第15話 神の旨

 初めましてこんにちは。僕は創造神です。

 僕っていうけど、性別はここでは関係ないから、言うなれば私でも良いんだけど。まあ、一応話をするに当たっては、好きなイメージで僕を意識してもらえると助かるよ。


 ヒトって産まれてから死ぬまでの人生の中で何故自分が生まれてきたのか? なんていう理由を考える時が一度はあるよね? ないヒトもいるのかな? 創造神とはいえ、万物の全てをを創り上げただけだからね。神だからって全てを逐一管理し見知っている訳じゃないの。その辺は許してね。僕は君とただこうして意識し合っていたいだけだから、……今はね。


 何だか上から目線みたい? はは、君って面白いね。確かに僕は上にいるかもしれない。そう考えると次元っていう便利な言葉を考えたヒトは、かなり良い線いってる。でも決して見下してるわけじゃないよ。だって僕は創造神。好きも嫌いもなければ物質的に存在しているわけでもないから。上から目線だと感じるのは、君が僕をそういう色眼鏡で意識しているからだよ。もし、君がとても僕を好きに思っていてくれて、好意的なイメージを抱いていてくれるならもっと違う口調で認識されている。そんなものだよ。ヒトの脳って不思議だよね。


 ――そう、もう気付いているかもしれないけど、僕は君の知り得ている情報の中の空想の存在でしかない。妄想じゃないよ、妄想は思い込みで、正しい認知とは言えないからね。


 そしてどうやら君は、完璧であるはずの神がどうして不完全なるヒトを造ったのか、疑問に思っているようだね。また、どうして幸、不幸が平等に振り分けられることなく、人生を苦難の連続になるよう仕立て上げたのかという不平等感に憤りさえ感じている。これなんだけど、実は僕も凄く興味深く思ってたんだよ。


 いやね、確かに僕がヒトを生み出したよ。人に限らず多種多様な動物、植物、菌類などの生物群集とそれを取り巻く環境という生態系において相互作用を設計した。生態系と一言で言ってもこれはとても複雑で、その一部分を切り取ってみればそれらはとても脆弱なものだ。しかしそれらは物の見事に地球上で継続し続け、今もなお機能し存続している。

 造っておいてなんだけど、そんな地球はとても美しくて、まさに僕の求めている物質世界の形なんだ。それも、不可抗力の上に成り立っているというね。


 やっぱり何だか見下されてるようだ? いや、ごめんごめん。そんなつもりじゃないんだけど説明しようとするとどうしても偉そうに聞こえてしまうよね。以後、気をつけるよ。

 つまり、僕が言いたかったのは、君たちヒトはとても素晴らしい存在だってこと。だから、幸か不幸かなんてことに縛られないで、良い人生を送って、是非徳を積んでほしい。ただそれだけなんです。

 なぜ徳を積む必要があるのかって?

 うーん、そうだよね。疑問に思うのも無理はない。だけど不思議と、君は善悪が何となくだけどどういうものかを知っている。そして出来れば良い行いをしようと無意識に心がけている。違うかい? それはね、僕がそういうように設計したからだよ。理由は簡単、僕がそうしたかったから。


 ヒトに進化論という概念があるように、どうしても自然沙汰は起こる仕様になっている。

 神を信仰しない進化論者は最も優れたメカニズムが適者生存によって自然選択されると語るけど、肝心のそのメカニズムは果たしてどこから生じたものなのか?

 ここまで言えば、もうその先を言う必要もなさそうだね。


 ――生態系には回復力もあるとはいえ、命巡る環境に限界もあるだろう。そう何度も頻繁に核戦争をやられたりしたら、君たちにとって広大な土地を持つ星でさえも、いずれ滅亡してしまうだろうからね。僕だってそれはどうにか防ぎたい。せっかくの美しいものを、みすみすすぐに壊れるようには造らないさ。


 だから、今を生きている君には、安心して生を全うしてもらいたいと希望している。

 君たちのよく知る、世界一のベストセラーと語れる本の中にも、神は「地を破滅させているものたちを破滅に至らしめる」と、記されているでしょう?まあ、これをどういう意味として捉えるかは、ここでは深く言及しないでおくけどね……。


 ――その本には、神についてのことがよく記されているね。この僕、創造神のことも。学識あるその時代の先人達が様々な観念で書き上げたアンソロジー。


 実はこの上手くまとめられた本。君たちヒトがもっとも信頼する科学という分野と同じような意味の言葉が大変よく記されている。科学の教科書として扱うのは無理があるだろうけど、科学的に言えば正確でもあるとも言える。これに君は気がついていたかな?


