醜亜巨人

 オーク豚人種と呼ばれる亜人種が居る。

 分厚い脂肪と強靭な筋肉を蓄え、他種族よりも強く太い骨格を持ち、豚に似た鼻を特徴とする亜人種である。

 人間種や他種族から見ると、醜いといった感想が漏れる容姿だが、外見からは想像がつかない知性を持つ種族である。

 その多くは、高い知性を用いた商人か、屈強な肉体を用いて炭鉱夫等で活躍している。


「もう少し安くなるだろ?」

「いえいえ、これ以上はまかりませんな」

「いやいや、まだいけるだろ?」


 フェリドが交渉している行商人も、そのオーク種の亜人になる。太く強い指を折り曲げ、算盤を弾く。そして、フェリドに新たな金額を提示する。


「これが限界ですね」

「くあーっ! 塩漬け肉を追加するから、もう一声ダメか?」

「……ふむ、でしたら」


 オークの行商人がフェリドの出した条件に、少し考え込み品物に目をやり、算盤から新たな金額を提示した。


「手持ちの塩漬け肉は若干古くなってますので、その分を差し引かせていただきます」


 行商人が提示した金額は、先程の条件よりも良い金額だった。

 フェリドはその条件に頷き、行商人に金貨の入った小袋を手渡す。


「燻製はあるか?」

「サモルの燻製ならあります」

「じゃ、それを二尾頼む」


 追加の魚の燻製を頼み、対価を支払い、フェリドは行商人と雑談を始める。

 情報はいくらあっても困らない。特に、行商人の様な各地を渡り歩き、自身の目と耳で見聞きした者の情報は、現地で得る情報並みに価値がある。


「最近、どうよ?」

「そうですなぁ。レミエーレ王国が魔属領に攻勢を掛ける、とかいう話をよく聞きます」

「レミエーレが?」

「ええ、噂ですが、食料品の輸入量が増えているとかで……」


 レミエーレはファーゼル程ではないが、大規模な穀倉地帯と、それを支える水源地を有している。

 隣接する魔属領との小競り合いが激化したからと、急に食料品の輸入量が増えるとは考え難い。

 ならば、何が起きたのか。


「凶作でもあったのかね」

「さて、それはまだ。あ、あと、この周辺の集落が襲撃にあったとか」

「襲撃、山賊か?」

「さあ、そこまでは」

「まあ、そんなもんか。そんじゃな」

「お買い上げ、有難う御座いました」


 オークの行商人に背を向け、フェリドは待ち合わせ場所へと歩む。

 ラルフェの町の峠一つ手前にあるこの町は、物流の中心に近い事もあって、町の規模よりも人が集まる。

 なので、もしはぐれたら合流は中々に難しい。だから、慣れた者は特定の位置で待ち合わせをする。


「さて、揃ってるかな?」


 フェリド達が待ち合わせとしたのは、町の中心部にある広場。召喚勇者が残した浄水システム込みの噴水前。

 シーナが嫌う開けた場所だが、人通りが多く出店も大量に出店している。

 若干というか、かなり警戒していたが、暫くして納得した。


「サヤマ、用は済んだか?」

「フェリドは?」

「俺もだ」

「それじゃあ、後は女性陣?」

「長くなるぞ」

「そうだね」


 元の世界とこの世界、女の買い物は長くなるという、絶対の摂理は共通していた。

 ハルファ一人でも、サヤマとフェリドの男二人より長かったのだ。今は更に、シーナとリラも増えている。女三人、つまりは時間三倍だ。

 暫くは待ちぼうけかと、サヤマが噴水の縁に腰掛け、空を見上げると、この世界では珍しくもない四枚翼の鳶が、雲一つ無い青空で甲高い鳴き声を鳴らし、円を描いていた。


「平和だ……」


 偶然、召喚されたサヤマは、元の世界では感じる事の無かったゆったりとした時間に、そう呟いた。






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






「……………」


 ハルファ・マルギッテは、この世の理不尽というものを痛感していた。アレフトの温泉でも噛み締めた不条理、しかし何故にこの胸は再び痛むのか。


「……リラ、もういいんじゃないか?」

「ご主人様、ご主人様はもう少し、衣服に興味を持たれるべきかと」

「……旅の身で、荷物は増やしたくない」

「では、目星をつけるという目的で、こちらを」


 無言で見下ろす己の胸は、限り無く見晴らしが良く、嘗ての昔に召喚勇者の一人が広めたという、ブティックの床を遮る事無く、視界に届けてくる。

 虚しくなり視線を上げる。


「ふむ、胸のサイズが合いませんか」


 虚しさが増した。ワンピースタイプのドレス、見た目にもゆったりとした、体のラインを隠すデザインのそれだが、肉感的なシーナがそれを試着すると、彼女の肉体に生地が張り詰め、更にその肢体の豊かな起伏を強調している。


