エースの変化
赤崎を再び会議室へ呼び出し、2人で話す東條。
「赤崎さん。私がお話ししたビジョンについてどう思いましたか?」
「ビジョン…この部隊の目的みたいなものってことは分かりました。でも、俺は目的というのは個人で持つものじゃないかって思います。チームでみんな一つの目的を目指すなんて…そんなことできないですよ。」
「なるほど。個人のビジョンと組織のビジョンが全く同じか、と言われれば、違う部分はあるでしょう。でも、共通する部分もあるのではないでしょうか?私は、私が掲げたビジョンに強制的に従わせたいわけではありません。ただ、隊員たちから話を聞き、みながある程度同じことを思っていると確信しました。だから、ビジョンを掲げたのです。
赤崎さんもなんらかの思いがあってヒーローをしていると思います。それを組織として手助けしたいのです。私が掲げたビジョンでは、赤崎さんの目指す未来には到達できないのでしょうか?赤崎さんの描くビジョンについて、お話しいただくことはできませんか?」
しばらく沈黙が続いた。そして、赤崎が東條のほうへ向き直り、話を始めた。
「俺は、前司令官から”悪夢の日”の話を詳しく聞きました。東條司令官はもちろん知っているでしょう?南部さんのこと。」
南部は、西陣に"爆弾生成"の力で自分のマスクを爆発させてとどめを刺したヒーローだ。
東條は答える。
「…もちろんです。私の大切な同僚の一人でした。彼が西陣にとどめを刺したことも、この目で見ました。」
「南部さんは、俺の先輩でした。俺のこと、ヒーローアソシエーションの養成所でよく面倒見てくれました。俺は南部さんにあこがれていました。でも、南部さんも、他のその時のヒーローも、”悪夢の日”にみんな倒されしまった。東條司令官以外は。」
「ええ。私は運よく生き残りました。西陣を含む異能犯罪者集団はとても強かった。みな、優秀なヒーローでしたが…私のせいです。」
「その時、司令官だった西陣が反逆したことで、司令官がいなくなったヒーロー側はズタボロにされたと聞いています。それは、司令官に頼るようなヒーローではだめだ、チームに頼るようなヒーローではダメということなんじゃないでしょうか。1人で戦える、だれにも負けない力があれば、南部さんだって死なずに済んだはずなんだ…。」
「赤崎さん、それは違います。誰よりも強く、最強なヒーローを目指すことは間違いとは思いません。私には赤崎さんならそれができると思っています。ですが、それでも限界はあるんです。1人では100人には勝てない。それはチームで補う必要があるんです。西陣が攻めてきたとき、西陣側は西陣を含めわずか6名でした。ですが、チームの連携がうまかった。だから、相手の数が少なかったにもかかわらずヒーロー側の戦況は不利になったのです。チームでの連携が必要であることもまた、”悪夢の日”戦いで証明されているのです。」
「そんなのは詭弁ですよ!納得できません。」
「西陣を倒すことができたのも…私と南部のチームプレイがあったからです。」
それを聞き、赤崎が驚いたような顔をした。
「私の能力で西陣の動きを止め、南部がその隙をついて自爆したのです。」
「あんた、南部さんを見殺しにしたってことか!」
「…南部からの提案でした。その方法でしか西陣は倒せないと。南部が、私と彼自身の力を合わせて西陣を倒したのです。私一人の力では無い、彼と私のチームプレイが、西陣を倒したのです!」
2人は黙った。沈黙が続いた。
しばらくして、東條がその沈黙を破った。
「あなたは、私が着任して初めての出動の後の面談で私にこう言いました。”ヒーローとして戦っている理由は、異能犯罪をなくすためだ”と。なんのために異能犯罪をなくしたいのですか?独りで戦う先に、何を実現しようとしているのですか?」
赤崎は下をうつむきながら、静かに答えた。
「…俺は、南部さんみたいな人をこれ以上出したくない。異能者が死ななくて良い社会がほしい。だから、俺がヒーローとして戦い、全て倒したい。誰も、死なせたくないだけです。」
東條は間をおいて答えた。
「私も、南部のような被害者は出したくないです。その思いは同じです。赤崎さんが今言った、”異能者が死ななくて良い社会”は、チームのビジョンである”異能者と非異能者が共存できる社会にする”ことでは実現できないのでしょうか?私は、異能者が安心して生きられる社会、それが異能者と非異能者が共存できる社会だと思っています。」
赤崎は答えない。
「赤崎さんを否定するつもりはありません。むしろあなたの目指すべきものは、私の目指すところと同じです。だからこそ、チームで協力してはいただけないでしょうか?いえ、赤崎さんの目指すビジョンを実現するために、チームというリソースを利用するという考えで良いのです。」
