4 プローヴァト村の村人
ハバリーは〈テオフラストゥス〉が嫌いだった。
科学なんて胡散臭いし、あの団体はやり口が強引なことが多い。
この村だってその強引さに引っ張られたせいで、おかしな建物を建てられ、どことなく異様な子供たちに占拠されてしまったんだ、とハバリーは思っている。
では魔法や魔術を扱う〈レーヴ〉ならいいのかというと、そうでもない。科学を扱う〈テオフラストゥス〉以上に胡散臭くて、無駄に仰々しい。
そもそも、〈レーヴ〉は魔力のない人間をまるで存在しない者のように考えている節がある。魔法だと? 魔術だと? ちょっと魔力があるからといってふざけたことを言う。この村のおとぎ話じゃあるまいし!
そんなハバリーの考えを知らないわけでもないはずなのだが、興奮気味にペーロが言い出した。死体と一緒にいた女の子は、魔法使いなんじゃないかな? と。
「馬鹿馬鹿しい! 魔法使いなんてのはたいてい都会の金持ち連中ばかりだろ。こんな片田舎であんな年端もいかない魔法使いなんてあるものか!」
目を見開いて声を荒げるハバリーを、ペーロは慣れた様子でまあまあとなだめる。
「いや、いやいや、でもな、孤児院の子供が見たんだってさ。その女の子が目の前で、すぅって消えたって」
嫁の尻に敷かれていることで定評あるペーロは、どこか気弱そうな雰囲気を醸し出している。しかし今、珍しくハバリーに食い下がり、とても真剣にうったえていた。
「きっと、あの女の子は魔法使いなんだよ!」
「何が魔法使いだ。ガキの言うことを真に受けるな、情けない!」
「いや、でも……」
「じゃあ聞くがな、その消えた女の子ってのは、なんて言ってんだ? 私は魔法使いなの、と自己紹介でもしたか?」
「いやー、その子、声が出ないから……」
「ああ、そうだったな。だがな、だいたい、その子が消えた後はどうしたんだ? 消えたら消えっぱなしで、誰も捜さなかったのか?」
「あー、いやー、後から別の場所から出てきたって話だったが……」
「……あのな、あんたそれ、担がれただけなんじゃないのかい?」
いやー、でもなー、などと煮え切らないペーロを、ハバリーは頭を抱えそうになりながら眺める。悪い奴ではないんだが、こいつはどうも、こう……。
プローヴァト村の、村長と副長を除いた五人の村人の内、男性はハバリーとペーロだけだった。あとの三人はみな女性。
俺をはぶいた村人唯一の男が、こいつとはな……。
ハバリーは深く深く息を吐く。ペーロと話していると、なんだか疲れて、怒る気力も無くなってしまう。
昔はこうではなかったのだがと回想しかけ、ハバリーはハッとする。いや、ペーロは昔からこうだったか。
昔は今よりも、もうちっと村人の人口も多く、活気があった。少なくとも、こんなしみったれた老人がたった二人、道端でぽけっとつっ立ているような村じゃあなかったんだ。まったくもって、なんとも情けない。
ペーロにしても、まあ、こいつがお人好しなのは昔からではあったが、そのお人好しにこんな形で付け込みからかうような奴は、まずいなかったはずだ。
でかくてどこか無機質な建物から、今日も子供たちが奇声を上げて飛び出してくる。にぎやかなことは別に悪くない。子どもの楽しげな声だったらなおのこと。
ただ、〈テオフラストゥス〉の集めた孤児はいただけなかった。
全身目が痛くなるような真っ白な着衣、男児の頭髪はみな短く刈込まれ、女児の髪は男児よりも少し長い程度で、耳にはかからない長さで統一されている。
それから、全員の右耳にピアスがついていた。ピアスは小ぶりでシンプルなものだが、おのおののピアスにそれぞれ数字が振ってあり、子供たちは名前ではなくその数字で呼び合っている。
〈テオフラストゥス〉管轄の孤児院の、まるで均一の物にタグをつけて管理するようなやり方が、ハバリーには腹立たしさを通り超して薄気味の悪さを覚えた。
そういえば、良くも悪くも目立つ世話係のレノが、かわいそうだからという理由で子供たちに呼び名を付けていたが。あれもあれでどうなんだと、ハバリーは思う。かわいそうだから、特別に、呼び名をつけてあげる……、聖人君主ごっこの好きそうな奴の上から目線が、非常に押しつけがましくて鬱陶しい。
実際、子供たちが呼び名を使っている様子はないので、本当にただの自己満足にしかなっていないではないか。……いや、だが、彼女はまだいいのかもしれない。少なくとも、子供たちのため、という大義名分の上でやっていることだ。
もう一人の女性の世話係は、名前は確かタピールだったか。彼女はよく、物資をちょろまかそうとする本当にみっともない奴だ。いつだったか、子供の分の菓子を二つ三つ、自分のポケットにすべり込ませるのを見た。その場ですぐ叱りつけてやったが、あの手つきは常習犯に違いない。仕事もよくさぼっているのか、レノがタピールに小言を聞かせている場面をたびたび目にする。あんなのでよく子供の世話などできるものだと、呆れるばかりだ。
だが、呆れるといえば世話係唯一の男性のカバージョもそうだったな。彼は指導と称して、明らかに指導ではなく体を触る目的で女児と接触している。あの目つきを見ればわかる。あれは子供に向けるようなもんじゃなかった。問題が起こらないようにレノが目を光らせているのだろうとは思うが、あんな男にこのまま世話係をさせていてもいいものなのか……?
