第10話 証人

 神様は見ている。

 私を見ている。

 伝わっていますか? この喜び。


「どうかしたの? 様子が変だよ? 」

「……なんでもないです。続けてください」


 天にまします我らの父よ。

 願わくは御名みなをあがめさせたまえ。


 ――こんなにも体は応えているのに、私の心は上の空。


 罪悪感? 苛責の念? 良心の呵責?


 そんなものは、今、必要ない。だからこうして、“全身全霊で愛を体現”しているのだから。


 救われるべきよ。誰も堕とさせやしないんだから。たとえ周りから蔑まれようと、私は必死にやってきた。誇りを持って、身をもって、伝道活動に励んでいる…………。


『愛する者よ、快活なおとめよ、あなたはなんと美しく愛すべき者であろう。※1

 あなたはなつめやしの木のように威厳があり、あなたの乳ぶさはそのふさのようだ。※2

 わたしは言う、「このなつめやしの木にのぼり、その枝に取りつこう。どうか、あなたの乳ぶさが、ぶどうのふさのごとく、あなたの息のにおいがりんごのごとく、※3あなたの口づけが、なめらかに流れ下る良きぶどう酒のごとく、くちびると歯の上をすべるように」と』※4


 彼が私に口づけし、私の中で震えた。


 ――わたしはわが愛する人のもの、彼はわたしを恋い慕う。※5


 そう、私は林檎。

 これを未必の故意だと言うのなら、私は〈薔薇の女〉にだってなってやる。

 ――我らに罪を犯すものを我らがゆるすごとく、 我らの罪をも赦したまえ。

 熱い思いを胸に秘めたまま、周りのいいなりになっているのは辛いこともあった。だけどようやく苦労がここで身を結ぼうとしているの。それはとても誇れることなのよ。


 自分が救われ、家族が救われ、みんなが救われるようにと思って、自分のアイデンテティを捨て人生を捧げてきたことを、今までにやってきたことの全てが、たとえ、愛する人の手で崩壊させられようとも、ただその日、“その時”がいつであるかは、誰も知らないのだから。だから、私は……。

 ――我らをこころみにあわせず、悪より救いいだしたまえ。

 ――国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。

 ――アーメン。







※1 雅歌 七章六節

※2 雅歌 七章七節

※3 雅歌 七章八節

※4 雅歌 七章九節

※5 雅歌 七章十節

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