第6話 ハイテレス・ヴェッター〜快晴の中でデート
「おお、真弓子ちゃん、来てくれたのかの!」
俺が自室で未だやめられない、やめる気もない大切な趣味であるソシャゲに勤しんでいると、階下からアヤコばあちゃんのこれ以上ないくらいの歓喜の声が聞こえた。
「うん、そろそろアヤコちゃんの新しいお洋服を作る頃合いだと思ってー!」
成る程、真弓子の声も聞こえてきた。
あの俺の誕生日の日以来、俺の真弓子に対しての態度も(あくまで心の中だけでだが)軟化するようになっていっていた。
「おーい、マサルや、マサル! 真弓子ちゃんじゃぞ、何もしていないのなら降りて来るんじゃ!!」
何もしていない訳じゃない、ソシャゲをしているのだがアヤコばあちゃんの嬉しそうな声色に釣られて俺は階段を降りて居間に向かう事にした。
(でもアイツ、相変わらず派手なミニスカとか胸を強調した服とか着てるんだろうな……)
そう思って多少ウンザリしていたが、驚いた。
「エヘヘ、どう?」
上半身は白いゆったりとした男心をくすぐる清楚なブラウス。
それでも胸の膨らみは隠せていないのだが。
また真弓子の半ばトレードマークとも言えたミニスカは鳴りを潜め、今風とやらの丈の長い淡色のスカートをお召しになっていたという……。
そして、何よりも。
「お前、どうしたんだよ、その右目……」
「カラコンだよー。アヤコちゃんの目やマサルちゃんの左目に近いのを選んでみたんだけど、やっぱり本物の方が何倍もきれいだね!」
「そんな事はない。真弓子ちゃんの目もきれいだし、今日のふぁっしょんもお姫様のようでとても似合っておる」
アヤコばあちゃんは真弓子の姿を見ていつにも増して嬉しそうだった。
すると。
「お姫様って誰!? 私の事!? 私はお姫様じゃなくて女神よ!!」
真弓子とは初対面となる梅子がしゃしゃり出て来た。
「ああ、貴女が『マユミコ』ね。日本人は青い目に憧れているの? 似合ってなくは無いけど生まれつきの色を大切になさい」
「……え? ええ、あの、貴女は……」
「私はドイツの最高女神、フリッグ! 日本名はウメコよ!!」
真弓子は明らかに動揺していた。青い目をしたセーラー服の外国人がいるのだ、無理もない反応と言えよう。しかも最高女神とか言ってるし。
「梅子、うるさいからお前は黙っているのじゃ!」
アヤコばあちゃんが梅子の首根っこをひっ摑んだ。「何するのよ!」と梅子は確かにうるさい。
「真弓子ちゃん、それじゃあ悪いがまたお願いできるかのう。今着ている服はもうほつれやシミが出てきているんじゃ」
真弓子は梅子の存在にまだ戸惑っている様子だったが、
「オ、オーケー、いつものでいいのよね? じゃあ生地を買ってくるね!」
と、元気いっぱいに外へ出た。外気はかなり暑いらしい。
「マサル、外は暑いが快晴じゃ。お前もたまには外に出たらどうかの。無理にとは言わんが……。真弓子ちゃんの買い物に付き合ってあげたら嬉しいんだがの」
俺は黙って靴を履いた。
真弓子の突然の変身に興味が無い訳でもない。
先を歩いていた真弓子に追いつくと、
「お前、何で急にイメチェンしたの」
俺はズバリと聞いた。
「だってマサルちゃんミニスカ嫌いでしょ」
「ミニスカが嫌いというより、色気で男心を買収しようとする根性が嫌だったんだ」
だけどそれも俺の勘違いだったって答えに行き着いた。
「そうよ、このセーラー服だって適度なスカートの長さが必要なのよ」
振り向くと、何故か梅子がくっついて来ていた。
「街に行くんでしょ? 行った事無いから私も行くわ、案内なさい!」
真弓子の表情が笑顔のまま固まっている……。
外見年齢中学生くらいの梅子にどう接したらいいのか分からないらしい。
「あの、だから貴女は……」
「私? 私は……ぎゃっ!? うぐう!!?」
後方で、梅子がアヤコばあちゃんに連れ戻されに引きずられて行くのを俺は見ないふりをした。アヤコばあちゃん、意外と力強いんだな。
真弓子は、
「あの、女の子は誰? 外国人のようだけど、もしかして……」
と、かなり気にしている様子だ。
「あ、ああ。ドイツから来た俺達……の遠い親戚だ。日本語上手いだろ? ドイツ人の癖に中2病なんだ、いずれすぐ帰るよ」
「そう、親戚かあ……。それに中学生くらいだもんね、マサルちゃんとは歳が違うもんね!」
と、ホッとした様子だった。
ん?
