第6話 「おは………え…っ………知花…………」
〇桐生院知花
「おは………え…っ………知花…………」
恐る恐るルームに入ると、いつもはあたしより遅い聖子がもう居て。
あたしを見て…呆然としてる。
「な…何かな…」
やっぱり…
やっぱり、お…おかしいんだよね!?
今日のあたしのファッション…!!
千里が買って来てくれた服は…どれも、いつものあたしの私服とは少し違ってて。
嬉しいけど…華月と一緒に買って来てくれたのは、すごく嬉しいんだけど。
少しだけ、桐生院に今までのも取りに帰っていいかな?ってお願いしたら…
「…30分待て。」
って。
千里が取りに帰ってしまった。
確かに…確かに、いつものあたしの服(と、下着)を持って来てはくれたけどー…
「そうだな…今日はこれだな。」
って。
コーディネートを始めてしまって…
髪の毛も、千里が楽しそうに梳いてくれたりして…(これは気持ち良かった)
「くるくるっとして、高い位置で…そうそう。」
梳くことは出来ても、アレンジは出来ない千里に言われるがままに…あたしは高い位置で髪の毛を無造作に丸めて…
「…若作り過ぎるよ…」
「何言ってんだ。めちゃくちゃ似合うぜ。」
「…華月が着るような服じゃない?」
「おまえは何着ても可愛い。」
「……」
今日のあたしは。
完全に、千里のプロデュース…。
「なんか…今日のあんた…」
ああ…言われる?
言われちゃう?
いつも、存在感ゼロって言われるほど地味なあたしが…
ステージ衣装以外では、ほぼ足なんて出さないあたしが…
こんな格好って…
これ、一緒に歩くのも恥ずかしいよね…!?
「めちゃくちゃ可愛いんだけど。」
「…えっ…?」
聖子の言葉をビクビクして待ってると、聖子はあたしのガシッと掴んで。
「何かあったわね?何なの、この可愛さ。抱きしめていい?」
「え…ええっ…?」
「やだ!!ほんと可愛い!!」
ギュギューッ!!
聖子は力いっぱいあたしを抱きしめて。
「あー!!知花大好きー!!可愛いー!!」
「せっ聖子~…?」
「ねえ、今日神さんは?」
今度はガシッとあたしの両肩を掴んで体を離して。
「こんなあんた見たら、ロビーで何しちゃうか…」
真顔でそう言った。
「…一緒に来た…」
そう。
千里の方が早い出勤だったのに。
「おまえ、俺が出た後着替えるんじゃねーだろーな。」
って…見抜かれてしまって。
「一緒に行こうぜ。」
すごく楽しそうに…千里も…着替えて…
「えっ。このあんたと一緒に来たの?」
「……うん。」
「て事はー…仲直りしたのね?」
「…マンションに…大晦日まで、二人で暮らす事に…」
「……」
あたしの言葉に、聖子は大きく目を開けて。
「何それー!!まるで新婚ー!!」
また、あたしをギュギューッ!!と抱きしめた。
「あっ…あ、聖子、くっくるし…っ…」
「あっ、ごめんごめん。」
聖子は笑いながらあたしを離すと。
「いやー…夕べの神さん、あたしでさえ惚れそうになっちゃったもんね。あんた、メロメロになったでしょ。」
あたしの両頬をグリグリとして言った。
「………うん。」
正直に頷く。
ほんと…千里…カッコ良かったし…
あたし、最高に…幸せだって思った。
そして、自分のバカさ加減に…呆れた。
でも、こんなあたしでも、千里が…
千里が、愛してるって言ってくれるから…
少しは自信持ちたいな…って。
「で、これは神さんの好みなわけね?」
聖子は腕組みをすると、上から下まであたしを眺めて言った。
「…今日は…千里も『らしくない』格好してるよ…?」
聖子を上目遣いに見て言うと。
「……ちょっと、F's行って来るね。」
聖子は目をくじらみたいな形にして、ルームを出て行った。
〇浅香聖子
|д゚)チラッ
あたしは壁づたいにF'sのルーム付近を見渡す。
今日は、夕べの反省会と評価のデータ閲覧だとかで。
本当は休みたかったであろうメンバー全員が、お昼前から集合。
あたしらSHE'S-HE'Sは午後からだったのに、あたしがこうして早く来てるのは…
朝方まで打ち上げで飲んでしまって、グダグダになってる京介を連れて来たから。
もう。
ちゃんとしてよね!!
って言いながら。
まあ…普段だったら、こんな優しい事しないんだけど。
夕べのF'sは圧巻だった。
それに…MCは苦手な京介が、あたしらの事…喋ってくれたのも…すごく嬉しかったし。
でも!!
