2章 メンバーの管理

疲労に目を配る

 北折要(きたおり かなめ)はとあるマンションの一室でノートパソコンに向かっていた。小さなテーブルに置かれたそのパソコンを使い、彼は何かをインターネットのコミュニティサイトに書き込み終えた。

 北折は異能犯罪者だ。歳は30歳。"テレポート"の異能を使って、盗みを働いていた。ちまたでは人間のテレポートは危険だ、などと言われているが、彼はためらうことなく自分をテレポートさせる。実際、今まで無事に生きてこれた。身につけていたものがテレポート後に無くなったりはしたが。

(これで、ネットで扇動された人々が動き出すだろう。一度、仲間と連絡を取ったほうが良さそうだな。)

 北折は1人、頭の中で考えを整理する。

 彼は"石"の存在を知っている。ある人物から聞いたのだ。

 彼は4年前、ネット上にコミュニティサイトを立ち上げ、"石"の存在を告げた。そして、その存在の証拠となり得る資料や、東京周辺でしか異能者が発言しないこと、東京から離れると能力が弱くなることなどから、状況証拠としての"石"の推察を書き続けていた。

 "石"の情報に関心を持つネットユーザーたちの目に止まり、次第にコミュニティの参加ユーザーは増えていった。興味本位の者もいるだろうが、数としては千を超えるユーザーが参加するコミュニティとなっている。その多くのユーザーは、"石"が存在し、ヒーローアソシエーションで保管されているということを、半ば事実として受け取っている。

 もちろん北折は目的があってコミュニティサイトを運営している。ヒーローアソシエーションから"石"を奪うためだ。そのために4年間、準備をしてきた。

 北折は食事をしようと思い、外へ出た。

 彼は犯罪者ではあるが、指名手配されているわけではないので、それなりに外を歩くことができる。"テレポート"で悪さをしつつも、普通の生活をしていた。

 遠くにヒーローアソシエーションのビルが見える。彼は異能犯罪者捕獲部隊の司令官に、最近着任した東條という男を思い浮かべた。東條は”異能者と非異能者が共存できる社会”を目指しているという。

「さて、どちらのビジョンが勝つか…。」

 彼はビルを眺めながら、つぶやいた。


 ***


 東條が着任し、半年が経った。

 異能犯罪者捕獲部隊の成果、評判は上々だ。

 特に、赤崎がチームでの連携を行うようになってからというもの、非異能者やヒーローの負傷は激減した。すなわち、異能犯罪者を安全に無力化できているということだ。赤崎に頼る部分は未だに大きいものの、東條は進歩を感じていた。

 隊員が提案してくれたプロジェクトも、3つは形になった。そのうちの一つである白川と桃地の”銃弾テレポート”は、既に実践で2度と使っていた。精度は上々だ。出動させていない白川の銃撃で現場を援護できるため、実用性も高い。


 組織運営はうまくいっている。だが、東條は不安を感じていた。

 2週間ほど前から、ヒーローアソシエーションへ異能者が攻撃を仕掛けてくることが増えた。

 ”悪夢の日”以降、”石”の存在が外部に漏れてからは、少ないながらもヒーローアソシエーションへの攻撃はあった。だが、2週間前からすでに3回の襲撃がある。これまでに比べ、あまりにも多い。

 捜査部隊がその原因を調べた結果、東條は”エノトス”というコミュニティサイトの存在を教えられた。その内容に感化されて異能者がヒーローアソシエーションを襲撃している可能性が高いとのことだ。

 東條もそのサイトへアクセスしてみた。サイトのコンテンツは、”石”の存在を明確に語る内容であった。中にはヒーローアソシエーション内の人間でしか知りえない内容も書かれている。内部犯なのだろうか。

 捜査部隊はサイトの持ち主を調べたが、サイトのIPアドレス、つまりはサイトの場所は何重にも隠蔽されており、突き止めることが困難であった。

 サイトにはタイトルにこう書かれている。

 "エノトス〈Enots〉''

 石〈Stone〉の逆読みだ。明らかにヒーローアソシエーションが保管する"石"を意識したものだろう。

 そのサイトに2週間前、下記のような内容が投稿された。


 ”石”を手に入れれば、とてつもない力が得られる。

 ”石”に近づけば近づくほど異能者は力を得る。

 不老不死でさえ夢じゃない。なんでも望みが叶うほどの力が欲しくないか?

