ビジョンとは

 赤崎、白川、黄原のヒーローとして活動する思いは三者三様だった。

 東條は、皆が一つの方向を向いて活動できるような対策をとらねばならないと強く感じた。

 このままでは、いずれ各人が壁にぶち当たる。例えば、赤崎の場合は1人では戦えない状況が必ず来る。異能犯罪者が結託して大人数での戦いを、または長時間の耐久戦を仕掛けてきたら、いくら赤崎といえども命を落としかねない。

 組織やチームとは、一人ひとりの専門分野を合わせて互いを補い合い、相乗効果をもってより高い成果をあげるためのものだ。赤崎がさらなる成果をあげられるようにするには、チームとしての行動が欠かせない。

 白川は指示されたことや、ある程度移譲された業務については的確に動けるようだが、自律的に動くことが苦手なようだ。チームとしての方向性を掲げ、行動の指針の一助とする必要がある。

 黄原については、人を守るという意識が強い。悪いことではないが、チームとしては人命保護を別のメンバーに指示し、黄原には他の任務を与える場合もあろう。また、攻撃は最大の防御、というように、異能犯罪者の無力化を優先することが結果的に被害を減らすという状況もある。だが、その時も黄原は一般人の保護を優先してしまうかもしれない。つまりは、成果につながらない仕事をしてしまう可能性がある。


 これらはあくまでも東條の想定である。何せ一度しか出動していないし、一度しか面談をしていない。だが、チームの連携をおろそかにすると大きな事故になるヒーローの戦いにおいては、これらの意識の違いは致命的となる。


「組織としてのビジョンを作ることが必要だな。」

 東條はそう独りつぶやくと、3つの管理の一つ、”1.自分の管理”を思い返した。


 "1.自分の管理"として那須賀から教わった項目を、東條はノートに下記のように記載している。


 1.自分の管理

  1-1.信頼関係を築く行動をとる

  1-2.ビジョンを共有し続ける

  1-3.マネジメントの時間確保


 その中の一つ、”1-2.ビジョンを共有し続ける”。

 それに関する那須賀との会話を反芻した。


 ***


「組織には、ビジョンが必要だ。組織内のメンバーはそれぞれ、違う考え方、感じ方を持っている。皆、別の人間なんだから当然だ。だが、皆が同じ方法を向いていないとチームとしての成果が出しづらい。」

 那須賀が言った。東條がそれに返す。

「ビジョン…ですか。」

「そうだ。チームとして目指すべきもの、とでも言うべきかな。チームの方向性を示すものとして、世の中にはミッションとかビジョンとか、経営理念なんて言い方もある。厳密にはそれぞれ言葉の定義の違いはあるが、俺はメンバーに違いを説明するのが面倒なので、ビジョンで統一している。簡単に言うと、”チームとしてどういうことをして、社会に対してどういう状態を実現したいのか”というのがビジョンだ。」

「そういえば、那須賀さんは常日頃から『ヒーローの活動を武装で支えることで、異能犯罪の無い平和な社会を実現する』と言ってましたね。それがビジョンだったんですね。」

「覚えていてくれて嬉しいよ。あくまでうちの会社は民間企業だ。本来、売り上げや利益が大事なのは分かっている。でも、俺はビジョンを『ヒーローの活動を武装で支えることで、異能犯罪の無い平和な社会を実現する』とした。ヒーローたちが異能犯罪者のない世の中を実現できるような戦闘スーツがあれば、売り上げなんて意識しなくてもヒーローたちに需要があって売れるはずだ。

 もし俺がビジョンを掲げていなくて、メンバーの中に売り上げだけ考えているような人間がいたとしたら、本当にヒーローたちのことを考えた製品ではなく、チームメンバーは売ることを目的とした製品を考えてしまうかもしれない。極端な言い方をすれば、売るために数度の戦闘でワザと破損するようなものを作ってしまうかもしれない。」

「そんな人間、那須賀さんのチームにはいなかったですよ。私を含め。」

 冗談っぽく東條は言った。

「極端な例って言っただろ?

 ヒーローにもヒーローのビジョンがきっとあると思う。まずは自分なりにビジョンを考えると良い。そして、メンバーにもどんな思いがあるのか話を聞いて、ビジョンをブラッシュアップするんだ。

 それがチームとしてのビジョンになる。」


 ***


 東條は、3名の隊員の話を聞いた。さらに、他のすべての隊員の話も聞くべきだと考えた。だが、まずは自分の思い、つまりは"ビジョン"について向き合う必要があるだろう。

 東條は、次の"自分の管理"として、チームとしてのビジョン作成に着手した。


 そうして、東條が司令官として着任してから、2週間が経過しようとしていた。東條は司令官の業務に慣れることに必死だった。

 2週間の間に、初回の出動を合わせて、合計で7度の出動要請があった。

 相変わらず赤崎は毎回出動しようとするのだが、二度、東條は赤崎を出動させなかった。

 どちらも東條が待機命令を出し、赤崎をオフィスにおいた。赤崎を制する意味合いを込めて。

 だが、その二度の任務の結果を見て、異能犯罪者捕獲部隊が赤崎の力に大部分、頼ってしまっていることを東條は痛感した。赤崎が出動した時に比べ、赤崎不在の出動では隊員の負傷が多かったのだ。赤崎が休暇の際にも同じような結果である。