走り回る子供たちを横目に見ながら、ハバリーは、憂鬱な気分になる。
……俺たちは、〈テオフラストゥス〉に感謝こそすれ、やり方が気に喰わんなどと文句の言えた立場じゃないんだろうな。
頭でそれがわかっているだけに、余計腹立たしい。
現状、〈テオフラストゥス〉にとってしてみれば、村に孤児院を建てたのではなくて孤児院の土地にたまたま人がいた、というくらいのものでしかないのだろう。野良猫に餌をやるような感覚で、ついでだから世話をしているという、ただそれだけ。
しかしそれがなければ、プローヴァト村の村人はとっくにみんな死んでいた。老人ばかりが残ってしまったこの村は、火を起こすこと一つとっても、昔ながらの石を打つ方法をとっているような村だった。自給自足をするための畑はあるが、もともと日の入りが悪い森の中だ。天気の悪い日続けば実るものも実らず、蓄えなんてものもほとんどない。ジリ貧なこの村には金も、使えそうな資源も無く、都市や街への通り道にあるわけでもないから、物資を運んでくれる商人も金を落としてくれるまともな旅人も来ない。
〈テオフラストゥス〉はプローヴァト村に、無機質な建物を建て気味の悪い子供をそこで生活させることとセットで、日常を便利にする魔術や科学から生まれた道具や、生きるのに必要な食べ物、薬などの物資を提供してきた。
ハバリーも一応感謝をしていないこともないのだ。
食べ物や薬に関しては言うまでもないが、連中が支給した道具の数々は村人の生活をかなり楽なものにさせたのだから。
魔力のまの字も無いプローヴァト村の人間でも扱える魔道具のおかげで、今ではボタン一つで火も水も簡単に手に入るようになった。これは〈テオフラストゥス〉が開発したものの一つだ。魔力がすでに魔道具に内蔵されているため、使用者の魔力は必要ない。
今までの魔道具はほとんど全て〈レーヴ〉が造り出してきたものだった。それは、一定の魔力を持ち、それをある程度コントロールできる者でなければ扱えないものばかり。そのため、魔道具を扱える者と扱えない者との格差があった。
ちなみにこの村は格差の中では底辺どころかランク外もいいところ。
魔法とも魔術とも全く縁がなく、そもそも村長以外に魔力を持つ人間がいなかったせいで、プローヴァト村は時代の流れから見放され廃れていく真っ只中だった。
それを、たまたま〈テオフラストゥス〉に救われた……。
初めて魔道具を使った時、ハバリーは柄にもなくはしゃいで、意味もなく何度も何度も火を付けたり消したりしてしまった。
魔法も魔術も大嫌いだと思っていたし今でもそう思ってはいるが、それでも、目の前でこんなに簡単に火が起こるのを見てしまっては、感動せずにはいられない。
これは、廃れるわけだ。
ハバリーは納得する。
魔法と魔術の便利さと、それを求め追求しようとする時代に流れを、しみじみと、納得する。
……だがまあ、それはそれ、だ。
白い服の子供たちが森に入っていく。
入れ替わるように、ぼろぼろな身なりの男が重い足取りで森から出てきた。
妙に眼光の鋭いその男は道端にいるハバリーとペーロを一瞥だけして、まっすぐと、小さな村の中では異彩を放つ孤児院へ足を向ける。
ハバリーはふと、昨日の死体騒動のことを思い出して苦虫をつぶしたような顔になる。
連中が仲間の死体を、まるでゴミでも扱うかのように乱暴に運んでいく昨日の様子が頭に浮かび、いら立ち紛れに頭を振った。
「どうした? 顔色が悪いみたいだけど」
ペーロが心配そうにハバリーの顔を覗き込む。
「どんなに便利になったとしても、やっぱり連中のやり方は気に喰わねぇな」
目的のために、利便のために、合理化のために、あいつらは手段を選んでいないのではないか?