「…考えさせてください。」
赤崎は次の日、もともと予定していた休暇日であった。東條自身は赤崎の休みの間、気が気ではなかったが、その次の日、赤崎はいつも通りに出勤してきた。
赤崎の態度としては変化がないように思われた。
だが、その日の出動において、東條は彼の変化を見逃さなかった。
東條はいつものように、ゴールとタスクを明確化し、文章にし、必要性とともに指示をする。
「金塊を奪ったターゲットは車で横浜方面へ逃走中です。先に到着するであろう青森さんが、”音速”で車に追いついて攻撃し、車を停止させたのちに離脱してください。まずはこれ以上逃げられないよう、足止めをお願いします。相手はなんでも氷結させる異能者なので、ヒット&アウェイで、近くには長居しないように。
黄原さん、ヘリで現地に到着したら、鋼鉄化して車を攻撃し、無力化しやすいようにターゲットを車から出してください。鋼鉄化していれば、氷結の影響は少ないはずです。
最後に、赤崎さんが黄原さんに気をとられているターゲットを仕留めてください。赤崎さんの的確な攻撃ならば、一番早く片が付くはずです。赤崎さんは黄原さんより先に現場に到着するとは思いますが、待機してください。赤崎さんと青森さんでは、氷結攻撃に対してある程度ダメージを覚悟して戦わなければなりません。黄原さんをおとりにするため、黄原さんが到着するまでは待機を。」
3人は「了解。」と答えた。
赤崎はこの日、指示通りに待機し、黄原が到着してから攻撃に移ったのだ。
黄原がヘリから飛び降りると共に、青森が足止めした車の近くに降り立ち、車のフロントガラスめがけて鋼鉄化した腕で殴り掛かった。
大きな音を立ててフロントガラスが割れる。ターゲットは黄原の拳が当たる直前で車を降り、すぐさま彼の能力で応戦する。
「このデカブツめ!思い通りになると思うなよ!」
ターゲットが言い放つとともに、ターゲットの足元が白く凍り付き始める。彼の能力、”氷結”である。地面を凍らせることで、もう一度殴りかかろうとする黄原をスリップさせようという意図だろう。
「…!滑る!」
実際、黄原は思うように動けず、うまく攻撃ができない。
「へっ、この隙に逃げさせてもらうぜ!」
ターゲットは地面を凍らせながら移動を開始した。このまま下水路にでも逃げるつもりだろう。見えないところへ逃げられると、探索が厄介になる。
「そうはさせない。」
青森が”氷結”が届かない範囲から、銃撃で援護する。
地面が凍っているため、”音速”でターゲットへ近づいても滑って狙った位置へ攻撃できない恐れがあり、直接的な攻撃はできない。だが、銃撃ならば相手の警戒をあおって足止めをすることはできる。
「ちっ、これでもくらえ!」
ターゲットは携帯していたペットボトルから水を振りまき、それを凍らせた。細かい氷の煙幕である。青森はターゲットを正確に狙えなくなった。
「煙幕のせいでターゲットをうまく狙えないです!黄原さん、状況どうですか?」
青森が黄原へ確認した。
黄原が答える。
「ターゲットが遠ざかっていってます。思うように動けなくて、ターゲットへ追いつけない…!」
攻めあぐねたその時、赤崎が叫ぶ。
「黄原、避けろ!」
ターゲットの車が、ターゲットめがけて飛んでいく。
赤崎が放り投げたのだ。
激しい音を立てて、車は凍った地面を滑っていく。ターゲットは間一髪で避けた。だが、サポートチームの桃井から"テレポート"で転送された滑り止めブーツを着用した赤崎がすぐにターゲットへ距離を詰める。赤崎の的確な蹴りが入り、ターゲットを気絶させた。
無力化完了、ゴール達成である。
東條は驚いた。これまでの赤崎であれば、すぐにターゲットへ突撃し、氷結でダメージを負いながらも無力化するという方法をとっていただろう。
今回は、3名とも負傷はない。
東條は帰還した赤崎へ礼を言った。
「赤崎さん、チームで連携いただき、ありがとうございました。」
「今回のターゲットに対しては、その方が効率的だと思ったから…それだけです。司令官の指示よりも俺のほうが正しいと思ったら、その時は従いませんから。」
「それは、良い指揮ができるよう、私もますます力を入れないといけませんね。」
赤崎も少し変わりだしたようだ。
ビジョンが浸透し始め、組織に良い変化が起こりだした。
だが、同時に東條の忙しさが増すことになる。マネジメントにかける時間すらなくなるとは、この時の東條は思っていなかった。
★つづく★
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