魔王

 柔らかい。竜胆が目覚めと共に抱いた感触はそれだった。朝の心地好い微睡み、意識と無意識の間で、その細い両腕が、確かに抱え込むそれは、竜胆の腕の動きに合わせる様に身悶えする。


「ふ、やあ……!」


 悩まし気な声が耳に届けば、竜胆は霞む視界を僅かに開き、己の腕の中に居る者を確認する。

 小柄な己よりも小柄な躰、魚類の鰭を連想させる皮膜が張った耳、絹糸など及びもつかない程にしなやかで、僅かに水気を帯びたかの様な、冷涼感を持つ長い髪。

 その髪を指で櫛梳り、そのままの動きで、滑る様な、滑る様な、滑らかで艶やかな素肌に手を這わせる。


「あ、ひ……!」


 毛布の中で、舌なめずりをする。滑らかな手触りの中に、張りのある固さを見付け指で弄べば、背を弓に反らし、肌肉に強張りの張りが出来る。

 その強張りを指でなぞり、窪みを擽り柔かな張りを下っていけば、熱く痙攣する肉がそそり立っていた。


「リンドウ様……」

「朝から切ない顔するじゃないか。んン?」


 そそり立ち張った肉を指で擽り、僅かに濡れ始めたその先端を、人差し指で捏ね、割れ目から溢れた滑りを熱を持つ肉に塗り込んでいく。


「ひあぁっ!」


 それだけで、竜胆に掻き抱かれる少年は、甘い悲鳴と涎を口から漏らす。竜胆はそれに鋭い八重歯を覗かせ、逃げようとする柔肉を両手で弄び始めた。

 先端の括れを指で挟み、親指で滑りを垂れ流す口を擦る様に擽り、残る手で張り詰め痙攣する肉、その根本に垂れ下がる柔かな肉が、内包する心地好い固さのそれを、挟み揉み弄べば、仰け反っていた少年の躰が、脱力した様に張りを失い、形の良い唇からは蕩けきった声にならない声が、涎を伴い零れる。


「リンドウ様……、どうか、ご慈悲を……」

「うへへ、愛い奴愛い奴。ほら」

「ひうぅっ…… あっ……!」


 竜胆が張り詰めた肉を弄ぶ両手の動きを激しくすれば、竜胆の手の中で更に熱と張りを増し、滑りの溢しが噴き出し、震えと共に肉の中央を熱がせり上がってくるのが解った。

 そして、竜胆の手指が少年の肉を扱き、軽く絞めれば、丸まっていた少年の躰が、再度弓形に仰け反り、先程まで吐き出していた滑りとは、比べ物にならない熱を塊として噴き出した。


