旅の供は

 フェリド・ラフィーロは、腕利きの傭兵であり城塞騎士であり、実は貴族でもある。

 と言っても、本人には一応は貴族らしい程度の認識しか無く、ラフィーロ家自体も名目だけは貴族という、言ってしまえば、他よりちょっと小銭を持っている一般家系だ。


 子供の頃は貴族のもやしっ子だと、ガキ大将に苛められもしたが、ラフィーロ家邸宅を見て、すぐに謝られた。


「さ、次の目的地だが、ここから南に上がって、一度ラルフェの町を目指そう」

「ラルフェですか。そこになにが?」


 なので、一般人よりは教養がある。文字も書けるし、地図も読める。傭兵として、召喚勇者や転生勇者に関わる事が多かった為か、簡単な暗算も出来る。

 ここまでに至るのは長かったが、傭兵としての経験は無駄にはなっていない。

 フェリドはその経験を元に、野営地に広げた地図を指差す。


「いいか、嬢ちゃん。ラルフェの町はファーゼル王国に繋がる交通の要所だ」

「それがなにか?」

「まあ、年寄りに喋らせてくれ。ラルフェの町は交通の要所で、ファーゼル王国は目と鼻の先なんだが、こっから先は大きい町が無い」

「大きな補給をするなら、この町が最後という事ですか」


 フェリドの隣でリラがそう言うと、フェリドは無精髭の生えた顎を撫でながら、リラの答えに満足気に頷く。


「ついでに言えば、ラルフェの町からファーゼル王国行きのキャラバンが出てるんだわ。しかも、安くな」

「それに便乗するという事ですね?」

「正解」


 片耳の半ばが欠けた獣人の少女は、美しい毛並みの尾を揺らす。獣瞳で見る地図は、簡潔だが解り易く、これを用いて主に今の内容を説明すれば、きっと褒めてもらえるだろう。

 焚き火の薪が熱で割れる音が響き、薪の小山が崩れる。

 その音を聞きながら、リラは席を外している主を思う。

 奴隷商人に限らず、獣人では不吉の象徴として扱われる耳欠けである自分を、特に何も言わず拾ってくれた主。

 その主であるシーナに報いる為ならば、リラは屈辱に塗れ、汚泥を啜る事になろうが、甘んじてそれを受け入れる。


「その地図は貸してやる。見回りから、お姉さんが帰ってきたら、説明してやりな」

「……有難う御座います」

「気にすんな。年寄りの楽しみだ」


 焚き火を新しい薪でつつき、必要以上に火が広がらないようにするフェリド。己を年寄りと揶揄するが、そう年を取っている風には見えない。

 人間種の中年にしか見えないが、見た目の割りに年を取っているのだろうか。

 獣人種のリラには、人間種やエルフ種の加齢状況は解り難い。特にエルフ種は、死ぬまで若々しい姿のままの種もいる。

 もしかしたら、フェリドもエルフ種の血が混じっているのかもしれない。


「ん? どうかしたか、嬢ちゃん」

「いえ、なにも」

「そうか」


 焚き火の薪が弾ける音が、暗くなり始めた野営地に響く。

 まだ判断するには早いが、この短い旅路でフェリド、ハルファ、サヤマ、この三人の人柄を大まかだが、リラは把握した。

 この三人は、信用してもいいかもしれない。

 リラを最初に拾い、様々な技術を教えた宿屋の主人が言っていた、レミエーレ王国で起きた事件。

 それはシーナの悲劇そのものだった。

 そして、出会ったシーナの心は疲れきっていた。


「しかし、召喚勇者が持ち込む文化ってのは、奇妙奇手烈なもんが多いな」

「それには同意します」


 五人が野営地にしているのは、何代か前にファーゼル王国に召喚された勇者の一人が、何を思ったのか設営したという〝キャンプ場〟の名残だ。


「異世界では、態々野営を楽しむ文化があるのか」

「あるみたいですね」


 未だに誰かしらの手入れが入っているのか、付近の芝生は苅り揃えられ、コテージもその機能を失っていない。

 ただ、やはり平野に設営されているからか、野生の獣や魔物の気配が僅かに残っている。五人は日が暮れるまで、辺りを交代で散策していた。


「サヤマ達の世界は、酔狂なもんらしいな」


 フェリドはそう言うと、五徳を荷物から取り出し、焚き火に被せ鍋を置く。鍋に熱が伝わるのを待って、散策中に狩った猪の脂を鍋底にひいていく。

 獣脂独特の匂いが鍋から漂い、肉食の獣人であるリラの鼻が僅かに動く。


「嬢ちゃん、肉切り分けてくれ。一口大に適当でいい」

「分かりました」


 前もって微塵切りにしていた玉葱を鍋に放り込み、へらでかき混ぜる。

 脂と玉葱の水分が弾け、鍋の熱で蒸発していく音が鳴る。

 やがて、その音が静かになっていくと、リラが切り分けた猪肉をまな板に乗せて、フェリドに渡す。


