第4話 フリッグ〜運命を読み取る『ダ女神』
そういう訳で、俺は24歳になった。
「『20』と『4』ではなく、『2』と『4』として考えるのじゃ」
アヤコばあちゃんは言う。
「『2』はぷらすとまいなすの2つの側面を表す。そして物事や心の二重性、対立、葛藤、優柔不断等を象徴しているのじゃ」
「俺の両目と同じだね」
「その通りじゃ!! マサルは勘が良いのう!! そして、『4』は完全なるばらんすへの成長、成就を示す。実は巫女(ワルキューレ)である儂の目を受け継いだマサルがこの数字の並んだ年齢になった時、化け物にされた先程のような女神達が現れると儂は踏んでいた。思っていた通りじゃ」
それで先に父ーー『目』を受け継がなかったアヤコばあちゃんの息子ーーと普通の人間である母を家から避難させた訳だな。
食後の緑茶を飲みながらアヤコばあちゃんの演説を聞いていたらーー。
「ちょっと、誰が化け物ですって?」
振り向くと、そこには銀髪のロングヘアでセーラー服を着た14歳くらいの少女が仁王立ちしていた。
何だ何だ。
いつの間にそこにいたんだ。
「……君、誰?」
「さっきマサルが始末した『フリッグ』じゃの。天界に還ったはずなのに何しにきたのじゃ」
「え!? さっきの大女!?」
すると『フリッグ』は顔を真っ赤にして激昂した。
「大女とは何よ!! アヤコ、アンタの孫はアンタに似て神に対する口の聞き方がなってないようね!!」
少女は銀髪をサラリと手で振り払いその青い瞳を露わにした。俺や、アヤコばあちゃんと同じ色をしていた。
ついさっき、俺の身体を巨大な舌で締め上げたあの化け物とは似ても似つかない。
「それにしても、日本のこの女子用せえらあ服というのは良いわね。元は軍服ってやつだったんでしょうけど可愛くアレンジされてるわ」
「それはどうも……」
俺は思わず恐縮して訳の分からない礼の言葉を返した。
「アンタに言ってるんじゃないわよ。それより! さっきのあの魔法は何よ!! 死ぬんじゃないかってくらい痛かったわよ、もっとマシなやり方は無かった訳!?」
そんな事言われたって、エニグマのキーボードを叩いただけであんな悲鳴を上げられるとはこっちだって予想外だったし。
「しかしフリッグよ、お前さんは何しに来たのじゃ。まさか遊びに来た訳でもあるまい。それとも暇なのかの」
「暇とは何よ、暇とは!! 私はねえ……!!」
アヤコばあちゃんは相変わらず呑気に緑茶をすすり、お菓子を食べていた。
「マサルよ、シスコンと牛乳があるぞ。食べんか」
シスコーンの事らしい。『ー』を省略しただけで意味がとんでもなく違ってくるんだな。
残念ながら俺には姉も妹もいないが。
「じゃあ、食べようかな」
バーガーと『ライスッカレー』で腹はいっぱいだったがアヤコばあちゃんの持って来てくれる食い物は別腹に思えた。
「ちょっと!! 私が話してるのよ、人ーーじゃない、神の話を聞きなさいよ!!」
「うるさいのう、何か用事があるんだったら早く済ませてくれんかの。年寄りと子どもは夜が早いんじゃ」
台所から『シスコン』と牛乳を持ってきたアヤコばあちゃんは「いけないいけない、皿とスップーンを忘れた」と言ってまた台所に戻っていった。
ますますもって激昂した女神は、俺に人差し指を突き付けた。
「ちょっと!! アンタ!!」
「なんすか」
女神という事で、一応敬語を使ってみる。
「さっきは痛かったわよ!! 稲妻に打たれたみたいだったわ!! ……でも、ま、まあ私も意識を半分乗っ取られているとは言え舌で巻き取ったのはやり過ぎだったわ」
「はあ」
