第11話 トゥルート〜魔女
「ーーそういう訳でね、トモコおばあさんがどうしてもそっちに行って、マサルに言いたい事があるって。どうする? 断ってもいいのよ」
母親から電話がかかってきて、俺は正直『トモコおばあさん』に会いたくないと思っていた。
トモコおばあさんというのは母方の祖母だ。
アヤコばあちゃんの事を『アヤコ』と上に名前を付けて呼んでいるのは、このトモコばあさんとれっきとした区別を付けたかったからでもある。
俺はトモコばあさんを、あまり言いたくないが、殆ど憎んですらいた。
「おお、嫌だ。片目だけ青いなんて。不吉だ、不吉だ」
「だから外国人の血を引く人との結婚なんて反対したのよ」
「『ニート』ですって? 他の孫達は医者になったり東大に入ったりとしてるのに。情け無い」
俺はトモコばあさんに、幼い頃から従兄弟達と差別されてきた。
他人ならともかく、肉親から蔑まれるのは俺の人格形成に根本的に暗い影を落としていた。
その度に母親は
「じゃあ、もうマサルに会いに来るのは止めにしてよ!!」
と庇ってくれたが、トモコババアーーもう、ばあさんではなくババアと呼んでやるーーは俺が人間嫌いになった張本人と言っても過言ではなかった。
それでもトモコババアは正月と俺の誕生日には小遣いを送って寄越した。だがそれは俺に恨まれずに済むよう義理で送ってきているようにしか思われなかった。
……そのババアが今更俺に会いに来るだって?
冗談じゃない。
俺は電話口で母親に訴えた。
「断ってくれない?」
「そうよね。私も反対……今、そっちでインターフォンが鳴らなかった?」
確かに鳴った。ピンポン、ピンポンと何度もうるさかった。
俺は母親との電話を切り、玄関の戸を開けに階下に降りた。
「久しぶりだね。相変わらずニートってやつをやってるんだね」
着物をきた、少し痩せたらしいトモコババアが既にそこに立っていた。
「帰ってくれよ」と言いたかった。
だがトモコババアの年寄りらしくない凛とした表情に気圧されて勝手に上がって来るのを阻止するタイミングを逃してしまった。
「トモコさん、久しぶりだの。お茶をどうじゃ」
「フン、相変わらず子どものくせに変な喋り方だね。どうにかならないのかい」
両親はトモコババアに、アヤコばあちゃんが幼女化した事を黙っていた。だからトモコババアにとっては、アヤコばあちゃんも『孫』の1人という事になる。
アヤコばあちゃんは表向き、俺の年の離れた妹という事になっていたから。
「アヤコ、あんたは本当に背が伸びないね。この家の孫達はろくなのがいないね。大体、おばあさんに対してトモコさん呼ばわりするんだから」
アヤコばあちゃんは黙っていた。
「おまけに熱いお茶だって? この猛暑の中お客に出すのは冷たい物と決まってるんだけどねえ。まあ、頭の中も子どものままなんだね」
「それは悪い事をした。今すぐ淹れなおそう」
「アヤコ、余計な事をしなくていいよ。熱いので充分だ、暑い時こそ熱い物を、って定石をこのばあさんは知らないんだよ」
俺はアヤコばあちゃんに余計な手間をかけさせたくなかった。
「その片方だけ青い目はいつ治るんだい? 一生そのままなら、いっそ手術でも受けたらどうかね。それじゃ就職もしにくいだろう、大学中退のあんたを受け入れてくれる会社があったらの話だけどね」
「……何しに来たんだよ。何か言いたい事があるって母さんから聞いたよ」
俺はもう一刻もこのババアと同席していたくなかった。
「孫の顔を見にくるのに理由がいるかね。出来損ないの顔を見るのは3年に1回で充分ではあるけどね」
「なあに? 本当に嫌な感じのばあさんね」
梅子が、扉に背をもたれた格好で腕組みをして立っていた。
さすがの梅子も、トモコババアに関しては正義の側に付いたようだ。
詮索されると面倒だから愛子は別部屋に隠れさせていたが、梅子はお構いなしに居間に顔を出していた。
梅子はトモコババアの目をジッと観察して、それからハッとした表情に変わった。
何か悪い物を見たような表情だった。
「マサル、この暑苦しいセーラー服の外人は誰だい」
「……父さんの方の親戚だよ。遊びに来てる」
トモコババアは梅子にジロジロと胡乱(うろん)な視線を向け、
「外人と言ったら金髪じゃないのかね。銀色の髪をしているなんて不良かい」
ここでいつもの梅子なら「不良とは何よ!! 私は女神よ!!?」とでも言いそうなものだが、その時の梅子は無言でトモコババアに向き合っていた。
「マサル、あんたはいつその、引きこもりとやらをやめるんだい。あんたの一番年下の従兄弟はこの前進学校に受かったよ。あんたは大山田家の恥だね」
「……俺は大山田の家じゃない、阿僧祇(あそうぎ)マサルだ」
これ以上何か言われたら部屋に黙って帰ろうと思った。
ぶち切れでもしたら俺だって、今までの恨みでとんでもない事をし出すかもしれない。
アヤコばあちゃんや梅子の手前、手を出すような真似はしないとしても、だ。
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