第5話 胃部不快

 私たちは入り口からドリンクバーを通り越し一番奥にあるテーブル席に座った。

 注文して暫くするとウェイトレスが誠司の頼んだデミオムライスと、私が頼んだ茄子とモッツァレラチーズのトマトソースパスタを運んできた。


「どうも。ほら、先に食ってていいぞ」


 克也はウェイトレスに礼を伝えると、私たちに向かってそう言い放った。

 その片手には上機嫌にもビールジョッキを握りながら。


「すみません、いただきます」


 誠司がうつむいたまま、青白い顔で言う。

 それもそのはずだ。ご機嫌に冷たいビールを喉に流し込む克也をこのまま帰らせれば、私たちは道路交通法違反により刑罰に問われてしまうからだ。


「いただきます……」


 私もフォークを手に取るも、今はここにいることにもはや後悔しかなかった。

 いくら真理恵の勧めとはいえ、誠司まで巻き込んでしまうなんて思いもよらなかった。


「お待たせしました。鉄板焼き手ごねハンバーグと、特製ミックスグリルでございます。こちら鉄板がお熱くなっておりますので、お気を付けくださいませ」


 今度はウェイトレスが克也と真理恵の食事を運んできた。

 店員は、何の疑いもなくビールの注文を受け付けたが、克也が駐車場へ車を入れたのを見てはいなかったのだろうか。克也が飲酒事故を起こせば、店側は酒類提供罪に問われることになるはず。

 ウェイトレスが去ったのを見計らって真理恵が口を開いた。


「克兄、ビールなんてやめてよ。どうするの、帰りの車」

「はは! こんなの飲酒の内にはいんねえよ。今からしっかり飯食ってりゃあ、帰るころにはアルコールなんか吹っ飛んでるっつの。だいたい小学生の時から酒には慣れてんだ。こんな量で運転なんかミスるかよ」


 克也は豪語し、一気に残りのビールを飲み干してしまった。


「酒強くないくせに何格好つけてんの? もう、後は絶対お水にしてよね」

「わかってるって」


 綻ぶ口元と、ほんのり色づく頬が克也のアルコール耐性の低さを物語っている。

 お陰で、口に運ぶトマトソースパスタはまるで砂を噛んでいるような味だった。


「なぁ、天音と誠司は別々の高校行ってんだろ? 真理恵の馬鹿高校とも違うし、まさか仲良し三人組のお前らがバラバラの学校に通うことになるなんて想像もしなかったよなぁ。で、彼氏はもうできたの? 」


「え?! 」


 驚いた誠司が上ずった声を飲み込んで、ぎょっとした目で私を見る。

 突然の投げかけに思わずパスタがのどに詰まりかける。

 慌てて水を飲んだ。

 デリカシーのないところだけは、昔と変わってはいないようだ。


「いえ、いないです」

「ふーん。そうなの? モテそうなのにな。まぁ、誠司は彼女作るって感じのキャラじゃねえのはわかるけどよ」


 誠司は仕方なくへらへら愛想笑いを返す。


「自分だって彼女いないでしょ。少なくとも克兄よりは誠司の方がモテてると思うけど? 実際高校だって超偏差値高いとこだし、将来エリートコース確定なんだから。顔だってジャニーズレベルじゃん。完全に誠司の圧勝」


 さらりと、誠司をべた褒めしている真理恵。そんなふうに思っていたなんて、意外な一面を見たような気がする。単に兄と張り合っているだけなのか。しかし、当事者である誠司の耳に真理恵の賞賛の言葉は入っていないようではあったが。


「はぁ? 俺はお前と違って硬派なの。俺が選ぶ女は頭が良くて、可愛いじゃなくて、美人系っていうの? 強がってるけどはかなげっていうか、こう、守りたくなる感じの……」

