優先すべき管理とは
現場にヒーローたちが到着するまでの間、東條は状況をパソコンに書きながら整理していた。
那須賀に教わった次の3つを意識しながら。
・指示のゴールとタスクの明確化
・指示の明文化
・指示の必要性の提示
書き出したことは次の内容だ。
・無力化すべきターゲットは2名。若いチンピラ風情の男、2人組
・ターゲットAは触れた人間の触れた部分を破壊する能力、ターゲットBはターゲットA仲間のようだが、異能者かどうかは不明
・一般人ともめ事となったらしく、ターゲットAが激昂し、その一般人に危害を加えようとしたが、その一般人は逃走
・怒りが収まらないターゲットAとターゲットBは逃走した一般人を追い、次々に障害物となる人々にけがを負わせている
・ターゲットは繁華街の人混みの中におり、被害が増え続けている
「ということは、ゴールとタスクはこれだな。」
東條はそうつぶやいて、指示内容を明確化するため、パソコンに文字を打つ。
・ゴール
ターゲットAとターゲットBを無力化し、捉えること
・タスク1
一般の人々をターゲットから遠ざけること
・タスク2
ターゲットBが異能者である可能性は十分にある。そのため、白川の死角からの麻酔弾による銃撃で不意打ちし、先にターゲットBを無力化する
・タスク3
ターゲットAを赤崎と黄原で無力化する
恐らくは、黄原の能力はターゲットAの能力に対抗することができる。
黄原典正。28歳。筋肉隆々で体が大きいが、気が小さくて他の隊員たちには遠慮がちな性格だ。
能力は”鋼鉄化”。体が鋼鉄のように硬化する。そのまま殴ればハンマーのような強力な攻撃となるし、鋼鉄化した体はあらゆる攻撃をはねのける。
頑丈さだけなら、赤崎を上回る能力だ。
東條はこれまで類似の異能者と対峙した経験から、ターゲットAの人体を破壊するような能力は、鋼鉄化した体には効かないと考えた。
今回の場合、ゴールは指示しなくても明確だが、それに至るプロセスは多岐にわたる。もし、「ターゲットの無力化を頼みます。方法は臨機応変に。」なんて指示を出すと、3人は誰が何をすべきか連携が取れず、迅速な行動ができない。結果としてターゲットの無力化はできたとしても、一般人やヒーロー側に被害が出てしまう恐れもある。
ヒーローは人々を守るために立ち上がった存在だ。異能犯罪者を捕まえるために一般人や仲間の隊員を傷つけては、本末転倒である。
東條はそうならないように、明確な指示内容を意識した。
ヒーローの戦闘スーツには、フルフェイスのマスクがついている。それを通じてオフィスと現場の隊員の間で電話のように通信したり、画像や動画をマスク内のディスプレイに表示させることができる。既にその機能により、捜査部隊から現在わかっている情報、例えばターゲットの写真や現場の状況は、3名に共有されていた。
東條はサポートチームに対して、3名のマスクに東條のパソコンに記載したゴールとタスクを表示するよう伝えた。"指示の明文化"である。
「赤崎さん、白川さん、黄原さん。今回のゴールと、その手順は今表示したものになります。もちろん、状況によっては変わりますが、一般人に危害を与えない、かつ安全にゴールを達成するため、基本的にはこの指示に従ってください。タスク1は警察に要請を出し、すでに一般人の避難を開始しています。逃げ遅れた方がいる場合、先に現場に到着するであろう赤崎さんが避難を先導してください。」
「…」
赤崎は返事をしない。
「赤崎さん、分かりましたか?」
「…了解。」
ふてぶてしく、赤崎が答えた。
気を取り直して東條は続けた。
「タスク2についてですが、ターゲットBが一般人か異能者かすらわからないので、麻酔弾で速やかに無力化してください。白川さんにしかできないことですので、よろしくお願いします。そのままターゲットAを仕留められそうであれば、継続して麻酔弾で狙ってください。場合によってはより殺傷力の高い弾への切り替えも視野に入れて。」
