こうでの家族って感じだけど…」


 ノン君も含めてシェアハウスしてたあの家を、海君が買い取った。

 そしてそこには、沙都と曽根さんも暮らしてる。


「ノン君は僕が誘うから。で、紅美ちゃんも誘うように言うから、一緒においでよ。」


「……」


 じーん。

 沙都、あんた…可愛い奴。

 あたし、あんたの事傷付けたのに…


「それでいい?」


「…ありがと。」


 嬉しいのと申し訳ないのとで、少し唇が尖ると。


「素直に喜んでよ。」


 沙都はそう言って、人差し指であたしの尖って唇をプルンって弾いた。


「お互いの今の幸せを見れば、言葉なんて要らないんじゃないかな。」


「…沙都…」


「海君もサクちゃんも、僕らが思うよりは若いけど、でも大人だよ。」


「ふっ。それ何よ。あまり大人じゃなさそうじゃない。」


「あれ?そんな感じになった?意外と子供だけど、やっぱり大人だよって感じ?」


「あははは。沙都は相変わらずー。」


「ちぇっ。」


 笑顔になれた。

 沙都、ほんと…あんたって最高にいい奴。


 それから打ち上げ会場では、今夜の中継の映像が流れて。

 動画サイトでの映像は、コメントを表示すると誰の姿も見えないぐらいになった。


「コメント非表示希望ー!!」


 何だか酔っ払ってる早乙女さんがそう叫んで。


「そうだそうだー!!」


 これまた酔っ払ってる朝霧さんも叫んで…


「俺と学の出番を消すなよ!!」


 父さんがそう叫んだけど…画面からコメントは消えた。


「はああああ…」


 うなだれる父さんに。


「どうせ自分がどんなコメント書いたかなんて、覚えてないだろ?」


 早乙女さんと朝霧さんが絡む。

 …仲いいな…SHE'S-HE'S…



「…春には、メディアに登場なんだよね…僕、考えるだけで鳥肌立っちゃうよ。」


 そんな様子を見ながら、沙都が言った。


 …確かに。

 あたし達DANGERも…もっと頑張らなきゃ。



 打ち上げが終わって、二次会に流れる輩を後目に、あたしは帰る事にした。

 沙都は朝霧さんの面倒を見るため?に、二次会に流れた。

 あたしは…何となく、帰ろうかなって。

 普段なら、二次会も三次会も行きたいところだけど。

 今夜は…ノン君がいない事が寂しくて、やめた。



 トボトボと大通りを歩いた。

 来月はクリスマスかー…プレゼントとか考えてないな…

 ノン君は恋愛経験が少ないから、そういうの…どうするのかな。

 ちゃんと、デートとか考えてくれるのかな。



「…さむっ。」


 ネックウォーマーに顎を入れ込んで、少し猫背になってた背筋を伸ばす。

 ふと、通りの向こうにある『ダリア』に目を向けて…


「……」


 あたしは、目を疑った。

 何度も瞬きをした後、数回こすって目を見開いてそこを見た。


 …ノン君が…




 女と飲んでる。



 誰、それ。

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