第37話 「オマケが来るかと思ったけど、何も心配なかったねー。」

 〇東 圭司


「オマケが来るかと思ったけど、何も心配なかったねー。」


 俺がグラス片手にそう言うと。


「神さんの『ついて来るなオーラ』のおかげですよね…」


 早乙女君が首をすくめながら笑った。



 奥様達の会は18時からカプリで。

 みんなそれぞれ奥様達を送り出して、からの~…事務所のロビー集合。

 で、そこから俺がポールに聞き出した『オリビア』ってちょっとアダルトな?雰囲気のレストランに移動した。


 本当は、カプリみたいなざっくばらんなお店が良かったんだけど。

 ポールから『おまえら有名人なんだから、庶民的な店はやめとけよ』って。

 この店を紹介されたんだよねー。


 有名人だからあれこれやめとけって。

 ちょっと笑ったなあ。

 そんなガラじゃないよー。



「…このパスタうめーな。」


 ずーっと何か食べてる京介。

 こないだ飲み過ぎて聖子ちゃんに叱られたからかな?

 今日はあまり飲んでないよ。

 お腹を満たしてから飲むのかな?



「ところで、知花と聖子はそんなにメンタルやられてましたか。」


 朝霧君がみんなの取り皿を新しい物に換えてくれながら言った。

 気が利くなあ。


「ああ。ま、今まで通りの生活とは180度変わるだろうからな。」


「みんなは?平気なのー?」


 神と俺がSHE'S-HE'Sのみんなを見渡すと。


「俺は楽しみで仕方ないっす。」


「俺もかな…」


「僕もワクワクしっぱなしで…」


「…まあ俺も正直そうですけど、不安はゼロではないです。」


 みんな正直だなーって思った。


 朝霧君の『不安はゼロではない』は当然だよねー。

 家に居る時間も減るって事でさ。

 男性陣から見ると、奥さんとの時間が減る事の心配もあるよね。

 だって、もうみんな子供が大きくて、うちみたいに結婚して巣立っちゃってたり、はたまた業界人として頑張ってく上で帰れない事だって増えちゃうかもだし。


 まあ、うちは映が一緒にF'sにいるから、全然巣立ってる感はないんだけど。


「ま、実際こればっかりは始まってみないと分からないっすねー。」


 そうそう!!

 陸君、正解ー!!


「正直、俺達は一生このスタンスでって思ってたので…メディアに出る決断を全員でするって思いもしませんでした。」


 朝霧君はいつも礼儀正しいなあ。

 て言うか、SHE'S-HE'Sのメンバーはみんなそうだよね。

 早乙女君とまこちゃんは、京介とは親戚になっちゃってるのに、ずーっと敬語なんだよ。

 SHE'S-HE'Sの男性陣は、俺達とは一個違いなんだから、別にタメ口でもいいよーって思うんだけどさ。

 以前、早乙女君とギターのボードをいじりながらそんな話をしたら…


『いえ、尊敬する先輩方にタメ口なんてもっての他です』


 なんて言われちゃったんだよねー。


 …尊敬する先輩方…だって。

 ちょっとピリッとしちゃったよ。

 SHE'S-HE'Sの方が売れてるのに、こりゃ頑張らないとね!!って思えたもん。



「メディアに出なかったのも正解。これから出るのも正解。俺はそう思うぜ。」


 わー!!

 神がパプリカをごっそり口に入れてる!!

 昔、偏食家だったと思えないや。


「…なんか…神さんにそう言われると、大丈夫って思えてきました。」


「何だよ光史。そんなに不安だったんなら、もっと俺に頼れば良かったのに。」


「そういう陸こそ、何回も里中さんに音作りの相談行ってたクセに。」


「うっ…」


 あー、結局はみんな不安だったんだなあ。


「大丈夫だよ。ビートランドは、夢と希望と愛以上のもので出来てるからね。」


 俺がみんなを見渡して言うと。


「……」


 みんなは一瞬手を止めて俺を見てたけど…


「…ここで使うかっつー感じだけど…まあいいか。」


 京介のつぶやきと。


「あの名言をおまえが言うなっつーの。」


 神の冷たい声が飛んできた。




 …なんでー!?




「えっ、神さん裸眼でいけるんですか?」


 早乙女君が驚いた顔してる。


 うーん…

 早乙女君は驚いた顔しても、男前なんだよねー。


「ああ…って、みんな老眼とか言うなよ?」


 神は相変わらず野菜ばっか食べてる…

 本当に、あの超偏食家だった神なの!?