「あぁ、は……」

「おうおう、出る出る」


 脱力し蕩けた少年の躰とは裏腹に、竜胆が手の中で愛でる肉は、跳ねる様な痙攣の度に、重く粘性を持った熱の塊を吐き出していた。

 やがて、熱を吐き終えた少年は、その力と固さを失い、竜胆にその身を預けた。

 竜胆は嬉しそうに、己に身を預けた少年に目を弓にすると、粘りのある水音を絡ませた手指を少年から離す。


「こんなに出して、竜胆さんの手は気持ち良かったのかにゃ~?」


 肉食の獣を連想させる瞳を、喜色に染めた竜胆は、薄い皮膜に朱を写した少年の耳を食み、口内に存在を主張するそれを舌先で弄び、再び少年を掻き抱き、震える少年へと手を


「朝から何やっとるかー!!」


 伸ばそうとした時、昨夜少年と遊んだまま放置していたクッションが、竜胆の顔を直撃した。


「あぁ、あああんたねぇ……!」

「もーう、イイとこだったのに、……出歯亀か? 麻野」

「時間になっても出て来ないから、こっちから来たのよ! そしたら、あんた……!」


 クッションを竜胆に投げ付けた犯人、麻野がベッドで毛布にくるまり、未だに少年を抱いたままの竜胆に抗議の声を挙げる。


「竜胆さんの性癖に、お前が文句言う権利は無いぞー」

「喧しい! 現代日本なら弁護の余地無く、ブタ箱行きになる様な性癖して……!」

「お前のオヤジ趣味よりマシー」

「見境の無いお前と一緒にすんなー!」


 叫ぶ麻野だが、惚けた表情の少年を抱いた竜胆は、そんな事お構い無しに立ち上がる。


「ちょっ……!」


 隠すものなど何も無いと言わんがばかりに、竜胆は同じく全裸の少年を伴い、呆気に取られた麻野を他所に部屋から出ていく。


「風呂入ってくる。浜名と応接間で待っててくれ」

「……あー、もう了解。……早く出なさいよ」

「それは約束出来ないね。水場のセレ・エルフの色気は、正直辛抱堪らんぜ?」

「とっとと、行ってこい! この色ボケ!!」


 手元にあった小さなぬいぐるみを、投げ付けてくる麻野を他所に、竜胆は小さな少年を愛おしそうに掻き抱きながら、風呂場へと向かった。






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






「あ~、うむ?」

「浜名、言いたい事あるなら、はっきり言わないと、この色ボケには通じないわ」

「ひっど! 浜名、このポチャ女ひどくね!?」


 風呂を終えて、応接間に少年を伴いやって来た竜胆。

 思わず目頭を押さえる浜名、この世界に来てから竜胆の性癖を止めるものが無くなり、彼女自身がこの世界で得た財力がそれを加速させた。


「誰がポチャ女だコルァ!」

「はあぁぁっ?! その腹のどこがポチャじゃないってぇ?! 思わず揉みしだきたくなる腹しやがってよお!」

「少年、少年。こっちに来なさい。こっちが今は安全だ」

「あ、はい」


 黒い襟巻きで顔を隠した浜名が、少年に手招きし、竜胆と麻野が居る応接間の中央から離す。

 麻野は確かに、同年代の女性に比べてふくよかだ。この中では一番付き合いの長い浜名も、密かにそう思っている。


「少年、君も大変だな?」

「ううん、ボクはリンドウ様好き。……痛いことしないから」

「……そうか」


 少年の言葉に、浜名は言葉を作らず、短く首肯する。

 この世界でも、娼婦や男娼の扱いというものは、はっきり言って劣悪に近い。

 だがそれでも、歴代の召喚勇者により、医療知識と性病の概念が浸透したお陰で、マシにはなっているというのだ。


「気持ちいいことしかしないから、リンドウ様好き」

「……同意に困るなぁ」


 浜名がボンヤリと困った返事を返すと、セレ・エルフの少年は不思議そうに首を傾げた。


「うおっしゃあ!」


 異性が挙げたとは思いたくない雄叫びが聞こえ、浜名がそちらに視線を送れば、倒れた竜胆に麻野がガッツポーズをしていた。

 どうやら、麻野の勝ちの様だ。


「くっそぅ! 肉の差か?!」

「まだ言うか! お前がガリガリなだけよ!」

「いんや、麻野が太ってる……!」


 奇声の雄叫びを挙げて、麻野の膝が竜胆の顎を打ち抜いた。

 このままでは、第二ラウンドが始まると判断した浜名は、黙って部屋の隅に控えていたメイドに少年を預け、二人の間に割って入る。


「はいはい、二人共。本題に移ろう、な?」

「浜名離れて! そいつ殺せない!」

「殺したらアウトだからな?」

「そうだそうだ。竜胆さんが死んだら、米食えなくなるぞ?」

「米?! この世界、米あったの?!」


 竜胆の言葉に麻野が叫ぶ。


「この国から遥か西に、海峡を越えた大陸にあった。もう家の蔵にぶちこんである」


 ニヤリと、鋭い八重歯が覗く笑みを見せて、竜胆がメイドを手招きして呼びつける。


「食い方はあっちと同じ。味は一段落ちるが、これからの品種改良次第だな」

「神様仏様竜胆様! 私に白銀の恵みをお与えください!」

「はっはっはっ、よきにはからえい」


 一体、この女の手は何処まで届いているのか。浜名は頭痛を覚える。

 友人ながら、得体の知れなさでは群を抜いている。


「あと、ほれ」

「なんだこれ?」


 ソファーに凭れた竜胆が、浜名に羊皮紙の巻物を投げ渡す。

 浜名がそれを不可思議に見ると、麻野をあしらいながら竜胆が平気な調子で言い放った。


「山科の行き先」

「「はあ!!??」」

「だからな、お前ら二人邪魔だから、この国出て、山科追っ掛けろ」

「待て!」


 まだ冷静さを完全には失っていない浜名が、再び竜胆に襲い掛かろうとしていた麻野を押さえ込みながら、竜胆に待ったを掛けた。

 自分達が得たくて得たくて仕方が無かった情報を、何の事も無く投げ渡してきたのだ。待ったの一つも掛けたくなる。


「オーフィリア家からな。お前ら二人にだけ伝えるなら、教えるってな」

「そう、なのか?」

「ま、お前らだけだったからな。最初から最後まで、山科の味方だったのはさ……」


 竜胆が泣きそうな顔で目を伏せ、頭を下げる。


「必要なものは私が用意する。金に食い物装備、山科が必要なら土地だって、どの国のものでも構える。山科の助けになってくれ」

「……何時までに出ればいい?」

「信じるのか?」


 溜め息混じりに、麻野が手刀を竜胆の額に落とす。

 竜胆がそれに額を押さえれば、麻野が胸を張って言う。


「あんたが私らを潰しても、意味無いでしょ。政治に疎い私らでも解るわ!」

「まあなぁ」

「……そっか」


 竜胆が浅い笑みを見せ、麻野が鼻を鳴らす。

 浜名が広げた巻物には、地図が記されていた。


「アレフト?」

「ああ、そこでな、〝雷を降らす女〟が目撃されてる。なんでも、遠く離れた鉄巨人が、その女の雷で爆発したんだとよ」

「〝アルケミスト〟や〝ゾディアック〟の可能性は?」

「んじゃ、もう一つ。地味な顔に派手な躰の女だったらしいぞ」

「ああ、椎名だわ、それ……」


 あんまりにあんまりな情報で判別がついた事に、思わず肩を落とす。

 何処でも、はっきりとした判別方法がある事を喜ぶべきか、判断に困るが、これを見逃す訳にはいかない。


「この国は気にすんな。私と和泉、神野が抑える」

「なら、明日の内に発つか」

「そうだね」

「そんじゃ、任せた。必要なものは用意しとく」


 竜胆が隅にメイドと控えていた少年を手招きし、抱き寄せる。

 それを溜め息と共に見届け、麻野と浜名は竜胆家の応接間を後にした。


「リンドウ様、行かなくていいの?」

「私の戦場はテーブルの上、紙の上、そして言葉と賄賂の応酬さ。剣や魔法はあいつらの領分」


 言い切り、セレ・エルフ独特の低い体温を堪能する為、竜胆は己の衣服の中に、少年を収め、メイド達に人払いの目配せをする。


「さ、竜胆さんは次の決戦が待ってる。そんな大変な竜胆さんを癒すのが、君のお仕事」

「わかった。リンドウ様、ボクで気持ちよくなってね」


 ひひひと、竜胆が妖しい笑いを溢し、ソファーで二人の影が重なった。

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