揺れるビジョン

「西陣から距離を取ってください!」

 東條が指示を出す。

「僕がヒット&アウェイで攻撃します!攻撃力のある敵には、それが安全かと。」

 青森が提案する。

「では、お願いします!その間に作戦を考えます!」

 早速、青森が西陣に蹴りにかかる。音速の蹴りだ。普通は避けられない。

 だが、西陣は片手で青森の足を掴み、蹴りを防いだ。

「ちょっと熱くするぞ。」

 西陣は、青森の足を持った右腕に力を込める。右腕の炎が青森の足を襲う。

「ぐぁぁ!」

 戦闘スーツを着用しているとはいえ、直接の炎に熱さを感じないわけはない。

 青森からうめき声が漏れた。

「青森さん!」

 緑澤が風を巻き起こし、西陣に放つ。

 西陣は掴んでいる青森を、向かってくる風のほうへほうり投げた。緑澤と西陣の直線上に、青森が投げ入れられた形だ。

 西陣はそのまま、青森、緑澤へ向かって炎を放つ。

 青森と緑澤を炎が襲う。緑澤はとっさに、西陣に風をぶつけることをやめ、炎を遮断するための防御の風を起こす。

 炎に巻き込まれていない金城は、横から西陣に近づき、攻撃を加える。

 だが、炎を出しながらも西陣は攻撃をガードした。びくともしない。西陣はそのまま反撃を加える。

「ちょっ、うわっ!」

 金城は攻撃をシールドでガードしたが、威力が高すぎて後ろに飛ばされる。西陣は緑澤と青森を攻撃している炎を止め、金城を連続で攻撃し始めた。

 金城は文字通り、防戦一方だ。

 青森がよろめきながら立ち、金城を助けに向かう。青森、金城の2人と西陣1人。2対1の戦いになっても、肉弾戦で西陣は2人を圧倒していた。

 加えて、緑澤が遠隔で攻撃しようとする絶妙なタイミングで、西陣は炎で緑澤を牽制する。

 3人相手に、西陣は優勢に戦いを運んでいる。

 東條は西陣を数秒でも止めようとするが、距離があるせいで思うように止めることができない。

 金城チームと東條はあらゆる作戦で西陣へ挑むが、西陣はそれを上回る。

 東條は、西陣が今でも最強の異能者であることを実感した。


 圧倒的な力で迫る西陣を相手に、時間が経つにつれて隊員たちに疲弊が現れだした。

「正直、きついっすね…」

 西陣はその様子を察知した。

「そろそろ、”石”をいただこうか。」

 西陣はそう言うと、ヒーローたちの隙をついて移送車を攻撃した。

 移送車の後部に西陣は炎をまとった一撃を加え、大きな穴をあけた。

「しまった!」

 東條は口走る。

 すぐに金城が西陣にシールドで体当たりをし、移送車から離す。

 東條はすぐに、移送車で待機しているサポートチームと移送車のドライバーへ安否を確認した。

『サポートチーム、ドライバー共に無事です!それより、東條司令官!”石”が保管されている区画に穴をあけられました!』

 サポートチームから返答。


 東條は、その区画に”石”があるかを確認するため、移送車へ西陣が明けた穴から入り込んだ。

「運が良いのか悪いのか…」

 東條はつぶやいた。

 そこには、”石”があった。

 東條の護衛する移送車が、当たりの移送車だったのだ。


 ”石”の前で、東條は立ち止った。

 東條の鼓動が早くなる。西陣の圧倒的な力を目の当たりにして、東條に葛藤が生まれる。

 西陣を金城たちが必至で止めている。

 赤崎、白川、他の隊員たちも、苦戦を強いられている。

 今、東條が”石”を停止させ、石を破壊すれば…この戦いは今すぐに終わるのかもしれない。

 そんな思いに駆られた。


「そうだ東條。それを壊せば、全て終わる。」

 西陣が後ろに立っていた。

 東條の心を見透かしたように、語り掛けた。

 東條は金城に問いかける。西陣がここにいるということは、金城たちがやられたことになる。

「金城さん、大丈夫ですか!?」

『…』

「金城さん!」

 金城の戦闘スーツに仕込まれたセンサーは、金城の心拍は止まっていないことを示している。だが、ひどく弱い。

 西陣が口を挟む。

「安心しろ。殺してはない。だが、3人とも重傷だろうな。

 全て、異能の力が引き起こしたことだ。

 そんな”石”、なくしちまおうぜ、な?」

 黙る東條に、西陣がなおも語り掛ける。

「お前の異能をコピーした女、いただろ?」

 東條は黙って西陣の話を聞いている。そんな東條に、西陣は話を続けた。

「あの女…四方も、異能の力に人生を狂わされた1人だ。

 あいつは、元々は普通の女子だった。

 だが、異能の力が発現して変わっちまった。四方の異能の力は、人の特性を真似るという能力だった。

 走りが早い奴の特性を真似れば、同じように走れる。話が上手いやつの特性を真似れば、同じく面白みのある話ができる。脳をスキャンして、その人の脳の状態を真似るというもんだ。」

 東條は自分の異能がコピーされた時のことを思い出した。確かに、脳を探られるような感覚だった。

「両親は喜んで、いろいろな優秀な人の特性を真似させた。だが、周りはどう思う?異質すぎる能力を持つものは、気持ち悪がられるのさ。

 四方は一生懸命、両親の期待に応えたが、結果的には世間から冷たい視線を浴びるようになった。

 あいつは情緒不安定になり、能力の制御が難しくなった。脳を真似る能力なんだ。人の感情も真似てしまう。自分を気持ち悪がる感情すらも、真似てしまうようになった。自分の感情、周りの感情、そんなあまたのネガティブな感情が混ざりある状態に耐えられず、四方は感情を無くした。

 四方の両親は、扱いがわからなくなり、施設に娘を預けたらしい。

 俺はあいつを施設から連れ出し、能力をトレーニングして異能の力だけを真似ることができるようにした。俺のチームの一員としての居場所を与えてやるために。

 今じゃ、完璧じゃあないが、それなりの精度で異能の力をコピーできる。俺の炎はコピーできなかったが、チームの主戦力だ。

 俺のビジョンを実現して、異能の力をこの世から無くすためにあいつは生きている。」

 東條は答える。

「美談を語りたいのか?それとも、不幸な異能者を自分のビジョンのために利用している話がしたいのか?」

「嫌味なやつだな。

 異能の力は存在するだけで悪影響だって言いたいんだよ。

 実際、お前も”石”を目の前に悩んでいるだろ?

 ”石”を壊しさえすれば、これ以上誰も傷つかねーんだ。お前さえその気になれば、戦いは終わる!」


 東條は自分の心が、自分のビジョンが、激しく揺れ動くのを感じた。


★つづく★

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