「…俺は、新聞読む時とか…」


「えー、京介新聞読まないクセにー。」


「うるさいっ。少しぐらい読む。」


「あそこだけじゃん。エロ小説みたいなとこ。」


「それ強調するな。てか、今のはもう面白くないんだよな…」


「あ、僕も読んでました。前のやつって、『あの時マサ子は』ですよね?」


 意外な挙手に、俺はすかさず…


「えー!!まこちゃん、ああいうの読むの!?」


 立ち上がってまで驚いちゃったよ!!


 いや…まあ、まこちゃんもおじさん…ああ…まこちゃんには「おじさん」なんて似合わないよ…

 いつまで経っても、王子様って感じだもん。


「ああいうのって(笑)純愛小説でしたよね。」


「そうそう。ちょっとイラつく場面もあったけど、マサ子が健気で泣けた…」


「で?今はどんなやつやってんの?」


「…今のは少しドギツイです…」


「まこちゃん、読んでるんだー!!」


 ああー!!

 俺のまこちゃんの王子様像がー!!


「…そこだけじゃないですから…」


「まこはルームで新聞を隅から隅まで読んでるもんな。」


「光史君だって、結構読み込むじゃん。」


「で、その時老眼はかけてんのかよ。」


「……」


 京介の問いかけに、二人は一瞬黙った後…


「…本気で読む時は…」


 目を細めて苦笑いしながら言った。


「もー、仕方ないじゃん。俺ら、そういうお年頃なんだからさあ。俺だって、爪切る時は慎重になるから老眼かけるよ?」


 座りながら言うと、朝霧君とまこちゃんはうんうんって頷いた。

 あ、ついでに…借りて来た猫みたくおとなしくなってる健ちゃんも。


「陸君は平気なんだ?」


「あー…俺はありがたい事に、目も耳もいいっすね。」


「陸君と神だけかー。二人ともすごいね。何がいいんだろ。緑を見てるとか?」


 俺は本気で話してるんだけど、神は鼻で笑って。


「この後なんだが…」


 話を変えた。

 あっ、もっと健康について話したかったのに。


「ストリップ行こうぜ。」


 神がニヤニヤしながら言ったその言葉に。

 全員が少し固まって。


「…神、そういうとこ行くんだ?」


 健ちゃんは意外そうな顔をしたけど…


「よし。乗った。」


 すぐ笑顔になった。


 ええええー!?

