継続的な育成
那須賀が言った。
「前に仕事が忙しいって言って誘ってきたのは、数か月間だったな。
調子はどうだ?
ニュースではヒーローアソシエーションに襲撃が相次いでるって話しだから、大変そうだが。」
「…大変です。でも、那須賀さんの教えのおかげで、なんとか持ちこたえてます。」
「そいつは、良かった。伝えた甲斐があるってもんだ。」
「で、今日はさらに教えてほしいのですが…」
東條は今の自分を取り巻く状況を那須賀に伝えた。
そして、”2-3.継続的な育成”の必要性を感じているが、具体的な実施方法がわからないことも伝えた。
「那須賀さん、属人化の排除では、スキルアップをティーチングとトレーニングで実施することを教わりました。それである程度の成長はできるとは思います。
ですが、属人化の排除は、あくまでもチーム内で特定の人しかできないことを、他のメンバーにもできるようにするということです。それでは今チーム内でできていることがみんなできるようになるだけで、今チームができないことができるようになるわけではありません。
本当の成長って、何か新しいことができるようになることなんじゃないかって思ってるんですが、具体的にどうしたらいいのかがわからないんです。」
那須賀は少し考えを自分の中でまとめた後に、答えた。
「なるほどな。チームの成長って具体的にはどうしたらいいのか。そういうことだな。
だが、その前に”2-2.属人化の排除”と”2-3.継続的な育成”との関連を話そう。
俺が前に、属人化の排除はチームがより生産性の高いことをするために行う、と言ったのを覚えているか?」
「はい。」
東條は、ノートの該当箇所を開いた。
・特定の人間に集中した仕事をチーム全体に分散できることで、チームの安定性が上がる。
・その特定の人間はコアメンバーであることが多いため、コアメンバーがより生産性の高いことに時間がさけるようになる。
「この、より生産性の高い時間だがな。現状維持ではなく、よりビジョン実現にチームが近づくために行う活動が、より生産性の高い時間ってやつだ。
チームとしてもっと成長したい、もっとビジョンに近づきたいという思いがあるだろう。そのエネルギーを注ぐ時間を確保するために、属人化の排除は有効なんだ。
実際、東條のチームでも属人化の排除がある程度できたなら、コアメンバーの時間に余裕ができたんじゃないのか?」
「そうだと思います。」
東條は赤崎と白川の事を考えた。確かに、赤崎と白川への属人化を減らしたことで、2人の出動頻度は減らすことができるだろう。その分、疲労は軽減されると考えられるので、トレーニングなどに費やす時間やエネルギーはこれまでよりは増えるはずだ。
「そのコアメンバーは、今までチャレンジできなかったことにチャレンジできるはずだ。」
「なるほど…。ですが、時間やエネルギーが空いたからと言って、メンバーが自律的にチャレンジしてくれるのでしょうか?」
「基本的には、人間は保守的なので、しない前提で考えたほうがいい。」
「では、どうすれば…」
「マネージャーが何もしなければ、自律的には成長しない、という前提だ。
だから、マネージャーが、メンバーが自主的に成長できる環境を作ることが必要だ。それが"メンバーの管理"の"2-3.継続的な育成"となる。
属人化の排除の時に、ティーチングとトレーニングの話をしたこと、覚えてるみたいだな。」
「ええ。覚えています。」
「自主的な成長を促したい時には、ティーチングとトレーニングに入る前の段階に、必要なことがある。
それはコーチングだ。」
「コーチングですか?
コーチっていうと、スポーツで指導する人のイメージですね。」
「そうだな。マネジメントの世界でのコーチングは、メンバーに自主的な行動を促すためのコミュニケーション、と言われている。」
「はぁ。」東條はまだしっくりきていない。
「具体例を上げよう。
俺はこれまで、東條にマネジメントの方法を伝えていると思う。」
「そうですね。感謝してます。」
「元部下からの相談なんだ、俺も楽しんでやってるよ。気にするな。
で、居酒屋でマネジメントについてのティーチングを俺は東條に行っている。マネジメントのやり方を伝えてるんだ。
そして、俺が伝えた内容を東條は職場で実践している。トレーニングしてるってことだ。
俺は今、東條に対しては全くコーチングをしていない。なぜなら、東條はマネジメントが必要だと理解しているからだ。」
「私が必要性を理解しているから、コーチングは不要…?」
「すまんすまん、分かりにくかったな。
コーチングについてもう少し分かりやすく説明しよう。
東條、メンバー自身が、成長が必要と思うには何が必要だと思う?」
「それは…成長が必要とメンバーに思わせることでしょうか。」
「何がメンバーに成長が必要と思わせるかな?」
「えっと…目的意識、というやつですかね。」
「なるほど。じゃあ、その目的意識は、何をしたらメンバーに芽生えるだろうか?」
「メンバーが困っていていることが何であるか明確にして…その困りごとは成長することで解決できる、と認識させることでしょうか。」
「ほほう。メンバーに困りごとを明確化させる。そして、それを克服してもらうには成長が必要と思ってもらう。そういうことだな?」
「はい。そうですね。」
「なら、メンバーに困りごとを明確化させるには、東條は何をすればいい?」
「メンバーを観察するとか…」
「なるほど、他には?」
「メンバーから話を聞くとか…」
「ほうほう。じゃあ、東條はメンバーにはどんなふうに何を聞くのが良いと思う?」
「そうですね…。今、那須賀さんが私に話してるみたいに、メンバーに抱えている課題を質問していくことでしょうか。」
「なるほどな。
東條、これがコーチングだ。」
「え?」
東條は状況を理解できない顔で反応した。
「東條は今日、俺にメンバーを成長させるにはどうしたらいいか、聞きにきたろ?」
「はい。そうです。」
