城塞の揺れた日
城塞にある物見櫓に昇り、シーナは細い吊り気味な目を細め、望遠鏡越しに城塞の向こうを見詰めた。
目標の全長は、目測でも城塞は超えていないが、
「丸型、手足は短い。…装甲に隙間が多いな」
「動きは緩慢、避難は十分に間に合う」
人造巨人は、この世界に元々あった技術だが、何代も前の召喚勇者の中に、《人形師》が居たらしく、異世界の技術と発想を元に、有りとあらゆる改良を重ねた。
その結果、不出来な泥人形が精々だった人造巨人は、今では人間とそう変わらない造形と性能を得るに至っている。
シーナがハルファと共に、物見櫓で観察する人造巨人は、丸く二足歩行をしているが、それは辛うじてであり、ほぼ四足歩行。敢えて言うなら、赤子に近い造形だった。
「趣味が悪い」
ハルファが、フードに隠れた口で呟いた。シーナも良い趣味とは言いたくなかった。
顔の無い黒鋼石の赤子が、城塞に向けてジワリジワリと、大地を微かに揺らしながら這い寄ってくる。
この光景を賞賛する者が居たら、間違いなくそいつの趣味は最悪だと、シーナ達は断言する。
「どう?」
「どうもない。サヤマ、町は」
「住民は避難中、何も無ければ近くの町に避難出来る」
物見櫓に登ってきたサヤマと、ハルファのやり取りを聞きながら、シーナは
レミエーレ王国に居た頃、あの手合いの相手はシーナと他数名が担当していた。
仮にも召喚勇者、
だが、それはもう昔の話。今のシーナには、召喚勇者の恩恵はあっても、豊富な物資は無い。
下手をすると、一兵士に支給されるより少ない量、それしかない。
面倒だ。やれない訳ではないが、ひたすらに面倒だ。
シーナは食べそびれた朝食の代わりに、少し古い携帯食料を口にする。
彼女としては、このアレフトに特に思い入れは無い。鉄巨人に蹂躙されようが、他人事で済ませられる。
しかし、今回はそうもいかない。
シーナは南に進みたいのだ。
「ご主人様、他の街道へ迂回しますか?」
獣人の従者リラが、シーナの考えを読んで案を伝える。
他の街道へ続く三方の門からは、利益にならない、巻き込まれては敵わないと、冒険者達を含めた人々が、アレフトから脱出を始めている。
「いや、迂回はしない」
「畏まりました」
中々に判断が早い。
鉄巨人は、人造巨人の中でも特に強度が高く、倒したとしても、その体の殆んどは圧縮加工したありふれた黒鋼石だ。動力である魔力機関は高値で取引され、魅力に溢れているが、倒す方法を考えなければ、それもただの屑鉄に変わる。
早い話、人造巨人の中でも、鉄巨人は割りに合わないのだ。
だがそれでも、上手くやれば普通の冒険者が、半年遊んで暮らせる程の大金を得られる。
そして、町の冒険者の何人かは、一攫千金を目論んでいる様だ。
「うおーい、どうなんだ?」
体格と人数で、物見櫓に登れなかったフェリドが、櫓の足元で此方へ声を挙げている。
鉄巨人はまだ、アレフトから離れている。このまま何も無ければ、アレフトに着くのは早くて昼過ぎ頃になる筈だ。
シーナは、己とリラ以外の三人を見る。
軽戦士、重騎士、魔法使い。よくある組合わせ、基本的なパーティー編制、人間性も急に裏切る事はしないだろう。
望遠鏡を片付けたシーナ達は、見張りにリラを残し物見櫓を降り、フェリドに合流する。
「話、聞くか?」
「内容によるな」
フェリドが返事を返し、腕を組む。
サヤマ達もアレフトを救う義理は無い。危うくなれば逃げるし、今からでも、避難に加わればいい。
だから、それを決める為にも、先ずはシーナの話を聞く必要があった。
「私にアレを潰す手がある」
だから、手を貸せ。
シーナの言葉を、三人は聞く事にした。
