束の間の話
リラの日課は、人間種には無い獣耳と尻尾の手入れだ。
これは朝夕の二回、基本欠かす事は無い。
朝、シーナより早く起きて櫛で毛繕いをし、香油を馴染ませる。
香油が馴染んだら、もう一度櫛を通して毛先を整える。
そして、身支度を終えてから、シーナを起こす。
晩は、湯や水で一日の汚れと余計な脂を流し、毛並みを整え、朝とは別の香油を馴染ませる。
こうする事で、艶のある柔らかで、シーナが無意識に撫でてくる毛並みにする事が出来る。
シーナはどうやら動物好き、特に猫科の動物が好きな様だ。これまでの旅路でも、見掛ける度に目で追うか、足を止めたりしていた。
全てはシーナの為。獣人は、一度主と定めた者に付き従う。リラはシーナを主と定めた。
なら、シーナの為になる事をする。シーナの為になる事を選ぶ。
リラは二人の部屋に集まった三人を見ながら、三人の出方を待った。
「……それで、話とはなんだ?」
「簡単な話、俺らと行動しねえか?」
「却下だ。私に利点も利益も無い上に、お前達が何者かも解らない」
フェリドの提案を、シーナはあっさりと却下する。
その反応に、三人はそれもそうだと納得する。自分でもそうだ。警戒心の強いシーナなら、更にその筈だ。
三人は顔を見合わせ、サヤマが口火を切った。
「では改めて、僕は
「次は私、ハルファ・マルギッテ。ハーフエルフで《
「最後は俺だな。フェリド・ラフィーロ、《
三人が各々に自己紹介を終える。面倒だが、名乗られたからには、己も名乗らねばならない。
シーナは、内心溜め息を吐きながら、本名を名乗った。
「
「主の従者、リラです。本名は長いので、機会があれば」
二人も名乗り終えると、サヤマが一つ問うた。
「あの、召喚された国は何処ですか?」
「…‥レミエーレ」
「レミエーレか。亜人にゃちと厳しい国だが、お嬢ちゃんもか?」
「はい、そうです」
フェリドの言葉にリラが頷く。
シーナ達を召喚したレミエーレ王国は、人間種が多く住んでおり、獣人やエルフ等の亜人種の数は少ない。
その為、人間種を優遇する政策が多く、亜人種は差別こそされてないが貧民が多く、密かな社会問題になっている。
「で、お前は?」
「ああ、すみません! 僕は、ここから南にあるファーゼル王国に召喚されました」
「ファーゼル?」
サヤマが召喚された国は、シーナが目指していた国だった。
その事実に、シーナは片眉を上げ、サヤマ達を見れば、他二人も頷く。
大陸の南に位置するファーゼル王国は、レミエーレ王国程ではないが大国であり、一年を通して温暖な気候と、安定した雨量を利用した、大陸最大の穀倉地帯を領有する農産国でもある。
そして、亜人種が多く住んでいるのも特徴だ。
「どうかしましたか?」
「…‥ファーゼルは、私達の目的地だ」
「スゴい偶然。私達も」
ハルファが乏しい表情で驚く。態とらしく見えるが、彼女達も目的地は同じファーゼル王国であった。
「いや、本当か?」
「本当だ」
「本当に、スゴい偶然ですね…‥」
「そういえば、皆様は何故アレフトに?」
仕組まれたとも思える偶然に、全員が驚いていると、リラが一つ疑問した。
基本、召喚勇者は召喚された国から離れる事は少ない。シーナの様に離反したり、国から追放される。中には、召喚された瞬間に、己のスキルに気付き脱走した等、様々なケースがあるが、基本的には離れない。
だが、サヤマはこうして国から離れている。
それは何故なのか。その事について、サヤマが気まずそうに、頬を掻きながら答えた。
「あ~、そのですね。僕は偶然召喚されちゃいまして、帰る方法も曖昧でして、それを探すついでに、大陸中の召喚勇者の調査をする事に…」
「恐らく、サヤマは何処かの召喚に巻き込まれて、ファーゼルに召喚された」
「こうやって聞くと、お前ホントついてねえよな」
「あ、あはは…‥」
力無く笑うサヤマ、シーナはそれを無表情に聞いていた。一瞬、自分達の召喚に巻き込まれたかと思ったが、レミエーレとファーゼルでは、距離が離れすぎている。自分達に巻き込まれた可能性は低い。
内心で安堵の息を吐き、サヤマ達の話の続きを待った。
「それで、ある程度調査が済んだので、ファーゼルに戻ろうとしていた時に…」
「あの鉄巨人ですか」
「はい」
シーナが破壊した
「結局、あの鉄巨人はなんだったのでしょうか?」
「解らん。ただ、俺が知ってる工房は全壊してて、生存者は無しときた」
フェリドが吐き捨てる様に言えば、部屋に溜め息の音が満ちる。
あの鉄巨人が一体なんだったのか。それを知る術は、最早存在しない。
アレフト近郊にあった人造巨人工房は、調査に向かった冒険者達によって、全壊と技士達の遺体が確認された。
《人形師》達による資料の調査も行う予定らしいが、どうにも望み薄らしい。
「ま、それはなんとか出来る奴が、なんとかするだろうさ。本題に戻ろう」
「利点も利益も無い話には乗らん」
「じゃあ、シーナさんの目的を教えてください。僕らが口を利けるかもしれませんよ?」
サヤマの提案に、シーナは思案する。
サヤマはファーゼルの召喚勇者、それが偶然とは言え、国から仕事を任され、腕利きであろう二人もついている。
サヤマの立場は弱いかもしれないが、他二人は分からない。
「ダメ、ですか?」
「…‥隠居だ」
暫し考えた後、理由は兎も角、己の目的なら言っても問題は無いと、シーナは判断した。
「隠居?」
「そうだ」
「なにかあった?」
「……言う必要は無い」
ハルファを睨み付け、問いを切り捨てる。
暫し気まずい無言が部屋に満ち、サヤマが恐る恐る口を開く。
「と、取敢えず、僕らと行動してみませんか? これからの道中なら案内出来ますし、二人で行くよりは安全かと…‥」
確かに、シーナにはこの先の土地勘は無い。下手をしたら、ファーゼルに行き着けない可能性もある。
シーナは、もう一度思案する。
目的地はファーゼル、目的は隠居。シーナの知識にあるのはアレフトまで、この先からは地図と睨み合いながら進む。
ならば、この三人と行動を共にしてもいいかもしれない。この三人の人間性なら、急に裏切る事は無いだろうし、裏切れば殺せばいい。
思案を進めたシーナは、リラに目をやる。
リラも頷き、同じ考えだと理解したシーナは、三人の提案を飲む事にした。
「…分かった。ファーゼルまで行こう」
「よし。そうと決まれば、明日出るか」
フェリドが膝を叩き、二人が頷いた。
リラはサヤマ達三人を見ながら、シーナの様子を伺う。特に変化は見られない。リラはそう判断した。
そして、道中何かあれば、この三人を身代わりにして、シーナを連れて逃げる算段を立てる。
リラにとって、この三人は今はどうでもいい存在だ。
もしかしたら、この先そうではなくなるかもしれないが、今この現状ではリラにとって、シーナの案内役兼身代わりでしかない。
「よい旅になるといいですね。ご主人様」
「そうだな」
リラは獣人、獣人は主と定めた者にのみ付き従う。リラの主はシーナであり、リラはシーナの為になる事をし、シーナの為になる事を選ぶ。
艶やかな毛並みの尾と、欠けた片耳を揺らしながら、リラはシーナの側で微笑んだ。
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