「げぇ、きもっ。けどわかるかもね。天音みたいなタイプでしょ? 克兄には無理無理」


 真理恵は勝ち誇ったように笑って、ミックスグリルのソーセージを口に頬張った。


「お前に言われたくねえっての。な、誠司。真理恵に褒められてもうれしくないよな? 俺が女紹介してやるよ、どうせ童貞なんだろ? 年上お姉さんキャラがお似合いじゃん」

「はぁ!? ちょっといい加減にしてよ、何?酔っ払ってんでしょ」

「おいおい、キレてんの? うぜぇ奴。じゃあさじゃあさ、天音の連絡先教えてよ。真理恵んとこの学校より清楚な女子が多そうだし」

「天音! ……もう最低、ごめんね。教えなくていいから」


 克也と真理恵は軽く口論となった。結局は、誠司と私の二人の連絡先を克也に献上する形でその場は収まることとなる。それに対して真理恵は終始反対していたが、最後には根負けした形になった。この場はまるで克也の天下だった。


 会計時に、克也に食事の礼を伝えて横を通った時。まだ微かに呼気からアルコール臭が漂っていた。真理恵も不機嫌そうだったし、このまま帰る訳にはいかないな、と思った。


 すっかり暗くなってしまった外へ一人で出て行ってしまった真理恵を追い、私は急いで声をかけた。


「ねえ、駅からここへ来る途中に神社があったよね。昔さ、よく三人で校区にあったお社で遊んだの覚えてる? 」

「ああ、覚えてるよ。シーサー神社とか言って、お稲荷さんじゃなくて獅子舞みたいな狛犬があった神社だよね。懐かしいね」

「陽が沈むまで神社に残ってさ、夏なんか怖い話大会とかやったよね。こんな時間に三人が外にいるのも珍しいから、私もつい思い出しちゃって」


 真理恵の顔に笑顔が戻った。しかし、克也が会計を終えて店から出てくるとその表情は途端に曇る。


「そうだよ。誠司もいるんだからさ、ちょっと肝試しに寄って行かない? 」

「肝試し? 今から? 」


 自分の名前を耳に、数メートル離れたところに突っ立っていた誠司がこちらを向いた。


「しー。誠司には秘密のままにして。とりあえず、夜の散歩ってことでさ。神社についたらちょっと脅かすだけだよ」

「え~、なにそれ面白そう」


 真理恵の目に、いたずら心が芽生えたのを見た。


「わかった。ちょっと話してくるね」


 水を得た魚のように真理恵は普段の天真爛漫さを取り戻した。自分でも無茶な提案だと思ったが、なんとか場を取り繕うことには成功したようだ。これから神社へ寄って数分でも時間を稼げば、少なくとも克也の酔いも多少は覚めて飲酒事故だけは防げるだろうと思う。


「どうしたっていうんだ。真理恵が神社になんか寄ろうって言いだしてるぞ」


 真理恵といれ違いに、誠司がひとたび血相を変えて私に駆け寄ってきた。


「うん。少し寄るだけだから、別に構わないでしょう? 」

「でも、もう暗いしさ。神社なんて行っても真っ暗で何もないよ」

「大丈夫、大丈夫」


 早く解散してしまいたい気持ちは私も同じだった。しかし、今時点より最悪なことは起こらないと期待して、誠司にも励ますように肩を二度叩いてあげる。


「おし、仕方ねえなぁ。どっちへ曲がるんだったか? おら行くぞ」


 すぐに、真理恵の誘いに乗った克也が、言葉とは裏腹に軽快な足取りで先陣を切って歩きだした。それに続こうと、真理恵が私と誠司の間に立って腕を組み引き寄せ、強引にリードする。


