第24話 リーベス・ヴリーフ〜梅子が貰ったラブレター
秋にしては蒸し暑さがぶり返してきたその頃、梅子は麻里亜子の目を盗んで町内に出かけていたようであった。
虫に刺される昼寝を止めて、毎日のように出歩いていたある日の事。
梅子はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺達に封筒を見せつけてきた。
「なんじゃ、梅子。昔流行った不幸の手紙でも貰ってきたのかの」
アヤコばあちゃんが洗い物を済ませて梅子に尋ねると、彼女はこう切り返してきた。
「『ふこうのてがみ』? 何の事だか知らないけど、そんな物じゃないわ!! これはね、『ラブレター』よ!!!」
「ラブレター?」
見せてみろよ、と梅子からその封筒を奪って中身を見ると、白い便箋にはこんな文面があった。
〝梅子お姉さん。
いつも野球なかまに入ってもらってありがとうございます。梅子お姉さんがバッターに入った時の三しんはいやですけど。
でも、いきなりですみませんが、ぼくは、梅子お姉さんのことが好きになってしまいました。
梅子お姉さんの大きくて、ちょっとつり上がった青いきれいな目も、銀色にかがやくかみの毛も、元気なようすも、みんな好きです。
よかったら、しょうらいぼくのおよめさんになってください。
峰岸 かなえ〟
「………」
「………」
沈黙を守る俺と愛子。
反応を返してあげる麻里亜子とアヤコばあちゃん。
「さすがウメコ様ですわ」
「手紙の主は何歳なんじゃ」
すると梅子は胸を張って「小学校の3、4年生くらいかしら」と言ったので、俺は同情を通り越して悲しくなってきた。
「最近、野球場にいる小学生達と遊んであげているのよ。その中の4番バッター、かなえくん。良い子よ」
「そうなんだ」
俺はそう応えるので精一杯だったが、梅子は中学生くらいの外見をしている。
小学生に憧れられるくらいの事はあるのかもしれない。
「そう言えば梅子、お前の身長はいくつなんだ」
俺がそう聞くと、もう俺からの敬語は諦めたのか浮かれているからか知らないが、梅子は少し考えて、
「152〜3センチくらいかしら」
と言った。
小柄だな。でも中学2年生くらいだったらそんなもんかもしれないし、最近日本人女性の平均身長が低くなってきていると聞く。
環境に合わせた進化なのか退化なのかは知らないし、そもそも梅子は日本じゃなくてドイツの女神なのであるが。
「ふーん。一応聞くけど、体重は?」
「マサル、あんた女の子に体重を聞くつもり!? でもいいわ、38.9キロよ。その辺の女が逆立ちしたってなれない軽さだわね」
『39キロ』と言わずに『38.9キロ』とした所に梅子の女心が聞いて取れる。
「んじゃあ、BWHは……ごほお!!」
「梅子!! マサルの腹を殴るとは何事じゃ!! またお札を貼ってほしいか!!!」
梅子が珍しく真っ赤になりながら普段はやらないーーというか、初めての肉体的暴力に訴えてきたのでつい声が出てしまった。
手加減をしたのか梅子の腕のチカラが弱いのか、本当はそんなに痛くなかったのであるが。
「ーーで、どう? マサル」
上目遣いで俺を見つめる梅子。
いつもは偉そうな目で見てくる癖に。
「どうって、何が」
すると梅子はまたもや白い肌を真っ赤に染め、
「だから、私がラブレターを貰ってどう思うのかって聞いているのよ!!? 嫉妬とかしない訳!!?」
「嫉妬って……。え? 何??」
本当に何の事だか分からない。
「〜〜〜もう、いい!! マサルなんて知らないわ! 私なんて死んでしまえばいいって言うのね!!」
「そんな事一言も言ってないし、何で急にネガティブ発言をするんだ……」
うっぜ。
めんどくせ。
だけどあんなに怒るなんてどうしたんだろう。
居間を走って出て行った梅子を追って「お待ちください、ウメコ様」といつものように麻里亜子が追いかける。
「……どう思う? アヤコばあちゃん」
「そうじゃの。梅子は前から憎からずマサル、お前の……、いや、いい。とにかく梅子はこの日本では中学生くらいじゃ。4つ5つ男の子の方が年下でも何も珍しい事はないし、『お付き合い』でもしてみたらどうかの」
お付き合いったってなあ。
梅子は勿論『かなえくん』もスマホなんか持ってないだろうし、昔流行ったとかいう交換日記から始めればいいのだろうか。
それにショタと女子中学生のカップルなんて聞いた事が無いよ。
