第4話 苦手意識


 日が傾き始め、駅界隈のビルに茜色が差し始める。

 渋滞し始めた駅前の十字路の信号で停車した時、何気なく駅のロータリーに目をやる。そこには帰路に着くサラリーマンや、学生服姿の若者たちがたむろしていた。


 ――そろそろ誠司も電車から降りる時間じゃないかな。

 そう考えた矢先、誠司からのメッセージ受信音が私のスマホで鳴った。


「誠司が今、駅に着いたって」


 メッセージの内容を真理恵にそのまま伝える。

「そうなの? タイミングいいじゃん。拾っていこうよ。ねえ克兄? 」

「ああ、いいぜ。ロータリーに車寄せるよ」

「え、でもここからもうすぐ家なんだけど……」


 何気ない発言が、自分の意図とは違ったように伝わってしまったようだ。


「まあそうなんだけどさ。じゃあ、そのまま夕食でも食べに行くのは? 確かちょっと行った所にファミレスあったもんね」

「ちょっと真理恵」

「いいからいいから、私から電話してみるし」


 有無を言わさず真理恵はスマホを取り出し、手慣れた様子で画面をタップし耳に当てた。

 克也も真理恵の返答を待たずに車線変更し、左折を試み始めている。


「あ、誠司お疲れ。今天音と一緒にいて帰る所だったんだけど、ちょうど車でさ。うん、そう。学校の帰りだよ。で、今からロータリーに寄せるから、乗って行きなよ。あと、夕食もね、克兄が奢ってくれるって言うからみんなで食べに行こう? うん、うん」


 真理恵のスマホから漏れる誠司の声も当惑している。だが、あの誠司のこと。意見する前に丸めこめられ、どうやら通話を切られてしまったことが後部座席にいても分かった。


「天音、誠司がオッケーだってよ。克兄、よろしくね」

「お前、勝手に奢るとか言うなよ」

「え〜。だって、そうでしょ? 」


 ここまできらたもう真理恵には敵わないか、と諦めた。


 私も誠治も真理恵のペースに一度ハマれば、軌道修正は至難の技という訳だ。

 渋滞と重なりながら一時間以上も車で送ってもらった上に、夕食までご馳走になるなんて。

 克也に苦手意識のある私にとっては、とても心穏やかではいられない。


「でも、悪いから……」

「まあ、気にすんなよ。実は俺、今日は給料日なんだ。一応先輩だしな。久しぶりに会ったことだし、あんたと誠司の分も出してやるよ。真理恵の分は、貸しにしといてやるがな」

「ひどい! 差別よ」

「差別じゃない、これは区別だ」


 強引さや、鈍感さは、克也も真理恵に負けず劣らず。

 二人とも心なしか楽しんでいるように見えるが、ここまで強引だと親切心も重荷に感じてしまう。

 そうこうしている内に、ロータリーに車を寄せ終える克也。

 律儀に雑踏の中佇む誠司を発見した真理恵は、早くもウィンドウを開けて窓から手を振って手招いていた。


 車の窓がフルスモークのために誠司も克也の車を見つけるのに戸惑っていたようだ。車内から見る誠司はどうにも気後れしている様子で、内心は私と同じような気持ちなのだろう。人の好意を有難迷惑に受け取る私たちは、なんと不幸体質なのだ、と、私もつられて気落ちした。


「誠司ってばほら、早く乗ってー」

「え、すみません。克也さんお久しぶりです。……じゃあ、失礼します」


 克也と会うのは誠司も小学生ぶりだった。

 運転席の克也に挨拶してから、後部ドアに手をかける誠司。

 いいからいいから、と真理恵が急かす。

 よう元気か、と気さくな克也。


 車が発進してしばらくたっても、盛り上がる鏡兄妹かがみきょうだいと対照的にうつむき気味のまま無言の私たち。

 場違いな気がして、肩身が狭い。そんな空気が私と誠司の周りを囲って、外界とのコミュニケーションの妨害壁と化していた。

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