「はい、了解しました!」
白川が答えた。
「タスク3についてですが、ターゲットAが身体能力の高い異能者の場合、白川さんの攻撃が通じない可能性があります。そして、おそらくはあの手の能力者は経験上、身体能力も高いです。よって、ターゲットAは赤崎さんと黄原さんの2人で無力化するものと思ってください。ターゲットAの能力には黄原さんの鋼鉄化が有効と思われます。黄原さんが相手の攻撃を受け止めた後、赤崎さんの攻撃で無力化してください。」
「了解です。私もその方法が良いと思います。」
黄原が答えた。
その直後、赤崎から舌打ちが聞こえたような気がした。
ヒーローの戦闘用スーツには心拍数を図る機能がついているのだが、黄原の心拍数が少し上がった。
東條はますます不安になった。
東條は"指示の必要性の提示"を意識し、それぞれのタスクの必要性を伝えたつもりだった。3名が指示に納得感を持つようにと。だが、少なくとも赤崎は納得していない様子だ。
なぜ納得していないのかを聞きたかったが、そんな暇もなく、すでに赤崎が現場に着こうとしていた。
東條が言った。
「赤崎さん、一般人が少し逃げ遅れているようです、まずは避難を優先してください。」
「いえ、あの程度の奴らならすぐに無力化できます。そんな回りくどいやり方は必要ありません。」
そう言い放つと、赤崎は東條の指示を無視して、ターゲットAに向かってビルの上から飛び降りた勢いで突進し、蹴りを繰り出した。
ターゲットAにクリーンヒットし、ターゲットAは気絶、無力化された。
しかし、赤崎の蹴りはすごい衝撃である。逃げ遅れた一般人は何が起きたかわからず、パニックとなった。
東條は叫んだ。
「何をしているんですか赤崎さん!指示に従ってください!」
赤崎は無視してつぶやく。
「ターゲットA、無力化完了。司令官の指示に従うより、この方が早かったでしょう?続けてターゲットBを…」
だが、ターゲットBが見当たらない。
「赤崎さん、ターゲットBは透明になるような、姿を消す能力である可能性が高いです!すぐにその場を離れてください!」
そう東條が言うや否や、赤崎に急に衝撃が走った。見えない誰かに、何か硬いもので殴られたように。赤崎はよろめいたが、持ちこたえた。ダメージ自体は軽微なようだ。
東條の考えた通り、ターゲットBは"透明化"の能力のようだ。見えない状態のターゲットBは、急に仲間がやられたことにパニック状態なのか、無差別に一般人を襲い始めている。
人々もまたパニックであり、どこへ逃げるべきかも分からず騒然とした。
その時、到着した黄原が一般人を守るように、手を広げて身を乗り出した。
「キィーン」と高い音が鳴った。
黄原の鋼鉄化した体に、ターゲットBの持つ鉄製の武器、音から察すると鉄パイプや金属バットのようなものが当たったのだろう。
「ドサッ」という音が黄原の前で鳴った。
ターゲットBが反動で倒れたと思われる。
白川も現場に到着していたものの、どうすればよいか分からず、終始立ち尽くしていた。
倒れた音が鳴ったあたりに向け、赤崎が瞬時に詰め寄って蹴りを繰り出した。
「うげぇ」という声とともに、ひしゃげたパイプ椅子を持ったターゲットBの姿が現れた。道端に、混乱で誰かが放置していったものを拾って武器にしたのだろう。
赤崎の蹴りを受けたターゲットBは、倒れたままピクリとも動かなかった。
「…ターゲットB、無力化完了。」
赤崎が静かに言った。
結果的にターゲットの無力化はできた。だが、一般人に被害が出てしまった。赤崎も軽微だが、ダメージを負ってしまったようだ。
「後は護送部隊に任せましょう。3人とも、お疲れ様でした。オフィスへ戻ってください。フィードバックは戻ってからにしましょう。」
東條は3人にそう伝え、じっと目を閉じた。
那須賀の話を思い出す。