 例を挙げるならその一つに、神は「地の円の上に住む方である」とか、もう一つは「神は地を無の上にかけておられる」なんてのも。この本が書かれた時代に宇宙を観測するすべがなかった事実をふまえた上で、その時代に宇宙と地球の位置関係を的確に言葉で表すことができるヒトがいるって。不思議でしょう? どうかしてるよね!


 ……冗談はさておき、何でそんなことが書けたのか、僕は知っているよ。何故ならヒトは僕を元にした小さな宇宙だからだよ。つまり、繋がっているんだ。原子と電子が太陽系と同じ成り立ちでいるように。僕と、君たちはね。ヒトのDNAと同じように受け継がれている訳だ。ヒトは神の子、とはよく言ったもんだよ。まさに言い得て妙だ。


 にわかには信じ難いかもしれないけど、インターネットのネットワーク、そして脳細胞と宇宙の縮図なんかも似通った作りになっている話も有名でしょう? そう、全て同じ。全て繋がっている。だからピンと分かっちゃう。霊的に言えば、そういうことさ。


 ――では、そろそろ本題に入ろうかな。

 僕を信じようとするに当たって、ヒトは哲学的な神議論をいつの時代にも幾度となく繰り広げた。


 その中には大まかに分けると、悪は実体のない“虚無的なもの”と考え神を全能とする論。


 反対に、ヒトはヒト自らの創造性によって悪を克服すべきとし、神に頼らずヒトにこの世の悪のすべての責任を問わんとする論。


 また、神と悪との対立なんて不完全なヒトがあれこれ詮索することではないと説く、思考停止な不可知論。


 更には、神と悪は対立するものではなく、神の中に悪があると考えるもの。要するに神という善の外に、悪があるとする論。


 そして、万人は平等の状態に創造されたのでなく、あるものは永遠の生命に、あるものは永遠の断罪に、あらかじめ定められているとし、神の前においてヒトは無力化されてしまうとする、予定論。


 最後に、神は万物を創造したが悪を創造した訳ではないとし、悪をすなわち善の欠乏、神の善なる創造物の堕落が悪の正体とする論。


 ……君はどの意見が一番しっくり来るだろうか。僕はまあ、少なくとも僕を意識しようと思考を巡らすことに意義があると思うので、正直言うと、全ての意見に賛成かな。

 だって、僕はヒトが知り得た中でしか存在出来ない“実態”のないものだから。

 だけど、神と悪は対立するものではないって考え方、僕は好きだな。

 君は、ヒトはどうしてヒトに優しくできるんだと思う? それはさ、共感できるから、だよね? 共感ってさ、つまるところの、慈悲なんだよ。そう、愛ってやつ。ヒトが本当の意味でヒトに優しくできるとき、それは赦す時。赦す、ということは、悪を認めて自分の一部にするということ。だからこれが、僕に一番近いカタチだと思うんだ。悪いことしたことない奴になんて、悪い奴の本当の気持ちが理解できるはずないもんね。


 ここで少し触れておきたいのは、予定論。君が初めに抱いていた不公平感は、きっとこのことを指しているんだろう。そして、最後に挙げた、善なる創造物の堕落が悪の正体というもの。実はこれ、言い方は違えども、魂は同じ経過を辿ってるんだよ。霊的に言うと。


 僕はね、ヒトを僕に似せて造った。理性を持って真理に辿り着けるよう、慈悲を持ってヒトを設計した。だけど、生態系の織りなす不可抗力によって、同じヒトでも進化の道が分かれていく。始めに言ったように、僕はここに凄く興味がある。そして、期待している。


 つまり進化とは、自分自身の思考の選択の連続のなせる技なんだ。君が造った、君自身の世界。それが今の君の幸せを決めている。

 ねえ、ヒトをヒトたらしめるものはなんだと思う?


 命って、なんだと思う?

 君は、肉体が尽きるその時まで、進化し続けることができるのかな。

 肉体が尽きるときまで徳を積み、宇宙の真理を少しでも求められるようになるのかな。

 今は僕とは次元が違うかもしれないけど、この地球と僕を繋ぐための霊的進化をいつか僕に見せてよ。

 君たちヒトは僕の造ったこの美しい地球に、この物質世界に、僕と通じるそれは美しい霊の国を造ることができるはずだ。

 君たちが目にする悪は、偶然ではなく必然の、君たちの霊魂の成長のため直面した苦難だ。業の澎湃にも、かかずらうことなく、君たち自身が立ち向かわねばならない、宿題だ。


 僕はずっとここで、待っている。

 永遠の命となり得る我が子の成長を。

 ずっとここで、見守っている。

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