 ヒーローアソシエーションは、その”石”の力を独占している。

 異能者の力を”石”で取り除く一方で、ヒーローたちだけが良い思いをしている。

 立ち上がろう同志たちよ。

 ”石”は私たちみんなのものだ。

 ヒーローアソシエーションから”石”を奪還しようではないか。


 そして、ヒーローアソシエーション内の”石”の保管場所が詳細に書かれた図が記載されている。その図は正しい情報で、ヒーローアソシエーションの関係者が内通しているのではないかと訝しんでしまう。

 だが、情報には誤りもある。”石”に近づいたところで、異能者の能力は強化されない。”石”から離れると能力は弱くなるが、ある程度まで近づくと、それ以上は能力の質や強さは変わらない。言うなれば、東京都内にいれば、”石”に近づこうが離れようが、能力の強さは変わらないのである。さらに、”石”は不老不死の力など与えてはくれない。勘違いしているのか、ヒーローアソシエーション襲撃を煽るためなのかは分からないが、完全なフェイクだ。

 なお、”石”の保管場所はヒーローアソシエーション地下、異能犯罪者捕獲部隊のいるフロアのさらに下にある。厳重に保管されており、”壁抜け”や”テレポート”などの異能者が万が一侵入しても、すぐにセンサーが反応してレーザーや銃による攻撃が加えられる。許可のあるものでなければ、近づくことすらできないのである。これまで”石”があるフロアに到達できた異能犯罪者は、西陣と、彼とともに襲撃した異能者たちしかいない。

 この書き込みがあってから、ヒーローアソシエーションへの異能者による襲撃が増えた。状況から考えると、このサイトのコミュニティに参加している異能者たちが、書き込まれた内容に扇動されているのだろう。


 日常的な出動要請に加え、ヒーローアソシエーション襲撃への対応が多くなったため、必然的に隊員の戦闘は多くなった。能力を使うことは心身に負担がかかる。さらに、戦闘時は通常よりもストレスがかかる状態であるため、能力の行使はより疲労が蓄積される。次第に、ヒーローたちに疲れが見え始めた。


 東條は自分のノートの"メンバーの管理"を眺めていた。


 2.メンバーの管理

  2-1.メンバーの要望/疲労状態の把握

  2-2.属人化の排除

  2-3.継続的な育成


 桃地が能力の使いすぎで入院したことがあってから、”メンバーの管理”の”2-1.メンバーの要望/疲労状態の把握”については意識をしていた。

 人間、疲労すると思考力が鈍るし、異能の力の精度も下がる。東條自身、忙殺された時期があるためそれは実感していた。

 今はチームとしての忙しさが増している。メンバーの疲労状況をより注意して確認すべきと考えた。

 那須賀から教わった”メンバーの管理”について東條は思い出す。


 ***


「”メンバーの管理”でまずすべきことは、何かわかるか?」

 那須賀が東條に聞いた。

「”メンバーの管理”ですから…メンバーのことを知ることでしょうか?」

「まぁ、正解だな。メンバーのことを知らないと、管理もできない。その通りだ。じゃあ、メンバーの何をを知ればいいと思う?」

「うーん、どんな性格か、とか、どんな異能かとか…」

「まぁ、それも正解だ。性格やそれぞれの置かれた状況、スキルそういうのは知るべきだ。でも、ちょっと当たり前すぎる。普段一緒に仕事をしていれば、性格やスキルは大体わかるもんだ。

 明確にマネージャーが知ろうとしないといけないことは、俺は”疲労状況”と”要望”だと思っている。

 メンバーが今の力で普通に働ける状態がプラスマイナスゼロの状態としよう。疲労状況を知ることは、いわば、メンバーがマイナスの状態ではないかを検知することだ。そして、要望を知ることは、メンバーがプラスへ向かうヒントを知ることだ。」