ーーすると。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
愛子がインターフォンに出ると、
「峯岸かなえさんがいらっしゃったようです」
と言った。
どんな子か興味はある。俺は皆と一緒に玄関口に出る事にした。
「すみません、あそうぎさんのお家はここですよね。梅子お姉さんに聞いてました」
「うん、まあ、そうだけど」
あいつ勝手に俺とアヤコばあちゃんの家を……。
しかし、件の『峯岸かなえ』くんは白目が透明でいかにも利発そうな顔をしていた。
きれいに洗濯された半袖半ズボンを身に付けているのも小学生らしくて好感が持てる。
「君の事は梅子から聞いたよ。おーい、梅子!! 峯岸かなえくんが来たぞ!!」
俺が客間に向かって叫ぶと、梅子がしおしおとやって来た。
さて、どうなるかな。と、楽しみにしているとーー。
「梅子お姉さん、ごめんなさい!!」
峯岸かなえくんは深々と梅子に頭を下げた。
どういう事なんだ。
そんな中、アヤコばあちゃんは何かを悟ったらしく「ははあ」と言ったきり黙っていた。
峯岸くんは大声で言う。
「野球友達の間での、罰ゲームだったんです!! クジを引いたやつが、梅子お姉さんにいたずらのラブレターを書くって……!!」
「な、何でそんな事をしたの……」
さすがに、あまりと言えばあまりに梅子が可哀想だったので俺はやんわりと峯岸くんを問い詰めた。
「あの、な、なんか、皆梅子お姉さんが野球に来るの迷惑みたいで、自分で自分の事女神とか言ってるし、それで……!! でも梅子お姉さんに直接言うのを皆嫌がって、ラブレターを出せば、来にくくなるんじゃないかって……!!!」
キラキラときれいな目で梅子を真っ直ぐに見る様子は、汚れちまった俺の心を洗い流すかのようだった。俺には関係ない事とは言えな。
「じょ……冗談じゃないわよ……!!」
梅子の怒りの炎が燃え上がったらしい。
彼女の性格上黙って許す訳が無いのである。
「かなえくん!! 貴方、私の純情を踏みにじったって訳!!? い、いくら子どもだってーー女神たるこの私を……!!」
梅子は今にもかなえくんに飛びかかりそうだ。
「ご、ごめんなさい」と言って怯えるかなえくん。
「やっぱり、マサルといいかなえくんといい私なんか死んでしまえって言いたいのね!!? 何よ何よ、じゃあ死んでやるわ!!!!!」
そう号泣して長い銀髪で自らの首をぎゅうっと絞めようとしていた。
可哀想だがやっぱり面倒くさい事この上ない。
「梅子、やめろ!!」
「一旦落ち着くんじゃ、梅子!!!」
アヤコばあちゃんはいつもの神のチカラが宿った縄を召喚し、カウボーイよろしく梅子の身体に巻き付けた。
そこでいつもの柱に梅子を括り付け、例によってドイツ語で書かれたお札を頭に貼り付けた。
「神の怒りを鎮めるお札じゃ。これで梅子は冷静になるはず……」
梅子はグッタリとして柱に身体を預けていた。
かなえくんが褒めた銀色の髪の毛が邪魔で顔の表情が見えない。
しかし、やがて梅子は頭を上げ、かなえくんの方を静かに見やった。
女神としての冷静さを取り戻したようである。
「梅子お姉さん、本当に……」
「貴方、将来良い大人になるわよ」
梅子は峯岸くんの目をジッと見て、厳かに言った。
フリッグーー梅子の本名。
人間の運命を見定める女神。
梅子は俺やトモコばばあにそうしたように、峯岸くんの目を見つめ続けていた。
「今晩は梅子の好きなライスッカレーにしようかの」
アヤコばあちゃんは優しくそう言った。
『ライスッカレー』を食べながら梅子は言う。
「でもあの子、本当に私の事好きな目をしてたわよ」
「何で分かるんだ」
タフなやつだな、と思いながら俺は梅子に問う。
「正しくは、『これから好きになる目』ね。私、運命を読み取る女神だもの」
「ーー梅子はあの子の思い出の人になる訳か」
銀髪の外国人がセーラー服を着て一緒に野球をやってたなんてあんまり無い事だろうしな。
「やっぱり私はモテるのよ!! どう!!? マサル!!!」
「いいんじゃないすかね」
「さすがウメコ様ですわ」
その日の食卓はいつもに増して賑やかなものであった。
梅子がアヤコばあちゃんに(柱に括り付けられお札は貼られたが)お仕置きらしいお仕置きをされないのも久しぶりの事であった。
妹だと思っていた美幼女が実は祖母で俺を甘やかしてくる件 いのうえ @773
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