***
「"1.自分の管理"、"2.メンバーの管理"、"3.仕事の管理"の3つは、全て大事でどれか1つだけ実施すれば良いと言うものじゃあない。だが、もしどの管理もできていないチームがあるなら、まずエネルギーを注ぐべきは、"1.自分の管理"だ。」
「直感的には、成果を出すには"仕事の管理"が大事そうに思えますね。成果って、仕事の結果な訳ですから。」
「そう思いがちだ。でも、俺は"仕事の管理"は、3つの管理の中では最も注力すべきでないと思っている。」
「え、そうなんですか?」
「決して"仕事の管理"が重要ではないという意味じゃあない。ただ、3つの管理の中では、最も意識しなくてもできるものだと思っているからだ。
とはいえ…"仕事の管理"を優先して考えてしまうのも無理はないかもな。日本においては、プレーヤーが昇進してマネージャーになることが多い。東條も元ヒーローで、マネージャーになるんだろ?まさにプレーヤーからマネージャーというキャリアだよな。
プレーヤーは基本的に、個人の仕事で成果を出す。要するに、個人の"仕事の管理"でプレーヤーは成果を出しているんだ。だから、元々プレーヤーだったマネージャーは、プレーヤーのころと同様に、"仕事の管理"ばかりしてしまいがちだ。
ただ、逆に考えるとマネージャーは元々プレーヤー経験があるもんだから、"仕事の管理"は意識しなくてもある程度できる。そういう意味で、"仕事の管理"への意識的な注力は、最後で良いと思っている。」
「ある程度できるからこそ、"仕事の管理"よりも他の2つの管理を優先して考えたほうが良い、ということですか。」
「そうだ。そして、"仕事の管理"以外を先に実施しなければいけない理由がもう一つある。"仕事の管理"だけをいくらうまくやっても、"メンバーの管理"が疎かで、メンバーにモチベーションの低下や疲労があっては、望む成果は得られない。一時はメンバーのがんばりや優秀な数人が成果を出すかもしれないが、そんなもんは長続きしない。継続的な成果は出せないんだ。」
「"仕事の管理"よりも他の2つの管理が優先順位が高いとして…。那須賀さんは先ほど、"自分の管理"が一番優先されると言いましたね?」
「ああ。」
「他の2つの管理のうち、"メンバーの管理"よりも"自分の管理"が優先されるというのはなぜですか?」
「ほう、なら逆に聞くが、"自分の管理"ができない人間に他人、つまりは"メンバーの管理"ができると思うか?」
「そう聞かれると…そうですね。できないと思います。まずは自分の振る舞いを正してから、メンバーの行動へアクションせよ、ということですか。」
「その通りだ。例えば、"自分の管理"を疎かにして仕事に忙殺され、マネジメントに時間を取れない人間が"メンバーの管理"なんてできるわけがない。そして、さっきも言ったように"メンバーの管理"ができていない状態で"仕事の管理"をしても、継続的な成果が出せない。」
「ということは…マネジメントの優先順位は、自分、メンバー、仕事の順番だと。」
「その通りだ。ただ、勘違いしないで欲しい。3つの管理全てが大事だ。ただ、人間は時間もエネルギーも限られている。初めに何にエネルギーを優先させるか、という意味での優先順位と考えて欲しい。」
***
司令官として、"3.仕事の管理"の一つである"適切な業務指示"として、明確化した指示を文章で必要性と共にメンバーへ伝えたつもりだった。だが、任務は成功としても良い成果とは言えないものだった。東條は着任2日目で、まだ"自分の管理"も"メンバーの管理"も意識できていない。そんななかで"仕事の管理"だけを実践しても、成果にはつながらないという証明のように思えた。
那須賀の言うように、"仕事の管理"は大事であるが、その前に"自分の管理"と"メンバーの管理"、とりわけ"自分の管理"に注力していく必要性を実感した。
★つづく★
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