シーナは三人が此方に注目したのを確認すると、一つの筒を取り出した。
サヤマがそれを見て、驚きを口にするが、シーナは構わず話を続ける。
「この砲弾を、奴の内部に撃ち込む」
「あ~、銃みたいなもんか?」
「すると、どうなる?」
ハルファが興味深げに問う。ハルファの知る銃弾と、形は酷似しているが、その大きさがまるで違う。
銃弾は指で摘まめるが、シーナの持つ砲弾というものは、手で掴まないと持てない。
あの細く小さい銃弾ですら、魔法強化を重ねた重鎧すら貫くというのだ。ならば、これは一体どれ程の威力になるのか。
ハルファが思案を重ねていると、鉄巨人を見張っていたリラが、声を張り上げた。
「動きがありました! 冒険者が行動を開始!」
「フェリド!」
「おう!」
フェリドが体格に似合わぬ機敏な動きで、梯子を昇り、リラから受け取った望遠鏡を覗くと、数人から十数人の集団が、鉄巨人の周辺に囲む様に位置取っていた。
「おうおう、《ファランクス》に《ウォリアー》、《アーチャー》《レンジャー》。お! 《アルケミスト》に《ゾディアック》まで抱えてるギルドが居たのか!」
フェリドが集団の内訳を、声を張り上げ伝えていく。
サヤマ達の中でも最年長である彼は、その豊富な経験から敵の分析を担っている。
フェリドは次々に冒険者達の職業を言い当てていく。
「鉄巨人はやれそう?」
「あの様子から見ると、連携が取れてねえな。まだ時間は掛かりそうだ!」
冒険者達は鉄巨人を中心に、鶴翼に位置取ろうとしている様だが、ギルド間の連携不足か、包囲に至ってはいない。
「実力もまちまち、鉄巨人が遅いのが救いか」
「攻撃には移らないのですか?」
「移れねえのさ」
フェリドがリラに望遠鏡を返し、鉄巨人周辺の冒険者達を指差す。
「只でさえ、デカイ鉄巨人。それがジワジワとはいえ、動いてるんだ。動きを先読みして陣取らねえと、いつの間にか踏み潰されてる、なんて事になりかねねぇ」
フェリドの言う通り、リラの視界では冒険者達が慌てた動きで位置取りを変えていた。
「ああいうのは足を止めて、《アルケミスト》や《ゾディアック》の火力で一気にってのが定石だな」
「では、あの弓で射ているのは、効果は無いと?」
「いや、奴に攻撃に対して反撃する式が組み込まれていたら、攻撃をした奴を追い始めるが、そんなもんは組み込まれてねえらしいな」
鉄巨人を囲む冒険者の数人が、弓で矢を射かけるが、分厚い装甲のせいか、鉄巨人はまるで意に介さずアレフトへと、その鈍い歩みを進めていく。
「おーい、御姉さんよ! 手があるなら、早めにした方がいいかもしれんぞ!」
物見櫓から身を乗り出し、フェリドが城塞で作業を進めていたシーナに呼び掛ける。
シーナはそれに頷き、装備を確認していたサヤマに声を掛けた。
「おい、ヒョロ長いの」
「え? あ、僕?」
「そうだ」
「あ~、詳しくは後でいいか。僕は佐山です」
「…シーナと呼ばれている」
「それで、シーナさん。僕は何を?」
サヤマがシーナに問うと、シーナは町の外の冒険者達を指差した。
「奴らを退かせろ。合図を送る。そしたら、伏せろ」
シーナは取り出した砲弾に魔力を籠めていく。
圧縮した魔力を籠めた砲弾を、砲剣基部にある薬室を開き装填する。籠手を嵌めた手で、殴る様にして薬室を閉じ、砲剣を城壁に乗せ、狙いを定める。
「急げ」
「はい!」
「俺も行くぞ!」
サヤマとフェリドは迅速に行動を開始し、シーナは砲剣を横抱きに構え、集中を高めていく。
シーナの視線の先、黒い鉄巨人はジリジリと、不気味に這い寄っていた。
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