大山鳴動

 額に鈍い汗が流れる。

 魔力飽和弾、レミエーレ王国時代に、何度も使った弾種だが、何度も使いたくない弾種でもあった。

 だが、相手は鉄巨人アイアン・ゴーレム、今回はやむなく、この砲弾を使う。

 そうでなければ、この装填して構えているだけで、消費が激しい砲弾は使わない。


 「まだか」


 思わず、呟いてしまう。この魔力飽和弾、形成する為の魔力も桁外れだが、薬室内で保持する為の魔力も桁外れなのだ。

 小さな砲弾に、飽和量の魔力を圧縮し詰め込む。

 魔力というのは、圧縮すればする程、その力を増す。だがそれに伴い、圧縮した魔力が解けない様にする為に、それを抑え込み続けねばならない。

 《砲剣士》の能力スキルがあって、初めて使用が可能になる砲弾だ。


 視界に写る冒険者達は、まだ退いていない。サヤマと、確かフェリドという男が、幾人かを無理矢理退かせているが、正直遅い。

 シーナの魔力量は、決して多くはない。

 魔力飽和弾を形成装填すれば、一時間保持出来ればいい方だ。

 ジワジワと確実に減っていく魔力残量、進まない撤退、無言で近付き、圧力を掛けてくる鉄巨人。

 焦りから、引き金を絞りそうになるが、今までの経験から、それを堪える。

 装甲に当てても、破壊出来る。それだけの魔力は籠めた。

 だが、近付けば近付く程に、鉄巨人の大きさを再確認出来る。

 全長で城塞の半分程、あれだけの質量を動かすとなれば、内蔵してある魔力機関の出力や強度は、シーナの知る人造巨人ゴーレムの何れよりも高い筈。

 中途半端に半壊して、魔力機関が暴走。鉄巨人が加速でもして、アレフトに侵入し暴発でもすれば、城塞交易都市アレフトは消し飛ぶ。


 巻き添えは避けたい。成り行きでこんな事になっているが、シーナの目的は隠居先を探す事であって、勇者の真似事ではない。

 故に、この一発で仕留め損なった場合、シーナはリラを連れて逃げるつもりだ。


 「ご主人様! 冒険者達の撤退始まりました!」


 リラが叫び、シーナは砲剣を構え直す。

 サヤマ達が冒険者達を率い、アレフトへと撤退していく。

 フェリドがまだ抵抗する冒険者を殴り気絶させ、担いで逃げるのを確認し、シーナはハルファに指示を出す。


 「合図!」

 「了解!」


 ハルファがローブから、水晶細工の施された杖を取り出し、魔力を通す。

 水晶に刻まれた古代文字が反応し、魔力に力を与える。

 ハルファが選んだ古代文字は《炎》、生み出した炎を丸く圧縮し、腕の振りで射出。

 狙いは鉄巨人頭部、重い炸裂音が響き、火球が鉄巨人にまとわりつくが、それも一瞬。

 鉄巨人には焦げ跡一つ無く、悠然と歩みを進めていく。


 冒険者達が合図に、城門に飛び込んだ。

 シーナはそれを確認し、引き金を絞った。

 撃鉄が雷管を叩き、薬室内で弾けた魔力が圧縮され、砲弾を押し出す。押し出された砲弾は、砲身から砲口へと駆け抜ける。

 轟音を響かせ、砲口から世界へと撃ち出された砲弾は、シーナの狙いに従い、真っ直ぐに鉄巨人の首と胸部の装甲の隙間へと吸い込まれていく。

 着弾と同時に、甲高い破砕音が響き、鉄巨人が一瞬体勢を崩す。

 そして、数瞬の後、鉄巨人の動きが止まり、異音を放ちながら、機体各所が醜く膨れ上がり始め、やがて限界に達した装甲が罅割れ爆炎を噴き出し、鉄巨人は元の姿を失い爆砕した。

