第12話 トゥルート〜魔女・2

俺は阿僧祇(あそうぎ)家の人間だ、と宣言した俺の顔を見てフンと鼻を鳴らし、


「阿僧祇? そうだね。阿僧祇の家にソノコ(俺の母親だ)を嫁がせたのがそもそもの間違いだったんだ」


トモコババアはアヤコばあちゃんの淹れてくれたお茶に手も付けずに言った。


「大体、何だい。生まれてきた娘に行方不明になったアヤコさんと同じ名前を付けるだなんて。おまけに、全く成長しないというのは、呪われてるとしか思えないね。アヤコさんもアヤコも、魔女なんじゃないかね」



「魔女なのはお前の方だ!!!!!」




俺の怒りは沸点に達した。

俺の事はともかく、アヤコばあちゃんの事を侮辱されるのは絶対に許せなかった。



「お前のせいで、俺がどれだけ苦しんできたと思ってる!? クソババア、俺が子どもの頃から散々言ってきてくれたな!!? これ以上お前と話したくない、出て行け!!!!!」


「やれやれ、阿僧祇の家は本当にロクデナシだね」


トモコババアは一切動じない。しかし、トモコババアはゴホッゴホッと咳をした。



「人間っていうのは、本当に馬鹿ね。どうして女神(わたし)みたいに本心だけで生きて行けないのかしら」


「梅子……?」


俺は、梅子の突然のシリアスな口調に驚いた。

アヤコばあちゃんもトモコババアを見つめたまま黙っている。そして、やがて俺に向かって口を開いた。


「マサル、儂の持っているお雛さま人形はの、このトモコさんが送ってくれたものなんじゃ」


「は?」


事情が飲み込めない俺に、ゴホゴホと咳をし続けているトモコババアに視線を送り、梅子は言った。


「マサル、忘れてない? 私は『フリッグ』、『人間の運命を読み取る女神』よ。特に死期の近い人間に限って、その思考だって読み取れるの。このババアはアンタの事を案じてるようね」


「あ、ああ……。え? 死期? 案じて……?」


「このババアは3日後に死ぬわ」


俺は馬鹿みたいに口をポカンと開けた。死ぬ? 3日後?


「ババアと言ってもお前さんより何百歳も年下だがの」


「アヤコ! 黙っててよ!! 私がこれからいい所見せるんだから!!!」



そう言うと梅子ーーフリッグーーはトモコババアの頭上に手をかざし、呪文を唱えた。




「オーディン、オーディン。この者の最後を迎える。どうか、この者の『歴史』で最も聡明で無邪気で美しかった時に戻したまえ」



「な、なんの呪文だ……?」


俺がトモコババアに目を向けるとーートモコババアはどんどん若返って行き、とうとう17、8歳くらいの少女の顔になってしまった。


若返ったトモコババアは、ババアの頃の気の強そうな面影はかすかに残していたものの頬は白くてピンとして、とても清楚で美しい顔をしていた。



「さあ、死にゆく者よ、私が後押ししてあげたわ。マサルに本心を告げるのよ。私の過去の経験上、聡明で美しかった時期に人間は素直になれるものだから」


梅子が命令すると、若いトモコババアはババアらしい頑固さが消え、俺の腕の中で呟いた。


「マサル、マサル。私はお前が心配だった。孫達の中で一番、心配だった」


「……」


微かな声だ。

よく耳を澄ませていないと聞こえないくらいに。だがその声はちゃんと俺の心にも届いている。


「異形の目を持つお前の人生は平坦な物じゃないだろう。時には人を、他人を憎む事もあるかもしれない」


「……」


「だが人は1人では生きてはいけない。他人を憎むくらいなら、その憎しみをいっそ私だけに向けてくれればいいと思った」


「……」


「だが私は悪役に徹しきれなかった。可愛さのあまり小遣いをやった。馬鹿な、中途半端な祖母だった」


そう言ってトモコババアは気絶したままいつもの元のババアに戻った。



「本当に、人間て馬鹿なんだから」


「お前さんも相当なものじゃがな」


「何ですって!?」


アヤコばあちゃんと梅子のいつものケンカが始まったが俺はトモコババアの顔を見つめ続けた。


そして、ふと目覚めたトモコババアは、さっきまでの美しかった自分の記憶は消えているらしく、



「何を気軽に私を抱いているのかね。ちょっと気分が悪いだけであんたなんぞに心配されるいわれは無いよ」


と憎まれ口を叩いた。

そして、


「ああ、阿僧祇の家に来たら余計に具合が悪くなった。さっさとこの家から逃げ出そうかね」


「……」


結局、『言いたい事』とやらを俺に告げないままトモコババアは帰って行った。

俺は玄関まで見送ったが、お互い無言の別れとなった。




3日後、梅子の予言通りトモコババアは自宅で息を引き取った。肺炎だった。


あんなんでも女神というのは一応本当なんだな。いや、偶然かもしれないし、梅子が残念女神という評価は俺の中で変わっちゃいなかったが。



俺は喪服を着込み、エリートな従兄弟達も集まる葬儀場に一旦帰宅した両親とともに出席した。


母親は、「自分が死ぬ事を予知してマサルに会いに来たのかしらね」と涙ぐんでいた。



トモコババアのバッグからは、『24歳』と書かれた封筒が見つかり、俺の誕生日に渡せなかったらしい5万円が入っていたそうだ。


俺は17、8歳くらいの、三つ編みをしたトモコババアのあどけないきれいな顔を思い出していた。あのまま歳を取るわけにはいかなかったものだろうか。


俺はトモコババアの事を許すとも許さないとも思わなかった。ただ粛々とババアの死を嚙みしめよう、と。


俺も馬鹿な人間だ。


そんな事を思いながら家路についた。

家ではアヤコばあちゃんが待ってる。


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