「何かこういうの本当久しぶりだよね。何だかワクワクして震えてくるみたいな」

「そういうの、武者震いっていうんだよ。まさか変なこと企んでないよな? 」

「むしゃ? 落武者のお化け出たりして〜」


 からかうように真理恵が誠司に流し目を送っている。


「真理恵って本当怖いもの好きだよねぇ」


 私も流れに任せ調子を合わせた。

 こうしてしばらくの間、小学生の頃の様に談笑しながら歩いた。真理恵の言う様に、確かに懐かしくて、当時を思い起こさせる情景だった。

 自分だけ小学生のまま時が止まり、腕を組んで歩く誠司と真理恵の会話がもしかすると全て私の妄想なのかもしれない――なんてことを考える。


 魚眼レンズを介して見ているような、眼に映るもの全てと自分を取り巻く時間感覚が異なっているように。

 神社に向かうというこの行為が、私達を――私を――現実世界とは違う別の世界へ導いて行っているかのような。


「着いたよ。さっきの街灯があんなに遠いね。この先も灯りはなさそうだけど……」


 車一台分がやっと通れそうな位の通りを歩いて行くと、ブロック塀と藪で隔てられた奥の細道へ入った。いつしか真理恵の声色に勢いが消えていた。


「スマホのライトで大丈夫だろ。結構上まで階段ありそうだな。つまずいて転げ落ちんなよー」


 克也はスマホの灯りで足元を確認できることがわかると、鳥居から続く階段に臆することなくその足を上げた。

 林の黒い影に埋もれている寂れた鳥居が、月明かりに染まった灰色の空に影になって黒く浮かび上がる。こんな場所、車中からよく見つけられたものだと今になって自分の注意力に驚く。鳥居は日が沈んだことで更に存在感を失い、通りからここに神社があるということを知るのはきっと昔から住む地元民だけだろう。


「本当に上がるの? 」


 誠司が私にしか聞こえないような細い声で言った。


「ここまできたんだから今更戻れないよ。ちょっと登って見てお参りして帰るだけよ」


 私は真理恵が組んでいた腕を解いて、肩にかけていたトートバックからスマホを出す。


「私も私も」


 真理恵が続いてスマホのライトに明かりを灯した。二人分の明かりで三人の周りにぼんやりと白い光が纏う。行くよ、と誰に言うでもなく私は克也の後に続いた。すぐに真理恵は私にぴったりとくっついて、そのせいで階段を踏み外してしまいそうなのが少し怖かった。さっきまであんなにはしゃいでいたのに、いざとなると、真理恵はお化け屋敷が苦手なタイプなのかもしれないと長い付き合いの内で初めて知る。後ろから誠司の深いため息が聞こえた。そのすぐ後に、後方から白いLEDライトが差してきたので、誠司も観念してついてくることにしたらしいとわかった。

 下から見たときは暗がりのせいでとても長い階段のように見えたが、その終わりはすぐに訪れた。


 登り切ると、小高い丘を林に囲まれる形で隔離された空間の真ん中に、お社が建っているのが見えた。そこかしこの枯れ枝や落ち葉が、この神社の放置期間が長いこと伺わせる。境内を囲う林の薮は無造作に伸び放題で、近隣の建物からの明かりの一切を遮断していた。


 そこに見えるのは微かな月明かりに照らされた社殿と、いくつかの鳥居と、参道を挟んで対称に石碑や狛犬等が並んでいることだけだ。

 闇の中にも影が落ちると、より濃い闇が私の視線を吸い込んだ。

 そういえば、克也の姿が見当たらない。


「えーやだぁ。絶対にどこかに隠れてるよ。私たちを先回りして脅かすつもりなんじゃない? 」


 真理恵が心底嫌そうに言った。やっぱりお化け屋敷は苦手なのだ。


「そうかもね。だけど私たちが見つけないと、いつまで経っても出てこないかも」

「うそぉ。電話して呼んでやろう」

「ちょっと待って」


 真理恵がスマホをタップしそうなところを制する。


「お兄さんは私が探すから、真理恵は誠司といなよ」

「え? 一人で先に進むの? 怖くないの? 」

「うん平気。ほら、月も出てきたし何となく目も慣れてきたから。誠司もこっちには来たがってないから、階段登ったあたりで待ってていいよ」


 私たちは会話しながらも参道の中腹まで足を進めていると言うのに、誠司は階段を登りきったところから動こうとしていない。今この時を逃せば真理恵と誠司を二人きりにするチャンスは二度とこないだろう。


「驚かしてやろうってさっきの意気込みはどこいったの? 今なら誠司もこっち向いてないよ。ほら、右手の林の方から背後に回れば作戦成功だよ」

「そうか、そうだね。わかった! じゃあそうする。五分しても天音が戻らなかったら電話するよ? 」

「うん。じゃあ、ここから誠司が驚いたところを動画に納めておいてげるから。行って」


 怯えた表情から一変して、真理恵の表情から好奇心に満ちていく様子が手に取るように伝わった。最後に真理恵は小さくガッツポーズを私に向かってわざとらしく見ると、いそいそと右手の方に回った。

