権限の委譲
西陣は、しばらくは"石"は奪わない、と言っていた。これは、襲撃しないということだろう。
だが、「しばらく」という言葉が一週間なのか、一ヶ月なのか、はたまた一年なのかは分からない。
どちらにせよ、西陣が率いるエノトスとの全面戦争に備え、さらにチーム力を上げる必要がある。
こういう時には、那須賀である。
東條は依存し過ぎか、と思いながらも、頼れる元上司へ連絡した。
***
「最近お誘いが多いな。大丈夫か東條?」
那須賀が店のグラスを傾けながら話す。
「頼りっきりですいません。戦況が良くなくてですね…」
「いいさ。頼られるってのは嬉しいもんだよ。しかも、それがあのヒーローの司令官からってんだからな。みんなに自慢できるってもんさ。」
「そう言っていただけるとありがたいです。」
「で、今日はどうした?」
「チーム力を上げたいんです。」
「ほう。チーム力を上げるっていうのは、具体的には何を指すんだ?」
「強敵が攻めてきても、対処できる…ということですね。」
「強敵の定義も気になるが、対処って、具体的にはどういうことだ?」
「被害を最小限に抑えて相手を無力化すること、ですかね。強敵については、想定敵がいます。」
「なるほど。被害を最小限に、というのは、何に対しての、どういう被害を、具体的にはどんな範囲で抑えたいんだ?」
「今日は、えらく細かく聞いてきますね。
最小限なので、理想はヒーローにも一般人にも全く被害を与えないこと、です。そこから、やむを得ない被害はどうしても出るでしょうが…」
「ほうほう。
ということは、チーム力を上げるというのは、こういうことか?
『想定している敵が攻めてきても、ヒーローと一般人に被害を与えることなく、敵を無力化できるようにする』」
「そういうことになります。」
「なるほどな。東條は初め、『強敵が攻めてきても、対処できるようにする』と言ったよな。それよりは具体的になっただろ。
これは、ゴールの明確化を実施したんだ。」
「ゴールの明確化?
"仕事の管理"の"3-1.適切な業務指示"でこんなのがありましたね。」
そう言って東條は自分のノートを開く。
1.自分の管理
1-1.信頼関係を築く行動をとる
1-2.ビジョンを共有し続ける
1-3.マネジメントの時間確保
2.メンバーの管理
2-1.メンバーの要望/疲労状態の把握
2-2.属人化の排除
2-3.継続的な育成
3.仕事の管理
3-1.適切な業務指示
3-2.適切な権限委譲
3-3.ゴール達成のためのコントロール
その中の”3-1.適切な業務指示”の内容だ。
・指示のゴールとタスクの明確化
・指示の明文化
・指示の必要性の提示
「今でもこれを意識して指揮しています。
今那須賀さんがおっしゃったのは、この、"指示のゴールとタスクの明確化"と同じようなことですか?」
「ああ。そうだ。指揮するときには意識できてたものが、普段の思考では意識できてないってことだな。」
「う〜ん。指揮と違って、自分の頭の中の整理なので、そこまで明確化してませんでした。」
「メンバーへの指示のときだけでなく、普段から意識したほうがいい。
メンバーが適切に動けるようにすることが、マネージャーがすべきことだ。そして、俺たちは言葉を伝えてメンバーに指示を出す。指示が曖昧だと、メンバーは動けない。だからゴールやタスクの明確化が必要になる。
これは前に伝えたとおりだ。」
「はい。覚えています。」
「東條が考える『チーム力を上げる』というゴールは、最終的に何らかの形で、メンバーへの指示として落ちるはずだ。東條1人でできることでない限りはな。
だから、日頃からチームに関するゴールやタスクは、指示の前の段階でも明確化して、曖昧な言葉は排除して明文化することを意識するべきだと、俺は思っている。
曖昧な言葉の排除のために、さっきはいろいろ確認したんだ。」
「なるほど…。常日頃からの意識ですか…」
「で、話を戻そう。
『チーム力を上げる』、つまりは『強敵が攻めてきても、対処できるようにする』にはどうすればよいか、だな?」
「はい。」
「とりあえず、今の東條の職場状況について、話を聞こうか。」
東條は異能犯罪者捕獲部隊の今の状況、東條がこれまでやってきたことについて、事細かに説明した。
那須賀は時に質問を挟みつつ、東條の話を理解していった。
「状況については、大体分かった。
『西陣率いるエノトスが攻めてきても、ヒーローと一般人に被害を与えることなく、敵を無力化できるようにする』を実現するために、まずは考えられることは、東條は何だと思う?」
「単純に考えれば、隊員それぞれの戦闘力やサポートスキルのアップかと思います。」
「でも、それはすでに手を付けているんだよな?」
「はい。”メンバーの管理”の”2‐3.継続的な育成”は実施し始めました。他にできることはないかと思って、那須賀さんに相談を。」
「ふむ。これ以上メンバーに対して何かスキル的な成長を促すのはやめたほうがいいな。同時にいろいろなことをしようとすると、かけられるエネルギーは分散されるし、場合によっては忙殺される。忙殺されると、仕事のクオリティは下がるからな。
