城塞交易都市《アレフト》

 リラは、前を行く姿を見ながら思った。

 武骨な鎧、巨大で特異な武装。身の上話は聞いて、己の主であるシーナが召喚勇者の一人だと理解している。

 だがそれでも、シーナの装備は特異だ。


 砲剣士という誰も聞いた事の無い職業、扱う砲剣という武器も同じく、リラは聞いた事が無い。

 銃というものは、見た事は無いが知っている。

 細い鉄の筒に、魔力や鉄の弾を詰めて飛ばす。そう言ったものだと、以前宿の店主から聞いている。

 シーナの話を聞く限り、砲剣の〝砲〟というのが、銃に近い。だが、その威力はリラが話に聞く銃とは、似ても似つかぬものだった。


 「タケリシシの串焼きか」

 「塩がオススメだそうですよ」


 タケリシシ、湿地を中心に生息する気性の荒い猪で、群れで行動する。

 皮は分厚く、皮下脂肪も分厚く硬い。その為、並の剣や弓矢では肉に届かず、皮は銃弾すら弾く事もあるらしい。


 あの時、シーナはタケリシシのリーダーが、馬車から距離を取ったのを確認すると、背負った砲剣を抜き構え、何かを放った。

 一瞬、リラの耳から音が消え、体験した事の無い振動と衝撃が伝わり、タケリシシのリーダーは、取り巻きの数匹を巻き込み吹き飛んだ。

 その威力は、馬車の荷台程はあったタケリシシを吹き飛ばし、湿地に小さくない穴を空け、取り巻きすら肉塊に変えてしまう程だった。


 「懐に余裕はある」

 「買いましょうか」


 そして、状況の飲み込めてない馬車の御者や主を横目に、シーナは砲剣を背負い直し、さっさと歩いて行ってしまう。

 呆気に取られていた馬車の主が、慌てて彼女を呼び止め、その声に我に帰ったリラがシーナに声を掛けて、謝礼を受け取る話の運びとなり、今このアレフトに滞在している。


 「少し固い、噛み応えがある」

 「もっと固い干し肉は、歯と顎の運動で子供に食べさせたりするんですよ」

 「そうなのか」


 黒一色の城壁に囲まれた市場を歩き、肉が全て外れた串を公共の屑入れに放り込む。

 アレフトではゴミのポイ捨ては犯罪であり、衛兵に見付かった場合は、軽くてで約一週間の強制労働タダ働きか物に応じた罰金、重くて半年以上の懲役となる。


 保存食や薬品を物色し、新しい毛布を買うかと、シーナが一つ通りを抜けると、人だかりがあり、そこには掲示板があった。


 「心配はご無用です。国境沿いでも隣国、手配書は見当たりませんでした」

 「…そうか」


 人だかりから身を隠す様にして立つシーナに、リラがそう言えば、彼女は傍目には解らない安堵の息を吐いた。

 この世界に来てから、グレイや少ない友人達以外とは、ロクな事が無かった。

 水浴びを誰かに覗かれたり、鍵をし忘れた部屋に下着を盗みに入られたりもした。


 「ご主人様、念のため通りを戻りましょう」

 「そうだな」


 結局、犯人は解らなかったが、グレイと友人達やグレイの部下達が、それを知ってからは、オーフィリア邸に住む事になり、そういった事は無くなった。


 あの国、グレイ達以外にロクな事が無かったなと、掲示板の人だかりを見返し、記憶を掘り返していると、リラが立ち止まっていた。


 「どうした?」

 「いえ、…あれを」


 リラが指差す先には、周囲とは明らかに浮いた装備に身を包む者達が居た。


 「召喚勇者、若しくはその縁者かと」

 「面倒だ。避ける」

 「では、あちらの通りへ」


 警戒を厳にし、二人は集団とは違う通りへと向かう。

 シーナも最近知った話だが、この世界には異世界から召喚された者がちらほらと居たりする。

 と言っても、その数は少なく、仮に会ったとしても、お互いに深く関わろうとはしない。

 何故なら、他人の事情に巻き込まれたくないからだ。

 右も左も解らぬ異世界、自分の事若しくは、自分を含めた仲間の事で手一杯なのに、他人の事情まで抱えてはいられない。


 だが、その縁者は違う。


 「ご主人様の砲剣は、珍しいですから」