早く来て得したー!!
めっっっっっっちゃ可愛い知花を、どさくさに紛れて抱きしめられたー!!
もう、ほんっっと可愛かった。
ま、あたしが着たら絶対仮装大会か?って光史や陸ちゃんに言われそうだけど。
知花は…まるで高校生に見えた。
ステージ衣装以外では、めっっっったにお目にかかれないミニスカート。
少し大きめなパーカー。
高めの位置でゆる~くまとめてる髪の毛が、これまた…可愛すぎた…
…萌えたわ…
本当なら、この年齢で痛いって言われちゃうのかもしれないけど、知花は全然違和感なし‼︎
知花って、本当…すごく可愛いのに。
自信のなさがそうさせるのか、いつも地味過ぎて存在感ないようなファッション。
顔もあまり出さないし。
髪の毛を結ぶのも、オタク部屋で部品をいじってる時だけ。
それも、どうでもよさそうに後ろにまとめてるだけ。
だけど今日の髪の毛の結び方は、顔もバッチリ出てて…少し前髪も切ったのかな…
顔が明るく見えて、すごくすごく可愛かった。
ああ…あたし、やっぱ知花の事大好きだ~…
もちろん、親友として…だけど……んー…恋心…んー…
ま、ないと言えば…嘘になるかな…
でも、それはもういい。
あたしには、大事な京介もいるから。
「……あれ?」
あたしがコッソリF'sのルームを張り込んでると。
とっくにあたしと来たはずの京介が、ヨロヨロと歩いてルームに入りかけた。
…吐いてたな?
もう…どれだけ飲んでたのよ。
そして、ルームのドアを開けて…
「………おえっ!?」
変な声を上げて、後ろに飛び跳ねた。
「あはははははは!!やっぱり!!ほら、神、みんな驚くってー!!」
ルームの中からは、アズさんの大きな笑い声。
「…な…なんだよ神…何で、そんな格好してんだよ…」
京介がルームの前に立ったまま、中に向かってそう言うと。
「おまえらだって、こんな格好で来るだろーが。」
中からは、神さんの…珍しく…笑うような声…
「いや…俺らには…普通だけど…おまえ、いつもの制服どうしたよ…」
神さんの制服とは、ほんとに…神さんて、いつもきちんとした格好で来るから。
あたしも神さんのラフな格好って、あまり見た事ないな…
「今日は知花にも『らしくねー格好』させたからなー。」
ふと、神さんのその言葉に…あたしは真顔になった。
「えー?何で知花ちゃんにも?」
アズさんが問いかける。
「あいつらメディアに出るんだ。色んな格好させられる。」
「あー、確かに…」
そう答えながら、京介がルームに入りかける。
あー!!ドア閉めないでー!!
そう強く願ったからか、京介がなぜか立ち止まって足元を見た。
靴の裏見てるけど…何か踏んだの!?
それ、七生ブランドのおニューのやつよ!?
「ま、その準備みてーなもんだな…」
「ふーん…それに神も付き合ってんの?」
「あいつだけじゃ恥ずかしいかなと思って。」
「へえ~。それで二人とも『らしくない格好』で来たわけ?」
「ああ。ロビーざわついたぜ。」
「あはは。見たかったな~。」
「俺はあいつのためなら、恥かこうがなんでもす」
パタン。
京介がルームに入った。
ドアが閉まる寸前に聞こえた、神さんの言葉。
…あー…もう…
知花。
あんた、めっちゃ愛されてる!!