メンバー個人の成長以外に、何かチーム内に改善できる要素はないか?」
「そうですね…。最近は、同時に襲撃や出動要請が来るので、私がすべて指揮をすることができなくなってきました。そんな時に思うのが指揮をできる人間が他にいれば…とは思います。」
「でも、サポートチームが代理指揮ってのをするんだろ?」
「それはそうなんですが、普段から指揮をしているわけではないので、そこまで的確な指示を出せるほどではありません。実際、私が指揮する時に比べると、成果は下がります。」
「なるほどな。メンバーが指示がなくても自律的に動いて欲しい。もしくは、メンバー内で指示ができる人間が欲しい。そういうことか。」
「そういうことなのかもしれません。なんか、隊員に頼ろうとしているようで後ろめたい気持ちはありますが…」
「いや、メンバーが自律的に動けるようにする、というのはマネジメントとして目指すべき姿だ。間違ってはいないと思うぞ。
東條の管理している戦闘チームのメンバーは9人だったな?そして、それが前衛、守り、後衛に分かれている、だったな。」
「はい。ただ、厳密に全ての隊員が前衛、守り、後衛で分かれているわけではなないですが…」
「もし可能なら、全ての隊員を前衛、守り、後衛に割り振って、サブチームに分けてみたらどうだ?そして、そのサブチームのリーダーをコアメンバーに任せるんだ。」
「サブチーム、ですか?」
「ああ。前衛1人、守り1人、後衛1人で3人のサブチームを3つ作る。そして、それぞれのサブチームのリーダーを、コアメンバーに委譲する。
それぞれのサブリーダーに、現場での指揮の一部、または全部をしてもらうんだ。うまく指揮をとれるようになってくれれば、東條1人がすべての指揮をする必要はなくなるだろ?」
「なるほど。指揮の権限を委譲する、ということですか。」
「そう、権限の委譲だ。権限を委譲する時には、”仕事の管理”を意識しなければならない。」
「”仕事の管理”…」
東條は自分のノートの、”仕事の管理”について要約した部分を開いた。
3.仕事の管理
3-1.適切な業務指示
3-2.適切な権限委譲
3-3.ゴール達成のためのコントロール
「”3-2.適切な権限委譲”ですか。」
「そうだ。まずは前提として、”3-1.適切な業務指示”を意識して、
委譲することを明確化し、明文化して、必要性とともに伝えるんだ。
そして、さらに権限移譲を適切にするには、『漏れなく、被りなく』を意識する必要がある。
メンバーに業務の権限を委譲する時は、分掌をあいまいにしてはいけない。それは、業務の停滞を引き起こす。」
「停滞?委譲しても進まないということですか。」
「当たり前の話だが、業務を誰にも委譲できていなければ、それはマネージャーの仕事のままだ。業務を『漏れなく』、誰かに委譲しなければ、メンバーは業務を進めることはない。
また、『被りなく』についてだが、例え話しをしよう。2人に対して同じ業務範囲を委譲したとする。2人のメンバーは、お互い相手がやってくれると思い、2人とも業務を進めないかもしれない。メンバー同士でどちらが何をするのかを決めてくれる可能性もあるが、お互いやりたくないタスクが出てきた場合、押し付け合いが始まることもある。
マネージャーが複数人に対して、『この業務をやってくれ』と依頼するよう状況を、俺はよく見てきた。その時には必ず、メンバー同士で誰が何の業務を割り当てられたのか、混乱が生まれる。整理ができるようなメンバーが中にいればいいが、そんなことをメンバーに任せるようではマネジメントを放棄していると、俺は考える。
これが、マネージャーが『漏れなく、被りなく』業務を委譲しないといけない理由だ。」
「サブチームを作り、『漏れなく、被りなく』司令官の権限を委譲する。なるほど、一度考えてみます。」
「東條、お前は”1.自分の管理”、”2.メンバーの管理”と、着実に実践してきている。”3.仕事の管理”も実践が十分にできれば、チームはもっと高い成果を出せるように、必ずなる。
ティーチングで知識を得て、トレーニングで実践する。それは基本的な成長の仕方だが、多くの人は知識を得ても実践しないもんだ。それはコーチングが抜けていて必要性をいまいち理解できていないのかもしれない。もしくは、人間は保守的なものだから、今のやり方を変えることに、面倒で一歩が踏み出せないのかもしれない。
だが、お前は俺から得た知識を、実践して成長してきたんだ。状況は思わしくないのかもしれないが、自信を持て。絶対に大丈夫だ。」
昔の同僚の南部、上司の西陣と戦うことに、東條はつらさを感じていた。
それを那須賀は見透すかしたのかもしれない。東條は、思わぬ那須賀の背中を押す言葉に、少し目頭が緩んだ。
★つづく★
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