出会いは突然に

 「リラ」

 「はい、なんでしょう?」


 〝酒場〟というには豪華な一室、幾つものテーブルが並び、そこに幾人もの人々が杯を交わし、料理に舌鼓を打っていた。


 「酒場か?」

 「酒場です。頭に高級が付きますが」


 シーナはさてどうしたものかと、頭を悩ませた。

 酒場に行くとは言ったが、高級酒場に行くとは言ってない。

 今座っている椅子もそうだが、テーブルに床、カーペットやカーテン、バーテンダーやウェイターの制服まで、上等なものだと、見て解るもので揃えられている。


 客もそうだ。明らかに、下町の酒場で管を巻いている傭兵や冒険者達とは違う。

 酒場ではあるから、傭兵や冒険者の客も居るが、どの客にも気品というものが感じられる。

 恐らくは貴族かそれに属する者、若しくはそういった者達からの依頼を中心に受けている者達だろう。


 そして、酒場の一番隅、物陰となっている席に、シーナとリラは着いていた。


 「宿のフロントに、食事で外出すると言いましたら、ご主人様が助けた富豪の耳に届いたらしく、此方の不始末で恩人に手間を掛けさせる訳にはいかないと」

 「ここを紹介された訳か」

 「はい」


 頷き、半ばまで裂けた片耳が揺れる。リラはよくやってくれていると、シーナは正直に思っている。

 己の様な、無愛想を絵に描いた様な女に、よくここまでしてくれるものだと感心もしている。


 「値段も相応だな」

 「アレフトでも名店の一つだそうです」


 品書きを手に、二人は注文を纏めていく。

 このアレフトまでの旅路は、肉か山菜か粗末な黒パンか、宿の食事もどちらかと言えば肉系がメイン、久々に魚が食べたかった。

 シーナは魚系のメニューのページを見詰め、幾つか当たりを付け、リラに目をやると、にこやかに微笑んでいた。


 「…なんだ?」

 「注文は決まりましたか?」

 「魚系」

 「解りました」


 シーナから注文を聞くと、リラは早速ウェイターを呼び、迷う事無くシーナが当たりを付けていたメニューを、言い当てていく。

 それを不思議に思いつつ、サービスの水を口にする。

 浄水に関しては、シーナ達よりも前に召喚された勇者が、この世界の技術を元に広めたらしく、ある程度の規模の町ならば、安全な水が安価か無料で飲める。


 「ご主人様、お酒は如何しますか?」

 「酒、…酒はいい。いらない」


 昔、酒を呑み、酔いが覚めた後で、グレイにひどくからかわれた事を思い出し、胸を押さえる。

 痛みは無い。だが、込み上げてくる熱に、胸を押さえる手を止められない。

 唇を噛み、目を伏せ、懐かしさと怒り悲しみを堪え、それらが引いてから、顔を上げる。


 「ご主人様には、魚料理とフレッシュジュースを頼んでおきました」

 「すまない」

 「これも従者の役目、お気になさらず」


 リラは言うと、周囲への警戒を強める。リラは獣人、聴覚や嗅覚等は人間より鋭い。

 例え片耳が半ばまで裂けていようが、その聴覚に翳りは無い。

 表面上は、にこやかに無愛想なシーナを見ながら、警戒を続けていると、すぐ近くのテーブルに三人程の人間が近付いて来ている。


 「しかし、よく入れたな」

 「今日は席が空いてたのかな?」

 「サヤマの装備のお陰」


 一人は重鎧、一人は軽鎧、一人は鎧は無し。

 足音の重さと声、歩調から判断する。

 サヤマ、その名前の響きから、一人は召喚勇者だと判断する。


 「サヤマ様様ってやつか」

 「やめてよ、フェリド」

 「そうだぞ、バカフェリド」


 三人はリラ達のテーブルの近くを通り過ぎ、近くのテーブルに付いた。


 「高いな」

 「帰る?」

 「国にツケればいい。私達はそれだけの働きはしている」


 ローブの少女が、容赦なく言い切れば、サヤマとフェリドと呼ばれた男達は、頭を悩ませた。