 私もそれに合わせてスマホの動画撮影に切り替える。

 恐らく真理恵はここに来ようと決めた時点で誠司と二人きりになりたいと考えていたはずだ。恋多き乙女が長年の思いを実らせる絶好の機会を、みすみす逃したくは無いはずだから。

 ……とはいえ、これは私の憶測の域を超えてはいないのだけれど。


 忍ばせた真理恵の足音が私の耳から遠ざかると、静寂が私を飲み込んだ。すると同時に、耳鳴りがツーンと大きくなった。

 草木を擦る風も無かった。

 撮影中の画面では、必要最小限の明かりだけを手に真理恵が腰をかがめて鳥居の陰からターゲットである誠司を狙っている。誠司が明かりをつけたままのスマホを操作しているのが見える。そして誠司が何気なく階段下の方を気にした隙に、真理恵が鳥居から飛び出した。

 振り返る誠司の前、わっと驚かせる真理恵。

 女の子のような悲鳴。

 それに続く真理恵の高らかな笑い声。

 作戦は成功だった。

 真理恵がスマホの明かりを私の方へと合図の様に振ってきたので、私もそこで動画を止めて、明かりを振って応答した。

 誠司が頭を抱えてこちらを見ている。私はそのまま二度ほど明かりを振って、克也を探すために境内を一通り巡ることにした。

 真理恵と私は小学生の頃、ランドセルを背負ったままよく二人だけで学校近くの神社に寄っては、誠司のいない時などには恋話をしたり、家庭であった事などを赤裸々に暴露しあったりして心の距離を縮めたのだった。自分と同じような感性を持ち、同じような悩みや辛さを経験している人が居るのだと知った時の、理解者を得られた時のあの嬉しさと興奮と感動は、生きている間にそう何度も味わえるものでもないと思う。


 あの時、私に恥じらいながら語ったように、胸を焦がすような気持ちで真理恵は今も恋を楽しんでいるのだろうか。今頃誠司とどんなことを話しているのだろう。小学生の頃から三人でつるんでばかりいたので真理恵と誠司が二人きりでいる場面を想像することさえ乏しい。それにしても──それに比べて私は十六歳になろうというのに、まだ恋の一つも経験していないではないか……。


 拝殿と思われる木造物の右手には、手水舎のための井戸らしきものが見えた。木蓋が微妙にずれていることで今にもこの世のものではない何かが底から這いずり出してきそうな雰囲気だ。

 私はそれを避けたい気持ちで、本殿と思われる小さな社へは時計回りで行くことにする。

 拝殿は細い木の柱が今にも朽ち果てそうで、床も所々抜けている。まさに肝試しのありようだ。

 暗がりの中、灯篭や石塚に誤ってぶつかってしまわぬようにスマホのライトで辺りをよく照らしながら裏手に進む。数日前の近郊での大雨により、足元の赤土の泥や苔のせいで気を抜くとぬるりと足を取られてしまいそうだ。

 暗がりの中なんとかたどり着いた拝殿の後ろ一面には、腰の高さほどの石垣があり、その上段には大小様々な地蔵と、中央には本殿と思しき社殿があった。しかし、本殿の祭られた石垣と拝殿との間は狭く、暗く、雨水が作った水路で、泥濘(ぬかるみ)もひどくて正面より左手奥へは進めそうにない。私は諦めて足元に気を付けながら元来た所へ戻ろうと振り返った。

 その時黒い影が視界を過ぎった。

 意思に反して体が大きく跳ねた。

 反射で、息が詰まる。

 叫ぶよりも先に、スマホを握る右手首を何者かに掴まれた。

 確かな手の温度が肌に伝わる。

 幽霊じゃない。すぐに人だと解った。

 ――真理恵か?そう思った瞬間、克也の横顔をライトが照らした。


「大丈夫か?そこ、穴が深いぞ」

「あ……」


 来た時には気が付かなかったが、確かに踏み込もうとしていた足元には水流で抉られたのか、ぬかるんだ穴が大きく開いていて、一度足を踏み込むと抜け出すには苦労しそうな深さだ。