今に、その強引なやり口でうまれた歪みが大きくなって、大変なことになるような気がしてならない。
「ああ、昨日の連中は、確かに酷かったな」
ペーロがうつむいてため息を吐く。
「窓からかみさんと見てたけどさ、あいつら、情ってものはないのかな」
連中が帰った後で副長から聞いた。
森で見つかった死体はやはり〈テオフラストゥス〉の研究者だったそうだ。
男は実験中に大きなミスを犯し、姿をくらませていた。普段はやらかさないようなミスだったのと、ミスをする前の様子がどうもおかしかったので調べてみたら、その男、実験物を持ち出して横流ししていたらしい。
研究施設からいなくなったことまではわかったが、どこへ逃げたのか行方を捜している時に、このプローヴァト村から死体が出た、と連絡があった。
たぶん施設から徒歩で行ける範囲がぎりぎりこの森までだったのだろう。呪いを受けていたが、きっと、横流ししていた取引先となにかもめ事でも起こしてかけられたに違いない、と連中は話していたのだそうだ。
死んだ研究者の話は概ねそんなところだが、問題は少女のことだった。
その研究者に子どもなんていない。研究者の出向いていた施設に子どもなんていないし、念のため施設に勤める者の子どもについても確認したが、いなくなった子はいないという。
近くに村も街もないし、子どもの足でこんなところまで来られるはずもないので、おそらく定期便の物資にでも紛れて乗り込んでいたのではないか、という結論がひとまず出た。
少女は喋ることができないし、話しかけても反応が薄く、どこからどうやって来たのか直接確認をとるのは無理だった。
なのでまずは、とりあえず定期便の出発地点である街に少女を連れて行き、そこで少女の身元を確認するということになったのだと、今朝の朝礼で村長が言っていた。
少女を街まで連れて行くのも身元の確認をするのも、全て〈テオフラストゥス〉がやるとのことで、用意した人物を村に向かわせるからその人物に少女を引き渡せ、とお達しが来ているんだとか。
「連中の用意した人物ってわりにはどうも胡散臭かったが……」
男が入って行った建物を眺めながら、ハバリーはどうにも嫌な感じがして仕方がなかった。
「ありゃ、流れ者なんじゃないのか? それも、金さえ掴ませりゃ何でもやるタイプの……」
「いやー、連中が雇った、ただの旅人だろう? 女の子を一人連れて歩くんだし、旅慣れた人がよかったんじゃないのかい?」
「旅人にしたって、他にももっといるだろう? なにもあんな目つきの悪い奴じゃなくたって……。だいたい、定期便に乗り込んでここまで来たっていうんだったら、また定期便に乗せて帰ればいいだけなんじゃないのか?」
「あー、まあ、次の定期便が来るまで待たせるのもよくないって思ったんじゃないのかな? 食料のこととかもあるし」
なるほど、確かにそうなのかもしれない、とハバリーは思おうとした。
食料や日々に関わる物資は定期便で運ばれてくるものに依存している。余裕をもって運ばれてきてはいるが、人数が増えればさすがに足りなくなってくるだろう。
子供の親だって心配しているはずだ。一日でも早く家に帰してやるべきなのは、確かにハバリーにもわかる。
わかるのだが……。
この後かみさんと用事があるというペーロと別れ、ハバリーはどこか釈然としない気持ちを抱えながら家路につく。
旅人は翌朝早くに少女を連れて村を出て行った。
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