第10話 カッツェ〜猫とかいう可愛い生き物

「マサルや、お昼が出来たぞ。今日のメニューはソーメンちゃんぷるうじゃ」


自室でソシャゲをしていた俺にアヤコばあちゃんが階下から声をかけてきた。


アヤコばあちゃんの作る料理はいつだって絶品だ。


ちょうど腹が減っていたのを察知するかの如く昼を作ってくれたアヤコばあちゃんの待つ居間へと急ぐ。



「普通のソーメンでも良かったんじゃがの。やはり暑い日にこそ熱い物をじゃ」


野菜の沢山入った『ソーメンちゃんぷるう』をハフハフと美味しく頂いた。

ゴマ油がプラスされていて実に良い。


愛子の食べ方も相変わらず品が良いーーと感心していると、一緒に食卓を囲んでいた梅子が俺の方にジッと視線を送っている。


「マサル、後で話があるわ」


アヤコばあちゃんはそれを聞き、


「梅子!! またマサルに色目を使う気か!! ええい、この色ボケ女神め!!」


と激怒した。


「何回言わせれば分かるのよ、誰が人間なんかに色目を使うもんですか!!? あと色ボケって何よ!!?」


とこれまた激怒する。



「で、話ってなんすか」


アヤコばあちゃんが食後の片付けをしている間に、俺は梅子に呼び出された。


「ねえ、アヤコってドイツで巫女をやっていた子どもの頃から物怖じしない性格だったけど、何か苦手な物とか弱点なんかは無い訳?」


「なんすか急に」


梅子は正座して腕を組み、


「この前の海の件を忘れてないのよ、私は!! 女神たる私を釣竿で一本釣りするなんて侮辱もいい所だわ!!! あと私を柱に括り付けた事もあるし!!!」


と叫びに近い大声を上げた。

何と執念深い女神なんだろう。俺はこいつの女神らしいかっこいい振る舞いを今まで一度も見た事が無い。


「アヤコばあちゃんに弱点ねえ。難しいんじゃないすかね」


確かに孫バカでなく、アヤコばあちゃんの弱味なんて想像できない。


アヤコばあちゃんは、可愛いし、子猫のようにモチモチしてる所も愛らしくて好きだし例のようにとても料理上手。


巫女をしていただけに度胸もあり、梅子の言う通り何があっても物怖じしない。


そう言えば、アヤコばあちゃんは完璧にこの上なく近いと思う。


「何とかしてアヤコの泣きっ面を見てみたいものだわ」


「悪いけど、それ無理っすよ。アヤコばあちゃん虫とかさえ怖がらないし」


「2人で一体何を話しているのじゃ」


洗い物を終えたアヤコばあちゃんがやって来た。


「アヤコ、アンタ怖い物とかない訳?」


って、本人に直接聞いちゃ俺と2人になった意味が無いだろうに、梅子はジロリとアヤコばあちゃんを睨んだ。


しかしてアヤコばあちゃんは、


「ハハ、儂には怖い物など存在せん。強いて言うなら、マサルに何かあったら動揺では済まないかもしれんな」


と余裕の表情だ。


「所で、今日は真弓子ちゃんが訪ねてくるんじゃなかったかの。羊羹と熱いお茶を用意しておこう。美味しい芋羊羹があったんじゃ」


と、いそいそとキッチンに戻った。




「こんにちはー!! お邪魔しますー!!」


しばらく経ってから、予定通り真弓子がやってきた。


手には何やら荷物を持っている。


「真弓子、それ何? キャリーケースみたいに見えるけど」


俺が聞くと、


「当たり!! 実はね、最近ウチでペットを飼い始めたの!! とっても可愛いから、見せに来ちゃった」


と言って、真弓子はキャリーケースをかまちに置いた。ペット? この小ささは仔犬だろうか。


「ペットか。そう言えばお前犬好きだったもんな」


「おうおう、犬か。儂は犬は大好きじゃ。可愛くて賢くて、昔から人間の友達と言われているしのう」


と、アヤコばあちゃんも喜んでいる。



「犬じゃないのよ」





「ニャー」



真弓子がキャリーケースの蓋を開ける。出て来たのはキャラメル色の小さな仔猫だった。


と、






「に゛ゃあああああ!!!」





……に゛ゃあああああ?