 東條は赤崎を可能な限り出動させることを、その後は選ばざるを得なかった。4年前の戦いで多くのヒーローを失ったことのツケとして、ヒーローアソシエーションの弱体化が起きていることを東條は痛感した。人材不足である。

 赤崎に頼り切っているという現状は問題だが、それ以上に赤崎に単独行動が目立つことをなんとかせねばならない。

 赤崎に頼っている状況だからこそ、彼の指示を無視した行動は問題なのだ。その行動は隊員の命を脅かしかねない。


 また、今の異能犯罪者捕獲部隊の雰囲気が良くないと感じていた東條は、赤崎、白川、黄原以外の隊員とも会話を繰り返し、それとなく今の仕事についてどう思っているのかを聞いた。

 ”ただただ、出動要請に応じることが仕事”と考えているものや、”異能犯罪者を取り締まるということをやっているのは分かるが、目の前の敵と戦うというだけの日々が、正直つらい”という意見を持つものもいた。

 これは、隊員たちに組織の方向性を示すことができていないがゆえに、彼らが盲目的に目の前のことだけをこなさざるを得ない状態になっているのだと東條は思った。

 このままでは、隊員たちがやりがいを感じることなどできないだろう。死と隣り合わせの業務なのだ。そんな思いでは、いつか隊員たちはつぶれてしまう。自律的な行動も期待できない。


 今の状況を打開するためには、まずは"1.自分の管理"の一つ、"1‐2.ビジョンを共有し続けること"の実践である。とにかくビジョンを考えなければ始まらない。


 初回出動の後に行った、赤崎、白川、黄原の3人との面談から2週間、東條は暇さえあれば、自分のビジョンと向き合っていた。自分がなぜヒーローをしていたのか、そして今、なぜ司令官をしているのか。

 東條はまた、那須賀との会話を思い出す。


 ***


 東條が那須賀に問いかける。

「ビジョンって、どうやって考えればいいんでしょうか?いや、そりゃあ、とにかく考えればいいんでしょうけど…なにかアドバイスはないですか?」

「欲しがる奴だなぁ。」

 那須賀は笑いつつ言った。

「まぁ、そういう貪欲に何かを知ろうとするところが東條の良いところだ。で、ビジョンってのはつまるところ、社会に対して何を実現したいか、だ。お前はヒーローやってた時、何を実現しようとしていたんだ?」

 東條は少し考えて、こう答えた。

「異能犯罪をこの世からなくしたいっていう思いでした。戦闘スーツの企画をしている時も、同じ思いでしたが。」

「なるほどな。が、もうちょっと掘り下げようか。なぜ異能犯罪をこの世からなくしたいと思っているんだ?

 ちなみに、俺の作ったビジョンである『ヒーローの活動を武装で支えることで、異能犯罪の無い平和な社会を実現する』は、平和にみんなが生きる世の中にしたいという思いから考えた。」

「なぜ…異能犯罪をこの世からなくしたいか、ですか…。そりゃ平和にしたいってことはありますが…。」

 東條はそんなことは考えたこともなかった。異能犯罪をなくすというのは、一種の使命感であり、当たり前にすべきことだと思っていたからだ。

 悩む東條に、那須賀は言った。

「それを一生懸命掘り下げた先に、お前のビジョンがあるよ。」


 ***


 元々、東條も白川と同じで、異能を生かした仕事をするという理由だけで、そこまで深く考えずにヒーローアソシエーションへ入った。

 だが、ヒーローに関わってすでに十数年たつのだ。ここまで自分を突き動かしてきた、何かがあるはずである。

 東條は自分のビジョンを整理する。

 なぜ異能犯罪をなくしたいのか?

 困っている人を助けたいから?

 困っている人を助けたいのであれば、警察でも他の仕事でもよかったはず。なぜヒーローを選んだのか?

 ヒーローへのあこがれがあったから?

 異能犯罪者への恐れがあったから、あえて立ち向かおうと思った?


 東條は深く、深く考えた。

 ノートに書きだし、考えを整理してみたりもした。だが、なかなかまとまらない。

 東條は気が付いていた。自分自身、考えることを避けているのだ。思い出したくない記憶がある。だが、自分に正直に向き合うために、その記憶を詳細に思い出す必要がありそうだ。

 そう、4年前の戦い、通称”悪夢の日”と呼ばれている日の記憶である。

 東條はゆっくりと、あの頃を思い返した。


★つづく★

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