 同性だけの周囲から、息を飲む音が聞こえる。同じ女でも、つい見てしまう彼女の体。

 しかし、その視線がシーナに向けられる度、彼女に気取られない様に、リラが殺意に満ちた視線を返し、ブティックの客が次々と店から出ていく。


「……二人共、それそろ時間」

「ああ」

「では、私は勘定を済ませて参ります」


 シーナに試着させた幾つかを抱え、支払いへと向かうリラの背を見ながら、ハルファは店の窓から見える青空を見上げた。


「青い、平和」






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






 何故、どうしてこうなった。

 《ウォリアー》の女は、木々の枝葉が己の露出した肌に、傷を付けるのも構わず走っていた。事態は女の理解を越えていて、今の己が置かれた状況は、どうしても認めたくなかった。


「なによ!? どうして……!」


 息を切らしながら叫ぶが、状況は変わらない。背後からおぞましい気配が木々を薙ぎ倒し、逃げ惑う己に迫っている。

 簡単な、何時も通りの仕事の筈だった。魔物化した獣を間引いて、追加報酬狙いで依頼内容より多くの獣を狩る。

 ただ違ったのは、途中で他のチームと合流した事だけ。

 本当に何時も通りに、普段と変わらない毎日、気の知れた仲間達と何時も通りに過ごす筈だった、普段と変わらない毎日は、いとも簡単に崩れ去った。


 最初に《ファランクス》の男が死んだ。分厚いが着込んだら重厚な鎧に巻き込まれ、肉と鉄の混ぜ物になって死んだ。

 軽薄な男だったが、よく気が回り憎めない良い奴だった。


 次は《モンク》の女。《ファランクス》の男を葬った一撃に巻き込まれて、全身が有り得ない形に折れ曲がって、溢れた血肉を糊に大木の幹に貼り付いた。

 面倒見の良い、気風の良い纏め役だった。


 《ウォリアー》の女が理解出来たのは、二人の仲間が死ぬまでだった。そこから先は、彼女を生存させようとした理性と本能が、彼女を逃走に走らせ拒んだ。


 走って走って、森の薄闇を走り抜いて、漸く見えた外界の光。身を守る鎧も得物の大剣も、重荷として投げ捨てた。

 早く、早く、あの光に辿り着いて、助けを呼び、森に起きている現状を報せねば。


「たすっ……!」


 女が光に手を伸ばし、助けを乞うた時、女の側を何かが飛んだ。女はそれが何か、見る事も無く理解した。

 理解してしまった。

 金属とそれを繋ぐ革、血肉と骨が入り混じり醜悪なオブジェとなり、女の行く先にあった岩に貼り付いたそれ。

 他のチームの《レンジャー》だった肉塊、整った容姿の顔が半端に残っていたせいで、女はそれがそうだと理解してしまった。


 思わず、足が止まる。背後から木々をへし折る音と、脂と垢が混じった饐えた臭いが鼻につく。

 恐る恐る、壊れた機巧人形の様に、背後へと振り向く。涙に霞む視界が見上げる先には、悪臭と岩の様な巨体の持ち主と、異常に青臭い白濁した体液に塗れた《カースメーカー呪言師》の女が、生気を失った顔で、悪臭の持ち主の腰布に巻かれていた。


「あ、はははは」


 《ウォリアー》の女は、生来の勇猛さを落としてしまった様に、涙を流し声だけで笑い、膝から崩れ落ちた。

 己が辿る未来を理解した女に、最早抵抗する力は残っていなかった。

 何時もの毎日が、毎日続くと思っていた。

 そんな事ある訳が無いのに。


 襤褸切れとなった外套を、辛うじて纏った細身の女を腰布に括り付けた怪物。

 怪物は、捕らえた《ウォリアー》の女を片手で掴み上げると、屹立した肉塊を僅かに抵抗する女に突き挿れ、力に任せて女の胎内を蹂躙する。

 やがて抵抗する事を止め、力を失った女に欲望の熱を多量に注ぎ込んだ。


「あ、うあぁ……」


 異常に青臭い臭気を放つ粘液を、股座から垂れ流す女。彼女の不幸は、先に捕らえられ蹂躙された《カースメーカー》の女より、肉体的耐久力に勝る《ウォリアー》であった事だろう。


 怪物、醜亜巨人トロールと呼ばれる最も忌み嫌われる魔物は、膨らみ始めた胎の《カースメーカー》を腰布に括り付けたまま、僅かに身動ぎした《ウォリアー》を再び蹂躙し始めた。

 僅かな身動ぎと呻き声が、薄闇の森に木霊し、女二人は生気の無い瞳で、膨らみ始めた己の胎を見ていた。

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