 まだアレフトから離れていたとはいえ、その爆発の余波は凄まじく、衝撃で周辺の芝生が剥がれ、木々が薙ぎ倒され、飛来した装甲の破片は城壁に突き刺さった。


 「終わった、のか?」


 撤退した冒険者の一人が、呆然とした様子で言えば、周囲の冒険者達も同じ様に立ち上がり、現状を確認する。

 そして、現状を確認に認識した時、一人の冒険者が鉢金を頭上に投げた。


 「終わったぞ!」


 一人が声を挙げれば、また一人、また一人と、声を挙げていく。

 城塞交易都市アレフトに、突如として迫った危機は、こうして幕を閉じた。


 「お疲れ様です。ご主人様」

 「ああ」


 駆け寄ってきたリラから、手拭いを受け取り浮いた汗を拭い取る。

 時間としては長くなかったが、拭った手拭いは確かな湿りを含み、重量を増していた。

 城壁に立て掛けた砲剣を見る。かなりの負荷を掛けた。一度、何処かで本格的な整備をしておきたい。


 シーナが一息ついていると、ハルファはローブについた埃を叩き落とし、鉄巨人の残骸を見る。

 内側から裂け、幾つも醜い花を咲かせた様な姿となった鉄巨人。ハルファが知る限り、人造巨人があの様に破壊されたのは初めて見る。


 「あれはなに?」

 「…人造巨人は、頑丈な魔力袋だ。限界まで詰まった袋に、異質な魔力が入り込み、膨張すればああなる」

 「鉄巨人の魔力機関に負荷を掛けた?」

 「ああ」


 ハルファの答えにシーナは頷き、ハルファは再度残骸に視線を向ける。

 人造巨人は魔力機関から、送り出される魔力によって稼動している。

 その為、内部魔力量は一定であり、減少する事はあっても、増加する事は無い。これは人間と同じだ。人間も血液によって動き、その量は変わらない。

 シーナはそこに、己の圧縮した魔力を撃ち込んだ。


 魔力を大量に詰め込んだ魔力機関内部で、異質な魔力が侵入し膨張する。

 その結果が、あの鉄巨人。

 ハルファは、シーナが使っていた異形の大剣を見る。

 主となる形は、ハルファの知る銃槍じゅうそうという武器に近いが、こちらは剣だ。

 そして、銃身も比べ物にならない程太い。

 同じ女の身で、よくもこんなものを振るえると感心する。


 「おーい、大丈夫か?」


 シーナが立ち上がり、城壁から去ろうとすると、下層続く階段から声が聞こえた。


 「あ、ハルファ。大丈夫?」

 「問題ない。そっちは?」

 「フェリドが言うこと聞かなかった冒険者の鼻を折っただけ」

 「死ぬよりマシだろ?」


 シーナはその三人のやり取りを、背中で聞き流し、砲剣を背負う。

 今思えば、派手にやり過ぎた。これでは、下手をしなくても、レミエーレ王国に話が伝わってしまう。

 そう思ったシーナは、急ぎアレフトを去ろうと、足を動かすが、背の砲剣の重さによろけてしまった。


 「ご主人様、大丈夫ですか?」


 剣の切っ先が城壁を削り、リラがシーナを支える。

 魔力を使いすぎていた様だ。体に力が入り辛い。


 「おいおい、大丈夫かよ?」

 「シーナさん、無理はいけませんって」

 「平気だ。・・・私に構うな」

 「いーや、構うね」

 「なにを? ・・・きゃぁっ!」


 溜め息を吐いたフェリドが、シーナを担ぎ上げ運ぶ。

 抵抗が出来ていないという事は、それだけ消耗しているという事なのだろう。

 もがくシーナに、心配そうにリラが、こう言った。


 「急ぐのは解りますけど、まだ大丈夫な筈です。今日は疲れを癒しましょう?」

 「そう言う事です。訳有りみたいですけど、無理して倒れたら、元も子も無いですよ」


 サヤマもリラに同意し、視界の端ではハルファも頷いている。

 どうにか逃れようとしていたシーナだったが、一つ息を吐くと、諦め大人しくなった。


 「ん? 休むか?」

 「ああ、休む。……だから、降ろせ」


 フェリドから降りたシーナは、不機嫌そうに石造りの階段を降りていった。

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