「…ほんと…」
何だか涙が出てしまった。
神さん…どれだけ、あたしらの事考えてくれちゃってんのよ…。
じーんとしながらルームに戻ってドアを開けると。
「…そうなるよね。」
瞳さんが、あたしと同じように…知花を抱きしめてた。
あ。
神さん見るの忘れた(笑)
〇桐生院華月
「~♪~♪♪」
事務所の撮影スタジオを出て、鼻歌なんてしてると。
「ゴキゲンだな。」
声をかけられた。
振り返ると…
「あっ、おじいちゃま。」
ニコニコのおじいちゃまが立ってた。
「撮影はもう終わったのか?」
「うん。早かったから。」
何となく…ハグしたくなって。
えいって抱き着くと。
おじいちゃまは、小さく『おっ?』って言いながらも、あたしをギュッとしてくれた。
「どうした?」
あたしの頭をゆっくり撫でながら、おじいちゃまが優しい声で言う。
「あのね?今朝父さんが来て…買い物に付き合ってくれって。」
「買い物?」
「うん。母さんの服や化粧品。それに付き合ったら、あたしにもこのリュック買ってくれたの。」
背負ってる小ぶりなリュックを見せると。
「ははっ。それは得をしたな。」
「でしょ?父さんと母さんは仲良しに戻ってくれたし、あたしにも可愛いリュックが来てれくて、幸せ。」
「…華月も明るくなったな。」
ポンポン。
おじいちゃまの手を頭に感じながら、あたしは『え?』って思った。
「…あたし、暗かった?」
首を傾げて問いかけると。
「そういう時期もあっただろ?」
「……」
少し、見つめ合ってしまった。
おじいちゃまは…なんて言うか…
ずっと一緒にいたわけじゃないのに、全部知ってる…全部解ってるって気がする。
詩生との間にあった、色んな事。
絵美さんとの事だけじゃない。
あたしの…足のケガの事とか。
あたし自身は、わだかまりはないつもりだけど…
詩生の中には、罪悪感として残ってる物がたくさんあると思う。
想い合う事で、それはなくなるって思ってたけど…
実際は難しいのかな…って思う事もある。
だけど、そんな時はー…
何度も同じこと繰り返して、だけどそのたびに強い愛情と絆を築き上げてる両親を見て、憧れて…目指したくなる。
あたし達はあたし達の、だけど。
あたし達の…絆を。
「さっき千里を見て笑った。」
おじいちゃまが、思い出し笑いをした。
「え?父さん?」
今朝は…いつもの父さんだったけど、何かあったのかな?
「らしくないパーカーを着てた。」
「……」
えっ!?
「えっ!?事務所に着て来たの!?」
てっきり…てっきり自宅用か、母さんとのちょっとしたお出掛け用かと思っちゃった!!
ビートランドはみんなラフな格好で来るけど、父さんはいつだってきちんとした格好で来てたし…
新婚気分で、母さんとお揃いにしちゃうのかな?って…
「ええええ~…それは衝撃だわ。じゃあ、母さんにも可愛い格好させてるかも。」
「知花にも?」
「うん。メディアに出る前に、少し『らしくない格好』に慣れさせたいって言ってた。」
「……」
「でも、きっと母さんには似合ってるよ。父さん、すごく楽しそうに『これ知花に絶対似合うよな。絶対可愛いよな』って選んでたし。」
本当。
それは、娘のあたしが照れちゃうぐらい。
母さん、愛されてるなあ…って、嬉しくなった。
おじいちゃまはあたしの言葉を聞いて、すごく優しい笑顔になって。
「もう今日は終わりか?」
あたしにそう聞いて。
「うん。後で詩生のスタジオを少し見に行こうかなって。」
「じゃ、その前に…F'sとSHE'S-HE'Sのルームを覗きに行かないか?」
楽しそうに提案した。
「あっ、行く行く。行きたーい♪」
おじいちゃまに腕を組んで言うと。
「…可愛い孫だ。その後、少しお茶でもどうだ?」
「ほんと?じゃ、エルワーズがいいな。」
「詩生のスタジオは何時からだ?」
「少しぐらい遅れてもいいの。ずっと見るつもりはないから。」
「ふっ。それならゆっくりお茶しよう。」
「マフィン買ってくれる?」
「もちろん。」
「おじいちゃま、大好きっ♡」
ギュッと腕に抱き着くと、おじいちゃまは嬉しそうに頭にキスしてくれた。
…いくつになってカッコいいおじいちゃま。
こういう事しても、全然サマになっちゃう。
その後、あたしはF'sのルームに行って…
「きゃー!!父さん!!」
パーカー姿の父さんを写真に撮って。
「おい、おまえ…どこに載せてる。」
「いいじゃない。」
自分のインスタグラムに載せた。
『LOVE♡』って書いて。
そして…SHE'S-HE'Sのルームにもお邪魔して…
「きゃー!!母さん可愛いーー!!」
母さんに抱き着いて。
「一緒に写ろう!?陸兄、撮って撮って!!」
「あはは。並ぶと双子みてーだぞ?」
陸兄は笑いながらそう言って、写真を撮ってくれた。
「もう…恥ずかしい…」
母さんは両手で顔を隠したけど、SHE'S-HE'Sの皆さんも『いやー、アラフィフには見えない』とか『奇跡の47歳』って腕組みしてる。
「見て見て。これ、父さん。」
あたしがインスタグラムを陸兄に見せると。
「あはは!!義兄さん、らしくねー!!」
陸兄が大笑いして、皆さんがあたしのスマホに群がった。
「凄いわね…ついさっきの投稿で『いいね』数があっという間に…」
「千里のキメ顔がまた…ぷぷっ…」
あたしは、母さんとのツーショットを、家族のLINEに回した。
すると、珍しくお姉ちゃんから一番に返信があった。
『ああ~幸せ~♡』
お姉ちゃん…
あたしもー!!
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