束の間の
ハルファは、不公平という感情を得た。
無論、この世は平等ではないと、ハルファは理解している。
生まれや育ち、国や町村、人種に種族に部族、他にも挙げ始めたらキリがない程に、其々に其々の差があり、この世は不平等だ。
しかし、しかしだ。これは如何ともし難い。
神よ、貴方は何故、平等を説きながらも、この世に不平等を解き放ったのですか?
ハルファは普段は特に信じていない神を、内心で崇め問うた。
しかし、答えが返ってくる訳も無く、あまり変わらない表情に、僅かな皺を刻んだ。
「ご主人様、湯加減は如何でしょう?」
「……丁度いい」
湯煙が燻る宿の浴場にて、ハルファ達三人は風呂に浸かり、昼間の疲れを癒していた。
そう、ただそれだけだった筈なのに、ハルファの眼前に広がるのは、暖かな湯の楽園ではなく、そこに跨がる圧倒的格差であった。
「…何故?」
ボソリと、水音に紛らせ呟く。
年齢はそう大きく変わらない筈、なのに実際は違う。
一体、何をどうすればそうなるのか。
種族差か、ハルファが己の耳を撫でる。
エルフ族、リラ達獣人族と同じく、人間が亜人と呼ぶ種族だ。
ハルファはそのエルフ族の中でも、特に人間に近い容姿のハーフエルフ族にあたる。
純血のエルフ族は細身だが、そうではないハーフエルフ族他は、そうではない事も多い。
実際、ハルファの母親や姉妹達は、とても肉感的で女性的な体つきをしていた。だが、末妹のハルファは違った。
ハルファは、もしや父親が違うのかと疑われる程に、幼児体型に近かった。顔立ちや髪色、その他の特徴から、母親の操は証明されたが、それにしてもどうしてこうまで違うのかと、家系図を調べたら、四代前にハルファ以上の幼児体型の召喚勇者が居た。
先祖帰り、隔世遺伝、ハルファの体型は、召喚勇者の血が仕事をした結果だった。
「どうした?」
「…なんでもない」
湯船に浸かるシーナを見る。肉感的、出る部分は出て、引っ込む部分は引っ込んでいる。男の欲望を形した肉体、それがシーナの体だった。
「どうしました?」
「…‥なんでも、ない」
もう一人、隣に浸かるリラを見る。ハルファと同じく小柄だが、体の凹凸は確りとある。
幼い顔立ちに、確りとした凹凸の体。
少し分けろ。そう言いたかった。
「私達は先に上がるぞ」
「そう」
湯の滴が滴る体を見送り、ハルファは謎の敗北感にうちひしがれた。
シーナの地味な顔立ちと、それに相反する成熟した肉体、湯上がりの上気した肌色が、更に敗北感を加速させる。
加速した敗北感と湯に浸かりながら、ハルファは召喚勇者が、この世界に伝えた身体成長法を試してみよう。
ハルファは記憶にある方法を、一人湯船で試しながら考えた。
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
「よっ」
「どうも」
フェリドとサヤマが、浴場から続く宿のエントランスに居た。
二人揃って、宿から貸し出されている、浴衣に似た寝間着を着ていた。
二人はエントランスに設置されているソファーに、ゆったりと腰掛け、汗ばんだ肌を団扇で冷ましていた。
「なんの用だ?」
「いやな、少し話を、な」
「私は無いぞ」
取り付く島も無く、ばっさりと切り捨て、シーナはリラを伴ってエントランスを後にしようとする。
この三人とは、共闘はしたがそれだけだ。
これ以上、旅の同行者は要らない。
「まあまあ、あんたの為になるかもしれん話だ」
「それは、私が決める事だ」
食い下がるフェリドだが、シーナは聞く気は無いと、自室へと歩む。
明日にはアレフトを出て更に南へ、レミエーレ王国と国交がほぼ無いファーゼル王国へと向かう予定だ。
面倒な話だが、レミエーレ王国はこの大陸でも随一の大国、離れるなら国の一つ二つ離れた方がいい。
そして、得体の知れない召喚勇者関係者を、同行者にする気は無い。
「サヤマ、すげえ強情だぞ、このお姉さん」
「召喚勇者は変わった人が多いから」
「聞こえてるぞ」
顔を突き合わせて話す二人に、シーナは疑わしげな目を向ける。
「リラ、行くぞ」
「はい」
「あー! ちょっと待って!」
シーナが立ち去ろうとすると、サヤマが声を上げ、慌てて立ち上がろうとし、
「ウエップ!」
着慣れない寝間着の裾を踏んで転けた。
細身とは言え、長身のサヤマが勢いよく転び、顔面から床に激突した音は、エントランス中に響き渡り、少なくない注目を集めた。
「あ~、その、だな? ハルファが来てからでいいから、話出来るか?」
「…はぁ、聞くだけなら」
足元で倒れたまま、震えるサヤマを他所に、シーナはフェリドの提案に溜め息混じりに同意した。
「なにこれ?」
そして、ややあってから浴場から出てきたハルファの言葉に、倒れたままのサヤマが体を丸め、顔を両手で覆い震えていた。
「それで、話はなんだ?」
「そうだな。先ずは、部屋に行こう。っと、ほら起きろって」
フェリドがサヤマの帯を掴み、起き上がらせる。
「うぅ、どうしてカッコつかないかなぁ…」
「諦めろ」
涙目のサヤマに、フェリドが断言する。
「サヤマはそのままが、丁度いい」
「ハルファまで…‥」
項垂れるサヤマ、追い討ちを掛けたハルファ、そしてそれを茶化しながらも、慰めるフェリド。
その光景を見ていたシーナは、無意識に己の胸を押さえていた事に気付いた。
麻野、浜名、竜胆、友人だと思っていた者達、だけど、それも結局は、
「ご主人様?」
様子の変わったシーナを、リラが見上げる。
それに気付いたシーナは、胸に去来した思いを飲み下し、リラの頭を撫でる。
手触りの良い獣耳の感触が心地好く、灰色の毛並みの尻尾が揺れている。
「話をするなら、私の部屋に来い」
「ああ、有難うよ。少ししたら、あんた達の部屋に行くよ」
落ち込むサヤマの脇腹を、肘で小突きながらフェリドが言った。
「まあ、期待しててくれ。損はさせねえ話の筈だ」
「それを決めるのは、私だ」
苦笑するフェリドを横目に、シーナは溜め息を小さく吐き出し、自室へと戻った。
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