第8話 メーア〜海

「海に行こうよ!!」


「お前、俺を何だと思ってるんだ」



引きこもりだぞ。



真弓子の無茶な誘いに俺はゲンナリした。海に行くというのはつまり人気の無い静かな海を眺めるって意味ではなく、人でいっぱいの海水浴に行こうという事らしい。


海水浴なんて小学生の時に行って以来だ。

そういうビーチってのはつまり、ウェーイ系のリア充達とお子さま連れでごった返している所だろう。



絶対嫌だ。というか、絶対無理だ。



「マサルちゃんもね、ここらで一つリア充っぽい事をしても良い時期だと思うんだ」


「嫌だ」



「海水浴ですって!? 絶対行きたいわ!!」



梅子、黙ってろ。


「海水浴って、『水着』を着られて波をチャプチャプ掻き分けて男達にチヤホヤ崇(あが)められるんでしょ!? 楽しそうじゃないの!!」


ろくな動機を持ってないらしい。


「梅子、マサルは嫌がっておる。いくら真弓子ちゃんの誘いとは言え出来る事と出来ない事がある」


さすがアヤコばあちゃんはいつでも俺の味方だ。


だが、口ではそう言ったアヤコばあちゃんだが、海水浴と聞いて目が喜びで輝いたのを俺は見逃さなかった。


俺は空気を読むのが得意なんだ、人嫌いが高じて。アヤコばあちゃんの事は好きだが。

その、好きなアヤコばあちゃんが行きたそうにしているのを見て拒否を貫くのは祖母不孝のような気がした。


『しもべ』の愛子の方をチラリと見やると、愛子は


「マサル様がもし海に行かれるというのであれば、準備は万端にしてございます」


と、まだ行くとも言っていないのにそんな言葉をかけてきた。



「……分かったよ、行くって」


「え! マサル! いいのかの……」


アヤコばあちゃんは自分の願いが通ってかえって恥じている様子だったが、一度決めた事だ。


「やったあ!! じゃあ全員分の水着、大急ぎで作るね!! 皆に似合うようなやつ!! ーーえーと、貴女は……」


真弓子が愛子の方に視線を向けた。初対面なのである。


「私(わたくし)は、マサルさんの母方の親戚で愛子と申します、真弓子さん」


口調は堅いままだから不自然なのだが、とにかくとっさにそれらしい建前を述べた。愛子はなかなか有能らしかった。



「マサルちゃんは年下の親戚が多いんだね。じゃあこれから梅子ちゃんと愛子ちゃんのサイズを測ろう! さ、マサルちゃんは部屋を出て!!」


という訳で俺は10年以上ぶりに海水浴に行く羽目になった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




砂浜が熱い。ビーチサンダルを履いていても熱い。


その日もまた快晴であった。

そして、予想通り人でごった返していた。


俺達は真弓子の作った水着に着替え、何とか日陰を確保して集まっていた。


アヤコばあちゃんは赤いワンピースタイプの物に、いつもの普段着の如く透明なスカートが付いた水着。


久しぶりに着る水着に心なしか嬉しそうに見え、俺は来る前も来た後も嫌で仕方なかったがアヤコばあちゃんの様子を見て連れて来てあげて良かったと思った。



「うん、皆サイズもピッタリで似合ってる!! 良かったあ!」



そう言う真弓子はセパレートタイプの競泳技のような水着で、なるべく目立たないようにしているらしかったが如何せん胸が大き過ぎるから本人の意思に反して女子バレー選手のようにエロさが際立ってしまっている。


また、その日も右目に青いコンタクトレンズを装着していた。


愛子はスクール水着に似た紺色のワンピースタイプであり、それが本人の希望であったらしかったが、真弓子はそれに遊び心を付けて下半身にごく小さなフリルがあしらわれていた。



「私の水着はどう!? 言っておくけど、褒め言葉以外は要らないわよ!!」



問題の梅子だが、これも本人の希望で花柄のビキニであった。

どうと言われても、中学生が頑張って大人ぶっているようにしか見えない。

胸の方もどうだろう、普通の女子中学生くらいの大きさなんじゃなかろうか。



「えーと……似合ってるっすよ、梅子さん」


「そうでしょう!! このビーチは既に私の物ね!!」


「さすがマサルじゃ。梅子の扱い方を覚えてきたな」


アヤコばあちゃんがあまり嬉しくないが的確な褒め言葉をくれたのである。



と。

梅子の後ろからウェーイ系の男2人組が忍び寄って来た。

良かったじゃないか、少なくとも後ろ姿はイケてるって事だ。


「よっ! お姉さん、銀色のウィッグなんて被ってヤバいね、あ、良い意味だよ!!」


「良かったらそっちのグループと離れて一緒しない?」


その時の梅子の嬉しそうな顔と言ったら、どう表現すべきか。

まるで地球上の男達全てを掌握したような笑顔だった。


「見なさい、マサル!! 私のこのモテっぷりを!!」



そう言って梅子が男達の方へ振り返った所。

男達は露骨にガッカリした顔をした。



「何だよ、ガキじゃねえか。しかも外国人か」


「なっ……!? ガ……!?」


梅子は突然やって来た屈辱に唇を震わせた。


「ゴメンね、俺らロリコンじゃないから。お兄さん達、間違っちゃった。あ、そっちのお姉さん良いね!! 一緒に遊ばない!?」


男達は代わりに真弓子に目を付けたようだったが、真弓子は丁重にお断りしていた。



「やっぱり、海に来たからには泳がないとね!! べ、別に男だけが目的じゃないのよ、女神たるこの私は!!!」


そう言って梅子は波打ち際に全速力で走っていった。


「儂らも泳ごうかの。確かに海に来たからには水に浸からんと」


アヤコばあちゃんがどっこいせと立ち上がり、俺と真弓子の手を取った。



「私はここで荷物の見張り番をしております」


愛子が文庫本を読み始めた。


「大丈夫? 荷物の見張りなら私がやるから、海に行ってきなよー」


と真弓子は言うが、愛子は


「いえ、真弓子さんがお一人でジッとしていらっしゃるとまた『ナンパ』にあいます」


と文庫本に目を落とした。


ーーそれにしても。


「なあ愛子、そのデカい荷物は何だ」


愛子は小学生女子が持つにしては結構な容量があると見られる荷物に視線を移し、


「出来れば使いたくない物です」


と、謎かけのような返答をした。




「エニグマです。一応持って参りました」



それだけ言って、また文庫本を読み始めた。


「えにぐま?ーーあ! 梅子ちゃんが大変な事になってる!!?」


真弓子が叫んだ先にあった光景は……。

梅子が、如何にもロリータ狙いの怪しいおじさんに写真を撮らせまくっている所であった。


梅子は満更でもなさそうに言われるがままにポーズを取っているようだ。


「梅子ちゃん、ダメでしょ!! 変な人について行ったら!!!」



真弓子は梅子の上半身の水着部分をひっ捕まえてズリズリと引きずって戻って来た。



「あれまあ、マサルだけでなく真弓子ちゃんまで梅子の扱いを心得てきたのう」


アヤコばあちゃんは嬉しそうだった。

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