 「ああ、嫌だ嫌いだ。関わりたくない」


 召喚勇者の縁者又は子孫は、その恩恵に甘んじられる。

 召喚勇者だけが持つ異世界の知識や技術、その他反則と言えるスキルの数々。それらから産み出される、新しい技や装備の数々。

 本人達以外で誰よりも先に、それらを得られるのが、召喚勇者の縁者だ。

 そして、大抵の縁者はその力で、好き勝手に生きてきたので、我が儘で独善的な思考が多く、自分だけの新しいモノを常に探している。

 つまり、自分が見た事の無いモノを見ると、奪いにくる習性がある。シーナとリラは、そう理解している。


 「ああ、宿に帰ろう」

 「そうした方が良さそうですね」


 遠目に、如何にも勇者だと主張する姿が、遠ざかるのを見ながら、シーナは小さな声でポツリと呟いた。


 「…‥勇者は、大嫌いだ」


 周囲の喧騒に紛れ、その声は耳の良いリラにも、その声が届く事は無かった。だが、もし仮に聞こえていたなら、きっと顔を青くし、恐る恐る振り返っただろう。

 そう感じられる程に、冷たく感情の無い声だった。






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






 「ん?」


 喧しい程の賑わいの中、一人の男が顔を上げた。

 その顔立ちは、至って平凡であり、平均的な東洋人の顔立ちだった。


 「どうしたの? サヤマ」


 そんな彼の顔を、見上げる小柄な少女が居た。

 木製の先端がうねった杖、フードの付いた余裕のある布地のローブ。誰がどう見ても、魔法使いだと言える姿だ。


 「いや、えらくデカイ武器背負った人が居たなって…」

 「お、なんだ? 敵か?」

 「町中で馬鹿みたいな事を言うな。フェリド」

 「知ってるか? 東方じゃ、馬鹿って言う奴が馬鹿らしいぞ? そこんとこどうよ? ハルファ」


 フェリドと呼ばれた筋骨隆々の男が、己より遥かに小柄な少女に視線を合わせれば、ハルファと呼ばれた少女は、持っている杖で彼の頭を殴った。


 「いってぇ!」

 「サヤマ。サヤマの世界では、具合の悪いものは殴って直すそうだな?」

 「うん、まあ、そういう人も居るかな? けど、フェリドが頑丈でも、杖で殴ったら杖が折れるよ?」

 「おい、台詞の後半がマルっとおかしかったぞ!」


 フェリドが鎧を鳴らし抗議するが、サヤマとハルファの二人はどこ吹く風と、顔と話を逸らす。


 「宿を取って、酒場に行こう」

 「話逸らすなって!」

 「フェリド、煩いぞ」


 サヤマが苦笑し、二人のやり取りを見る。

 この世界に召喚されてから数年、このやり取りにも慣れた。


 「ほら、早くしないと、宿が埋まって町中で野宿だよ」


 こんな時は、さっさと次の行動に移るに限る。

 サヤマは数年間の経験の元、人通りの多い市場を歩いていった。






 〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃






 「ご主人様、お夕飯ですが、外食になります」

 「どうした?」

 「宿の厨房で事故が起きたそうで、シェフが怪我を」


 思わぬ遭遇に逃げ帰った部屋で、砲剣の手入れをしていたシーナに、リラがそう言った。

 リラがチラリとその顔を伺えば、あからさまに外に出たくないと主張していた。


 「宜しければ、私が市場でなにか買ってきますが?」

 「…酒場に行く」

 「ご主人様、酒場は連中と出会す可能性がありますよ?」

 「隠居先の、情報が欲しい」


 手入れを終えた砲剣に、布を巻き直して背負い、襟を立てた外套を羽織る。

 ターバンを巻いて、リラを見れば、彼女も既に準備を終えていた。


 「席は一番隅にしましょう」

 「任せる」

 「お任せを」


 宿の部屋を施錠し、二人は街灯が灯り始めた町中へ、再び足を運んだ。

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