 「いや、ハルファ。払えない額じゃないし、自分達で払おう」

 「何故? 働きが足りないというなら、国はサヤマを過小評価している」

 「そうだな」


 ハルファという少女の言葉に、フェリドが頷き肯定する。


 「初めは召喚勇者でも、こんなヒョロくて大丈夫かと思ったが、今じゃ俺らのリーダーだ」

 「頼りにしてる」

 「そんな、よしてよ」


 聞き取った情報から、三人は何処かの国から、何らかの役目を担っており、そのリーダーのサヤマというヒョロ長い男は、国から冷遇されているらしい。


 「…リラ」

 「はい、どうしました?」

 「食べないのか?」


 どうやら集中し過ぎていた様だ。何時の間にやら、料理が運ばれていた。

 シーナが並べられたムニエルにナイフを通し、切り分けていた。


 「美味いぞ?」

 「え、ええ、いただきます」


 種族的に肉料理を頼んだリラが、厚めのステーキにナイフを通せば、特に抵抗を感じる事無く、すんなりと切れた。

 断面から立つ湯気と香りが、鼻を擽る。

 切り分けた一切れを、口に運び噛めば、柔らかな肉の繊維から、甘い肉汁が溢れる。


 「美味しいですね」

 「ああ」


 周囲への警戒は怠っていないが、サヤマ達が此方に気付く気配は無い。

 シーナも久々の美食に夢中になっている。もしもがあった場合、即座に動けるようにしておきたい。


 「ご主人様、明日からの予定はどうしましょう?」

 「足りないものを買って、町を出る」


 ムニエルの最後の一切れを口に入れ、咀嚼し飲み込む。


 「長居する理由は無い」


 カップに満たされた冷えた果汁を口に含む。

 すっきりとした甘さ、嫌味の無い苦味、酸味が少しだけ強く口に残るが、嫌な酸味ではない。


 「アイロの実の果汁に、ミケロミの実を少しだけ混ぜてあるそうです」

 「ミケロミ…」


 朝食べた、ミケロミの味が甦った様だ。シーナは顔をしかめ、グラスに残っていた水を飲む。

 空になったグラスを、シーナがテーブルに置いた時、サヤマ達から声が聞こえた。


 「お姉さん方もどう? 一緒に呑まね?」


 赤に近い茶の短髪、太い顎に無精髭、人好きのする穏やかな目を持つフェリドが、此方に振り向き、少しだけ赤くなった顔で、そう言ってきた。


 「済まない。私達はもう出る」

 「え~? じゃあ、仕方ないか」


 思わず構えたリラだったが、想像に反してすんなり引いたフェリドに、若干の毒気を抜かれる。


 「フェリドやめなって。ツレがすみません」

 「構わない」


 言って、サヤマとは目を合わせず、シーナは席を立った。リラがそれに続き、会釈を送る。

 ハルファが酔ったフェリドに、杖の一撃を浴びせるのを横目に見ながら、サヤマは二人を見送り、シーナの背に負われた装備に目を剥く。


 「女の人なのに、凄いな。僕なんて、この槍で手一杯なのに」


 人波に消えていくシーナの背中の武器と、己の使う幅広の刃を持つ短槍を見比べ、サヤマは短い溜め息を吐いた。


 「お? 今、揺れなかったか?」

 「酔っぱらいめ、飲み過ぎだ」

 「そんなに呑んでねえって」

 「もうやめなよ。さっきの人にも迷惑かけて」

 「いや、だから、そんなに呑んでねえってば」






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






 「ん?」

 「どうかしましたか?」


 宿への帰路、シーナが突如立ち止まり、側に立っている街灯を見上げた。


 「揺れたか?」

 「いえ、地揺れは感じませんでしたが」

 「なら、風か?」


 視線の先、僅かに揺れる街灯を見ながら、シーナ達は首を傾げ、夜風の中宿へと向かった。

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