「まあ、何だかんだ言ってアヤコとアンタのチカラで元の姿に戻れたのはーーも、戻れたのはーー確かだから、か、感謝してやってもいいわよ?」
またまた残念ながら俺にはツンデレ好みの気も無い。
しかし、フリッグの言葉は台所から戻ってきたアヤコばあちゃんの繊細な琴線には触れてしまったようだ。
「おい、フリッグよ!! 何を儂の可愛い孫に色目を使っておるんじゃ!! 儂はマサルが死ぬまで世話をするんじゃ、もしくは、マサルの嫁に貰うとしたら真弓子ちゃんと決めておるんじゃ!!」
「アヤコばあちゃん!! 勝手に俺の結婚事情を決めないでくれ!!」
フリッグの方はちょっと呆れた顔をして、
「色目なんて使うもんですか!! 私は女神よ!? アンタ達これから忙しくなるでしょ、何しろ浄化待ちの元女神達は沢山いるんだから! 私はそれを手伝ってやろうと言うのよ、感謝なさい!!」
「最初に『ロキ』の魔術にかかったお前さんには任せられないがのう。大体、女神がなんじゃ。日本の古事記では登場『人物』ほぼ全員神か女神じゃ」
「何ですって!? また侮辱!? また侮辱!? 日本とは違うのよ!!」
この女神は所謂ダ女神なのだろうか。
しかしてフリッグは俺の目を間近に見据えて、
「知ってるでしょうけど、私は人の運命を読み取る女神よ」
と呟いた。そして、こう言った。
「マサルっていったわね。アンタ、これから自分が思ってる以上に難しくなっていくわよ」
「儂が守るから大丈夫じゃ」
アヤコばあちゃんは憤然として言い放った。
「マサルには、こんぴゅうたあ以外の事はさせん」
彼女がどんなに俺を大事に思ってくれているかが分かるセリフだった。
俺の右の黒目がまた反応した。
「ふうん、大した孫バカね」
フリッグはまたサラリと銀髪をかき上げた。
「ところで、フリッグよ」
「何よ」
「お前さんは、これからもこの日本で『フリッグ』という名前で過ごすつもりか?」
「当たり前でしょ? この名は私の女神としての象徴なんだから!」
「しかしの」
アヤコばあちゃんは緑茶をずずっとすすり、銀髪少女に目を向けた。
「『フリッグ』という名は、ここではあまり聞きなれないし、響きもそんなに美しくは感じられんのじゃ。女らしくないしの。何より呼びにくい」
「なっ……え、そうなの? 響きが良くないの?」
ダ女神フリッグは動揺した様子である。
「そこでじゃ。お前さんがここに居てくれる間、日本人らしい仮名を付けてその名前で呼ぶとこちらとしても気楽なんじゃが」
「日本人らしい名前……? 例えばどんなよ」
アヤコばあちゃんは少し考えた様子で、
「そうじゃの、『梅子』という名はどうかの」
「ウメコ……?」
俺はちょっと、え? と思ったが面白いので黙っていた。
フリッグは訝しげに
「その、『ウメコ』というのは、その、日本ではイケてる名前なのかしら?」
と聞いた。
「当たり前じゃ! 今日本では一番とれんでぃーで有名な名前じゃぞ。何しろ、数年後には5000円札の肖像画になる歴史的女性の名前じゃ。胸を張って『梅子』と名乗るがよい!」
「へ、へえ、お札にねえ……」
フリッグはアヤコばあちゃんにすっかり騙されたようだ。
……いや、アヤコばあちゃんに悪意があるはずが無いのでお互いの意思が合致したと見て良い。
「分かったわ。じゃあ、ここにいる間は私の事を『ウメコ』と呼んでもいいわよ」
こうして、銀髪の女神は『梅子』と名付けられたのであった。
俺は正直、全国の梅子さんには悪いが笑いを堪えるのに必死だった。
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