「すいません。あの、あ、ありがとう……」

「何? びっくりした? ごめん、俺のスマホ電源切れちゃってさぁ。そしたら俺もその穴にやられた」


 克也が私の握った手を掴んだまま、その手で自身の足元を照らして見せてくれた。片足が見事に泥水で悲惨な有様だった。


「天音一人でここまで回ってきたの? やるなぁ。けど助かったぜ。穴にハマった時にスマホが吹っ飛んでさ。ライトがねぇから探しようがねぇの」

「ああ……大丈夫です。急に姿が見えなくなったから、真理恵が心配してましたよ。スマホ、急いで見つけて戻りましょう」


 一気に心臓が脈打ったせいで、手足の先端がまだびりびりしている。鼓動が激しいのに、まるで血が足りてないみたいに末端が冷え切っていた。

 克也といると面倒なことにしかならないな……と内心では疲弊しながらも、私は懸命に地面をライトで照らす。明かりが一つしかないので、どうしても克也との距離が近くなってしまう。そんな状況からも早く抜け出したかった。

 私が右へ行くと、克也も距離を詰めて左後ろ手に回る。左にライトを向けて離れようとすると、即座に右へと下がる。どうしてこんなにぴったりと詰め寄るのか、私にはその挙動が不自然なのかどうかの判断もつかない。とにかく今は早くみんなの所へ戻りたい。

 私は仕方なく拝殿のすぐ脇に沿って歩き、克也に背後を取られないように警戒することにした。


 不意に、湿度の高い風が顔に当たった。

 それはアルコールの匂いを運んできた。

 おかしいな、樹々の葉がこすれる音はしていない。

 アルコールだけじゃないような、煙草の匂いも含まれる。

 これは、人の息……。

 地の泥濘から視線を上げる。克也の長髪が私の頬を撫ぜた。

 意表を突いた動作に動きが合わないまま、柔らかい感触と、湿った固いものが私の唇にぶつかった。

 克也の口だ。何で?

 あ、嫌だな。

 なんだか不味い。

 気持ちが悪くなってきた……。


『天音』


 歪んだ口元。

 ――止めて。笑わないで。


『大丈夫だよ』


 恍惚の目。

 ――そんな顔で、私に触らないで!


***


 真綿で占められているようなぼんやりとした頭痛がする。


「何やってるんですか! 罰が当たりますよ、こんなの人に見つかったら通報されますよ! 」

 ただ事ではなさそうな、誠司の声が木霊した。

 境内の、拝殿の高い屋根に反響したのか。


「今更何だよ。びびって入ってこれなかったくせに。正義のヒーロー気取りか。ちょうどいいぜ、これでみんな共犯だな」

「共犯って……こんなこと見過ごせませんよ、いくらなんでも」


 穏やかではない声音に、誠司のその先を見て目を疑った。克也が境内に祭られていた石塚を蹴り倒していたのである。唯一強気だった真理恵さえも怯えたように誠司の後ろで棒のように突っ立ったままだ。


「ここまで一緒に仲良く来たんだ。ただのおふざけが騒ぎになったら、お前らが通報したってことだからな。そん時はどうなるか分かってるよな」

「克兄、どうかしちゃったの! もういいよ、帰ろうよ! 」


 暴君に、怯えた目と、ただ物言わぬ顔で、見ているようで見ていない、地蔵たちの目。

 私は、感情任せにその朽ちかけた一体を、踏み倒した。


「これで正真正銘の共犯よ。これなら文句ないでしょ? 」


 残りの地蔵たちの目線が、一斉に私に向き刺さる。

 だから何よ、何も、できやしないくせに。

 次の一体を、私はまた踏み倒した。


『天音』


 誰かの呼ぶ声がした。

 ――私に助けを請うている?


『天音、聞こえるか』


 誰かが私に語り掛けていた。

 もっとやれ、もっとやれ。

 憐憫の目に、瞞着されるな。

 もっとやれ、もっとやれ。

 業の澎湃にも、かかずらうなよ。

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