 そんなとこ行ったら、奥様達怒っちゃうんじゃないのー⁉︎



 〇神 千里


 晩飯を食った後…俺はみんなをストリップに誘った。

 大昔に修行に来た時、仕事でこっちに来た朝霧さんに連れて行かれた。


『みんなには内緒やで!?』


 って釘を刺されて。


 全然行く気になんてならなかったが…

 まあ、いい気分転換にはなった。



「なんだ。里中、こっちにいた時いつも来てたのか?」


「まさか。付き合い程度に何度か、だよ。」


「さっきの女、おまえに『久しぶり』っつったぜ?」


「…誰にでも言うんだよ。」


 里中の隣でジンジャエールを飲みながら、ショーが始まるのを待った。

 京介は人見知りのスイッチが入りまくって…無言。

 飲みながらじゃないと見れない。と言ったわりに、フルヌードの店はアルコール禁止だと知ると、酒はなくていいと言いやがった。


 まあ…


 どうせ見るならフルヌードだな。



「いやー…どこに行ったのかって聞かれたら、どう答えれば…」


 早乙女が頭を掻きながら悩んでる。


「絶対誰かから話は漏れるさ…」


 朝霧は、もう観念した様子。


 SHE'S-HE'Sの面々は若い内にデビューが決まって、陸と朝霧はまあ…適当に遊んでただろうが。

 早乙女は遊んでないだろうな。

 こっちに来た時も、浅井さんと暮らしてたって言うし。


 まこちゃんは…ああ見えて一番遊んでたはずだが…

 恐らく京介とアズも含めて、全員ストリップなんて経験ないはずだ。


「若い頃、こういう店に遊びに行くって発想、なかったなー…」


 陸は嬉しそうだが…麗は知ったら怒るだろうな。



 実は…華音がこっちにいる時、ストリップに行った。と話してくれた。

 俺も一度だけ行った。と話すと、若干…盛り上がった。

 そこに聖も加わって…さらに盛り上がった。

 まあ、桐生院の女達には話せない内容だ。


 いくつになっても、女の裸は男のロマンだ。

 とは言っても、知花以上の女はいねーけど。

 今夜のコレは…レクリエーションみたいなもんだ。

 野郎ばっかでつったら、コレだろ。



「あっ、始まるねー。」


 アズがなぜか姿勢を正した。

 俺とアズと京介と里中は同じ歳だが…なぜかアズだけは随分年下に感じてしまう。

 …ま、誰がどう思っても、こいつは俺のヒーローだけどな…。



 ショーが始まった。

 さすがに奇麗な女ばかりだった。

 ポールを使ったダンスも、エロい気持ちになる事なく見惚れるぐらいだった。


 次々と出て来る美形とスタイル抜群の女達に。

 口笛の鳴り響く客席で、俺達は意外と盛り上がった。

 まるで、全員が二十代に戻ったような気分になった。


 京介が決死の表情でチップを胸の谷間に挟んだり。

 バチェラーパーティーで来てるという男5人と一緒に騒いだり。

 とにかく…大笑いした。


 世界に出たって、こんな事は出来る。

 心配ねーよ。

 マジで。



 ショーが終わって、意気投合した5人と写真を撮る事になって。

 俺とアズと京介と里中は、店の外でSHE'S-HE'Sの野郎達四人の顔を隠して。

 計13人での集合写真。


 写真を撮ってくれた、店の外にいた奴も含めて『何で顔隠すんだ!?』って笑われたが…

 俺がそれをインスタに『世界的にイケてる男達』と書いて投稿すると…


「……えっ!?F's!?」


 俺とアズと京介は、指差し確認をされた。

 そして…


「…もしかして、SHE'S-HE'S…!?」


 いつも俺が知花の顔を隠して撮るせいでバレた。


 周りが自分のスマホを取り出そうとした隙に…


「逃げるぞ。」


「わー!!走るとかあり!?」


 全員で、走って逃げた。



 それからー…

 息を切らして走った俺達は、Lipsに行った。

 何だかんだで、俺は毎日Lipsに行ってると思うと笑いが出た。

 閉店までまだ時間があるのに、客は二人しかいない。

 その内の一人はショーンで…もう一人は…


「何してんだよ。環。」


 環さんだった。


「…皆さんお揃いで。今日は何かイベントでも?」


 メンバーの中に俺と早乙女も見付けた環さんは、ショーンと並んで座ってたカウンター席を立ちあがって。


「では…私はこれで。」


 そそくさと店を出ようとした。

 あまりにも…その不自然な姿に。

 俺は、環さんの腕をガシッと掴んだ。


「……」


「何かやましい事でも?」


「あるわけないよ。」


「じゃあ一杯付き合え。」


「…音楽の仲間だろう?俺は関係ないから。」


「世界的にイケてる男の集まりだ。あんたもイケてるから大丈夫。」


「……」


 俺の真顔に。


「ぷっ…環さん、観念して座った方がいいですよ。」


 早乙女が笑いながら、環さんの腕を引っ張った。



「俺の双子の姉貴の旦那です。」


 陸が初対面であろうアズと京介と里中に、環さんを紹介する。


「うわー。また男前が増えちゃったよー。」


 アズが大げさでも何でもなく、素で言った。


 確かになー…環さんは誰から見ても男前だ。

 …て言うか…

 本当に。

 なぜここに…?