聞いた事もない鳴き声だ。真弓子の連れた猫がよその家に慣れなくてパニクってしまったのだろうか。


と、一瞬思って視線を鳴き声のあった方に向けるとーー声の主はアヤコばあちゃんだった。


アヤコばあちゃんが、今まで聞いた事もないような悲痛な叫びを上げて、腰を抜かしたように這々(ほうほう)の体で後ずさっていた。


「ア、アヤコちゃん!?」


真弓子がびっくりしていた。俺もそうだった。思いもしないアヤコばあちゃんの反応に周りにいた全員が固まった。


「猫じゃ、猫じゃ!!!!! 儂は猫だけは駄目なんじゃあ!!!!!」


やっと立ち上がれたアヤコばあちゃんは全速力で廊下の端に逃げていった。


「え、そうなの? 悪い事しちゃった……。ごめんねアヤコちゃん、知らなくて……。すぐケースに戻すからーー」


しかし、ここで我が意を得たりとニンマリしたのが梅子だ。

その喜びの顔は女神の癖に女神の祝福を受けた只の人間のようである。



「真弓子!! その猫を貸しなさいよ!!」


半ば引っ手繰るかのようにして真弓子から仔猫を奪い取り、アヤコばあちゃんにゆっくりと近付いて行った。

恐怖で顔面蒼白になるアヤコばあちゃん。


「おい、止めろよ!!」


「うるさいわね!! はーい、アヤコちゃん、可愛い可愛い猫ちゃんですよ〜」


「に゛ゃああああああ!! 頼む、猫は、猫だけは……!!!」


「アンタこんな小さいのですら怖いの!? おかしくて仕方ないわ!!」


高らかに笑う梅子。俺は急いで止めに入ろうとした。


「おい、止めろってば!!」


「うるさいわね!!ーーぎゃあああああ!!?」



バリッ。バリバリバリ。



「痛い! 痛い痛い痛い!! 顔を引っかかれたわ!!? ちょっと真弓子、この猫お仕置きが必要よ!!」


「あ、まだ仔猫だしちゃんと躾けてなくて……」


真弓子が申し訳なさそうに仔猫を引き取ろうとした。

まだ恐怖に震えているアヤコばあちゃん。


「全く、ーーでも良い物が見られたわ。アヤコのこの顔!!ーーぎゃあああああああ!!??」


バリバリバリバリバリバリ。


仔猫は再度梅子の顔を滅茶苦茶に引っかいた。

たまらず仔猫を手放す梅子。



「フ、フン。仔猫の分際で私を弱らせるとはなかなかやるじゃないの!!!」



と口では偉そうな梅子だったが、このダ女神はごく小さな仔猫に向かって土下座をしていた。


梅子の手から離れた仔猫は、


「ニャーン」


と鳴いてアヤコばあちゃんにすり寄っていった。

得てしてそういうものだ。自分の嫌いなものに逆に好かれてしまうと言う事は。


仔猫は動けずにいるアヤコばあちゃんの脚をよじ登り、顔を舐めた。ザリッザリッという音が聞こえた気がした。



そしてそれを最後に、アヤコばあちゃんは失神してしまった。





「昔、神の命令で鳥に変身させられた事があるのじゃ」


布団の中で目を覚ましたアヤコばあちゃんは、訥々(とつとつ)と昔話を始めた。



「『ロキ』の動向を探る為だったんじゃがの。鳩になって天空に飛ぼうとしたら、ジャンプした猫にひっ捕らえられてしまった。それ以来じゃ、儂は猫が何より駄目なんじゃ」


ちなみにあの仔猫は愛子が無言でアヤコばあちゃんから引っぺがし、黙って真弓子に手渡した。


「おじいさんがいた時はおじいさんが猫に出くわす度に追い払ってくれたんじゃがのう」


「これからは俺が追い払うよ。真弓子にもよく言っておいたから」


「ありがとう、マサルや」


梅子は顔に傷を付けられ仔猫にあろう事か土下座までした事を忘れ、「あんな小さい生き物をねえ」と嬉しそうにしていた。


「言っておくけど、梅子さん、アヤコばあちゃんに今度あんな事をしたらエニグマるから」


と俺が釘を刺してやったら、


「も、もうしないわよ!!? エニグマはやめて!!?」


などと恐怖におののいていた。


それにしても、アヤコばあちゃん自身が猫みたいなのに猫が怖いだなんて皮肉な話だなと俺は思った。



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