「でも、俺は今、お前には具体的にこうしたらいい、というようなことは言わなかった。つまり、ティーチングはしなかった。
ただ、質問を繰り返しただけだ。メンバーが成長するにはどうしたらいいか?ってな。
俺は、東條に質問し、東條に考えさせた。そして、東條は自分で答えを出した。
俺が今やっていたように、メンバーに質問していくことが必要だという答えをな。
コーチングっていうのは、そういう風にメンバーに質問し、メンバー自身に考えさせ、答えを導き出すことなんだ。」
「メンバーに考えさせる…メンバー自身が答えを持っているということですか…。」
「そうだ。自分で必要なことを考えついたメンバーは、なぜそれが必要なのかを理解できている。
必要性や目的意識をメンバーが持てば、自分で成長していってくれる可能性がある。
メンバーが成長する方法について自分でたどり着けない場合は、ティーチングやトレーニングが必要となるがな。
自律的な成長には、コーチングでメンバーに自分の成長について、気付きを与えるんだ。」
東條は”前衛の攻撃回避”や”後衛による死角からの攻撃”についての属人化の排除のため、紫村や黒峰にスキルアップの方法を伝えた時のことを思い出した。
2人は赤崎や白川を先輩として慕っている。そのため、先輩に近づく方法として伝えたスキルアップ方法は、積極的に聞いてくれたしトレーニングを実施してくれた。
これが、紫村も黒峰もスキルアップの必要性を理解していなかったらどうだっただろうか。スキルアップなんてしなくても、今のままでも十分戦える、そんな気持ちを持っていたら。
2人は東條に言われて、命令としてスキルアップのトレーニングをしていたことだろう。だが、取り組む積極性には大きな違いが出る。恐らくは、2人の今ほどの成長はなかったに違いない。
コーチングは、2人がスキルアップについての必要性を認識していなかった場合には、必須だったのだろう。東條は振り返って、そう気が付いた。
那須賀の話は続く。
「コーチングは重要なマネジメントの要素だ。だが、コーチングを効果的に実施するには信頼関係が必要になる。
想像してみろ。話しにくい相手には、何を質問されても本音では答えづらいだろ?」
「そうですね。否定されるかもしれない、怒られるかもしれない。そんな感情があると、本音は出せないでしょうね…」
東條はふと気が付いた。
「今、那須賀さんが言った信頼関係って…”1.自分の管理”にある”1-1.信頼関係を築く行動をとる”のことですか?」
「よく気が付いたな。その通りだ。信頼関係がないと、コーチングは効果を発揮しない。
メンバーはマネージャーに対してなんでも話せる関係でなければ、本音で質問に答えてくれない。
そして、"2-1.メンバーの要望/疲労状態の把握"を普段から実践して要望を掴まないと、的確なコーチングの質問も難しい。」
「”自分の管理”と”メンバーの管理”はつながっているんですね。」
「前にも言ったが、”自分の管理”ができていない奴に”メンバーの管理は”できない。そういうことだ。」
東條は、チーム成長に必要なことについて、那須賀の教えをノートにまとめた。
”自分の管理”で
・信頼関係を築き
・メンバーのことを考える時間を作り
”メンバーの管理”で
・メンバーの要望を確認し
・コーチング、ティーチング、トレーニングを実施する
東條は書き留めた後、那須賀に聞いた。
「コーチングが、成長が必要という意識付けに必要なのは分かりました。
コーチングって、質問するってことなんですか?」
「質問することという認識に間違いはない。が、どんな質問でもよいというわけではない。
相手の考えを整理する、または相手に気付きを与える質問でなきゃいけない。」
「気付きですか。」
「コーチングも筋トレと同じで練習しないと身に付かないもんだ。
だが、初めてコーチングする場合には便利なツールに頼るといいかもな。」
「ツール?」
「ツールって言っても物理的な道具じゃない。考え方のツール、フレームワークとか言われるやつだよ。
GROWモデルという問題解決のフレームワークがある。まずは、GROWモデルを使ってコーチングを進めるといい。
GROWはそれぞれある言葉の頭文字をとっている。」
・Goal(なりたい姿)
・Reality(現状)
・Options(対策の選択肢)
・Will(何をするかの意志)
「まずはなりたい姿を質問して、相手のGoalを明確にする。
次に、相手の現状、Realityを質問し、確認する。そうして、なりたい姿と現状のギャップを認識させる。
そのギャップを埋めることが、成長するということになる。」
「ギャップを埋めることが、成長…」
「そして、ギャップを埋めるために必要な選択肢、Optionsを、質問して相手に考えてもらう。
最後に、その中からどの選択肢を取るかの意志、Willを確認する。」
「もし、相手が思うように選択肢を考えつかない場合はどうしたらよいですか?」
「確かに、相手の経験値などにより、うまく選択肢を導き出せないことはある。その場合は、こちらから選択肢を出すといい。そして、選んでもらう。
そして、選んでもらった選択肢について、相手に実施するだけの知識がない場合は、ティーチングでやり方を教える、ということになる。」
「なるほど…。なんだか難しそうですね…。」
「難しいと考えると本当に難しくなるぞ。さっきも言ったが、こういうのは筋トレと同じで、くり返しやってみて身につけるしかないんだ。次第にできるようになるさ。
メンバーにゴールや現状を確認する癖をつけるといい。前に"2-1.メンバーの要望/疲労状態の把握"の時にも言ったと思うが、メンバーと話す時間を取るんだ。まとまった時間が取れれば一番良いが、無理なら数分、メンバーとすれ違ったときでもいい。
とにかく、実践あるのみだな。」
★つづく★
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