俺は速攻で話を変える。
「でも、今日の服は何というか……。年相応で、良いな。お前ももうハタチ過ぎだし」
「歳の事は言わないの!! でも、似合ってるってマサルちゃんが言ってくれて嬉しいな! 自分で作ったんだよ!」
そう言えばこいつは服飾大学に通ってるんだった。
「器用だな。ーーアヤコ、の服もずっとお前が作ってくれてたなんて、知らなかった」
「うん。あのね、1年の時に子ども用の服を課題に出されて、アヤコちゃんの事を思い出したの。それ以来かな」
アヤコばあちゃんが年中着ている服。
透明なスカートの下にちゃんと色の付いたスカートを履くという二重構造。
ずっと不思議に思っていたんだが、それも真弓子のアイディアだったのだろうか。
「アレはね、バレリーナをイメージしたんだよ。アヤコちゃんは外国人ぽい顔立ちじゃない? 絶対そういうの似合うと思って」
「ーーりがと」
「え? マサルちゃん、何か言った?」
「いや、特には」
本当は「ありがとう」と言いたかったんだがな。
ちゃんと言うと、真弓子がキャーキャー言うだろうから言わないでおく。
「そうだ、今度マサルちゃんの服も作ろうか!?」
「俺はいいよ、ファッションとか興味ない」
俺の服は毎回母親が買って来ていた。
母親は歳の割にオシャレで、若い男女の流行にも敏感だったのでダサいと言われるような服を着させられた事は無い。
「またまた! ファッションは移ろうよ〜」
口調は一緒のはずなのに、心なしか、今日の真弓子はいつもよりうるさくなく感じた。
服が違うだけで印象がこんなにも変わるものだろうか。
ーーそれにーー。
俺の目を盗み見る街行く人間の顔。
まず、ギョッとした表情をする。
次に、俺と並んで歩いている真弓子の目を見る。
今日の真弓子は右目が青い。
すると、他の人間達は
「ああ、そういうファッションのカップルなのか。お幸せに」
という顔になった。
これも真弓子の計算なのだろうか。
生地を買って家路につく。夏は日が長いなんて事、久しぶりに感じた。
「おお2人とも、帰ってきたか! 今夜は暑いから体力の付くようにビーフシッチュウじゃ、暑い時にこそ熱い物をじゃ。真弓子ちゃんも食べていってのう」
「わあ、アヤコちゃん、好き!! そんなに小さいのに不思議なくらい料理上手なんだもん!! どこで習ったの?」
「きぎょうひみつじゃ」
その夜は真弓子も交えた3人で『ビーフシッチュウ』に舌鼓を打ったが、銀髪のダ女神が柱に括り付けられドイツ語で書かれたお札を頭に貼られて黙らされていたのはちょっとだけ気の毒だった。
気の毒ではあるが今日の振る舞いを考えたら仕方ない。
優しいアヤコばあちゃんは、真弓子が帰った後で「今日はご飯抜きじゃ」とも言わず梅子の縄をほどき『ビーフシッチュウ』を食べさせていた。
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