「昔、農民上がりの傭兵から聞いた釜煮グヤーシュってやつだ」


 不思議そうに鍋を見ていたリラに、フェリドが肉を鍋に入れながら説明していく。


「そいつの村で外で飯食う時は、大体がこれだったらしいな」

「パフェルカの粉、そんなに使うんですか?」

「無いなら無いでいいらしいんだがな。さっきの行商から安く買えたからな」


 黄金色になった玉葱が敷き詰められた鍋底、その玉葱の絨毯に、赤と白の二色に分かれた猪肉を乗せ軽く塩をして、上からパフェルカという野菜を乾燥させて作った香辛料を、肉と玉葱が見えなくなるまで掛ける。


「あとは、適当に買った乾燥野菜と香草を突っ込んで、水を入れたら、暫く灰汁を取りながら煮込む。あいつらが帰って来るまでには完成だ」

「……初めて見る料理です」

「田舎料理だからな。嬢ちゃんが習ったつう料理は、どちらかと言えば都会の料理だ。貴族や良家の連中が食う料理だな」


 リラは己に料理を教えた宿屋の主人を、この時初めて少しだけ恨んだ。だが、この料理を覚えれば、更にシーナに尽くせると、その恨みをすぐに忘れ去った。


「もう少し野菜があったら、豪華になったが、野営で食う飯だ。これでも上等過ぎるか」


 フェリドがかき混ぜる鍋からは、食欲を誘う香りが放たれ、辺りに充満していく。


「あ~、良い匂い」

「サヤマ、はしたない」

「だってさ、野宿でこの匂いは反則じゃんか」

「………」


 その匂いに釣られて、ヒョロ長いサヤマが騒がしく茂みを掻き分け、それに続いてハルファが澄まし顔で続き、無言でシーナが出てくる。


「おう、お疲れさん。どうだった?」

「特には何も無かったよ」

「フェリドの言った通り」


 サヤマとハルファがそう言い、焚き火の回りに腰を下ろす。

 経験豊富なフェリドはこの付近には何も無いと、付近の散策を早目に切り上げ、二人はもしかしたらと、散策を続けていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様。どうでしたか?」

「……問題ない」

「左様で御座いますか」


 そして、リラが出迎えたシーナは、二人とは違う理由で散策を続けていた。

 拓けた場所で野宿をする際には、毎回これを繰り返す。


「……ここは大丈夫だ」

「それは、よう御座いました」


 シーナは〝遠距離からの襲撃〟を警戒している。野宿は木々や岩の影に隠れる様に、宿では窓を閉め何か無い限りは、自分からは開けない。

 過去に一度、リラが代わりに見回りをしようと提案したが、シーナは納得せず、これだけは必ずシーナ自身が行う事にしている。


「もうすぐ煮える。皿でも準備しててくれ」


 フェリドが言いながら、鍋を混ぜて中身を確認する。

 サヤマ達が食器を準備していく。それを見ていたシーナは、細い目を細め、装甲に覆われた胸を押さえる。


「ご主人様?」

「……なんでもない」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 サヤマから釜煮が入った皿を受け取り、焚き火の近くに寄る。


「なんだ? 具合でも悪いのか」

「毒虫にでも刺された?」

「大変じゃないか!」


 フェリド、ハルファ、サヤマが、皿を持ちながら銘々に口を開き、シーナに何があったのかと問うてくる。

 その声色に詰問の色は無く、ただ心配しての声だった。


「気にするな。……古傷が、疼いただけだ」

「……そうか。今晩は冷えそうだからな」


 そのシーナの答えに、フェリドが頷き、釜煮を口に運ぶ。


「大丈夫ですか? 辛かったら、言ってください」

「無理はよくない」

「……ああ」


 サヤマが匙を口に含みながら、ハルファは肉を割りながら、シーナに声を掛けていく。


『あーっ! 竜胆、それ私が育ててた肉ー!』

『早い者勝ちが、竜胆さんのルール!』

『いやな、鉄板に区分は無いからな?』

『山科、食べてるか?』


 その、目の前に広がる風景に、シーナの脳裏に嘗ての光景が甦る。それはもう二度と帰ってくる事の無い、シーナが失った暖かな日々。


「あ! フェリド、その肉大きい!」

「お前、変なとこ目敏いな!」

「食べてる?」

「ああ」


 シーナの心は疲れきり罅割れ、砕ける寸前だ。だがそれでも、この三人とのやり取りは、きっと良い方向に向かう。

 リラは主の隣でそう思い、ゆっくりと灰色の毛並みの尾を揺らした。

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