「お久しぶりです。」


「えー、まこちゃんも知り合い?」


「陸ちゃんの結婚式とか…後は陸ちゃんの実家でBBQした時とかに。」


「みんな変わらないけど、島沢君は特に全然変わらないね。ビックリだ。」


「そっ…そんな事ないですよ。すっかりおじさんなのに、恥ずかしいです。」


 まこちゃんは照れたような、それでいて本気で困ったような顔。

 マジでこいつ変わんねーよなー…

 ま、義母さんの変わらないぶりに比べれば負けるが。



「咲華の旦那の父親でもある。」


 俺がアズに言うと。


「あ~!!そうなんだー!!桐生院家での彼の挨拶、めっちゃ男らしくてカッコ良かったですよー!!」


 そう言いながら、環さんの手をガシッと握った。


「へえ…神の娘さんの…」


 里中は小さくつぶやきながら俺と環さんを見て。

 さらには、SHE'S-HE'Sのメンバーやアズと京介を見渡して。


「誰と誰が親戚とか、もう訳分かんねー…」


 額に手を当てた。


 …確かにな。

 どこの子供達も、どれだけ出会いがなかったんだ。ってぐらい、狭い世界でくっついてしまってる。

 それについては元々『親戚になりたい』って理由で許嫁制度を作った奴もいたからな…。


 咲華については、国外に出たにもかかわらず…の出会い。

 今となっては海で良かったと思うが、なぜそこまで行って知った人間なんだ。って気持ちはずっとあった。



 とりあえず、全員で今日何度目かの乾杯。

 環さんは『男ばかりで何を?』と笑顔で聞いて、アズが里中のバチェラーパーティーだと言って、『相手もいねーのに』と京介に突っ込まれて…

 ささやかながら、里中と京介の小競り合いが始まった。


 まったく…

 SAYSでは仲良くやってたんじゃねーのかよ。



 恐らく、誰もが気になっていたはず。

 環さんがここにいた事。

 だいたい、もう帰国してるはずじゃ?

 陸さえもが…『どうしてここに?』と聞けずにいる雰囲気だ。

 みんな笑ってるのに…どこか探ってるっつーか…



「今夜はリクエストありなのかな?」


 飲み始めて一時間経った頃、環さんが俺に言った。


「は?」


「メンバー揃ってるんだろ?」


 俺はみんなを見渡して。


「ベースがいねーからな。」


 歌う気はない事をさりげなくアピールしたつもりが…


「ピアノの弾き語りとか。」


「大賛成。」


 朝霧と早乙女が、目をキラキラさせて言いやがった。


 …くそっ。

 この間歌った事、言わなきゃ良かったぜ…


 でもまあ…こんな夜もめったにない。

 俺は立ち上がると…


「早乙女、里中、ギター持て。」


 二人を指名した。


「え…えっ?」


 早乙女は驚いた顔で俺を見上げたが。


「うわ~、ご指名とか。緊張しちゃうねー!!早乙女君!!」


 アズの声に目を細めて。


「マジっすか…あまり飲まなきゃ良かった…」


 猫背になって立ち上がると、ステージの隅に置いてあったアコギを手にした。

 里中はと言うと…


「健ちゃん、早く。」


「…は?何で俺?」


「今ご指名あったじゃん。」


「えっ、早乙女しか聞こえなかった。」


「おまえ、耳やられてんな。」


「っさい京介。」


 グラスを置いてギターを手にすると、早乙女と並んでチューニングを始めた。


「じゃ…セッション大会だな。この次は陸とアズと…まこちゃん鍵盤頼む。その後は…朝霧、ギター弾けるよな。」


 俺に指名された面々は『マジで!!』なんて言いながら顔を叩いたりしてたが。


「京介は…」


 ギターも鍵盤も出来ねーよな。


「おまえは飲んでろ。」


「用無しかよ!!」


「嘘だ。水飲んどけ。後で歌え。」


 そんなわけで…まず始まったのが…


「あー…名曲。」


 アズ、気付いてるか?

 おまえ、声めっちゃ大きいぜ。

 つぶやいてるつもりだろうが、俺の歌の邪魔だ。


 早乙女と里中と俺の、Deep Red…『Thank You For Loving Me』

 ショーンが目を閉じて体を揺らしながら聴いてる。

 椅子から落ちんなよ?



「里中さんと弾けるなんて、感激です。」


 一曲終わった所で、早乙女が里中に握手を求めた。


「なー…何言ってんだよ。世界のSHE'S-HE'Sのギタリストに褒めてもらえるような腕じゃないし。」


「いえ…さすがです。」


 何なら少し涙ぐんでる風な早乙女。

 …なるほどな。

 こいつも不安は拭い切れてなかった…と。


 それからも…

 最初に指名したメンバーとDeep Redをやって。

 その後はごちゃ混ぜで、Deep Redはもちろん…F'sもSHE'S-HE'SもSAYSまでやった。

 ついでにDANGERとDEEBEEもやって、俺らがやった方がカッコいいだの、アレンジはこっちの方がいいだの…

 本人達がいないのをいい事に、随分とこき下ろしまくった。


 俺達が勝手に盛り上がってるのを、環さんはショーンの隣で心地良さそうに聴いているのだとばかり思っていた。

 まさか、色んな苦悩を抱えて…俺達の歌に涙していたなんて。


 誰も気付かなかった。


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