「マイナスを知るための”疲労状況”の把握と、プラスに向かうための”要望”の把握ですか。」

「そうだ。メンバーの疲労状況と要望は常に確認すべきだ。これらを確認するためには、二つの行動を意識するといい。

 一つは、メンバーと話す時間を作ること。

 もう一つはメンバーのことを考える時間を作ることだ。

 一週間に30分でもいいし、毎朝数分でもいい。メンバーと話す時間をとったほうがいい。そして、メンバーと話すことで疲労したメンバーへどう手当てすべきか、メンバーの要望をどうかなえてモチベーションを上げるべきか、考えるようになる。」

「メンバーと話し、メンバーのことを考える時間をとることが大切だと。」

「ああ。そして、俺が思うに、仕事が繁忙になったりトラブルが続いたり、そんなときには”疲労状況”の把握を特に気にかけたほうがいい。疲労すると思考力は鈍るし、イライラもしやすくなる。人に当たったりする者も出てくるし、チームワークが悪くなるんだ。メンバーが疲弊した状態で、無理やり物事を進めても、継続的な成果は出ない。疲労の原因となる忙しさに終わりが見えていれば、人間がんばれたりもする。だが、終わりが遠すぎたり、見えない状態では確実にいつかチームは崩壊する。だから、忙しい時ほど疲労は意識的に観察しないといけない。」

「疲れですか…。疲れているかどうか、確認するオススメの方法はありますか?」

「メンバーが疲れてきたしるしとして、一定の兆候がある。

 業務の品質が落ちる。些細なミスが増えたり、速度が遅くなったり。

 また、自分の業務を増やしたくなくて、保守的になってくる。協力しなくなり、人間関係が悪くなってくる。

 メンバーの業務品質が落ちてないか。

 保守的になっていないか。

 人間関係が悪くなっていないか。

 それらを気にしたほうがいい。

 そして、メンバーにそんな兆候が出だしたら、疲労している可能性が高い。」

「なるほど…。疲労の兆候があれば、もちろん対策が必要ですよね?」

「その通りだ。メンバーが疲労しているときにすべき事は、まずは仕事を減らすことだ。業務量を減らして回復を待つしかない。」

「でも、仕事を減らすってどうしたら…」

「言いたいことは分かる。減らしたくても減らせないよな。でも、減らさなければどんどんメンバーは疲労していき、いつか離脱する。その方がチームにとっては問題だろ。

 基本的に、業務量を減らすには2種類しかない。

 人を増やすか、業務を減らすかだ。

 だが、人を増やしても教育などのリードタイムがかかり、効果がでにくいこともある。

 まずは、仕事を減らすことを考えるべきだ。

 それが難しいなら、 仕事の負担を下げるしかない。品質を下げる、納期を伸ばす、他の担当にアサインする、等だ。

 チームが厳しい状態の時は、メンバーの疲労状況を把握し、状況に応じて仕事を減らして回復を待つんだ。」


 ***


 要望については暇を見つけて隊員に話しかけ、確認するようにしていた。どうなりたいのか、何を求めているのか。

 出動要請が増えてきたため、東條は同時に、疲労状態の確認を前よりも注視するようにした。

 そうして、赤崎が疲労していると再認識した。仕事のミスが多くなっている。具体的には、出動時の判断や攻撃の精度が明らかに下がっている。負傷も、まだ軽微ではあるが徐々に増えていた。

「俺は戦闘チームのかなめだと、自分でも理解しています。だから、少しの疲れでも出ますよ、俺。」

 赤崎としては不満を漏らさず、自分のヒーローとしてのビジョンを目指して頑張っている様子だ。だが、このまま赤崎に頼りすぎると赤崎を潰しかねない。

 東條は赤崎の出動の頻度を下げることにした。

 他の隊員では赤崎出動時よりも被害は多い。だが、このまま赤崎に無理をさせて大きな負傷があれば、その方がチームとしてのダメージが大きい。

 とはいえ、このままチームとしての負傷を増やし続けると、チーム全体の疲労がじわじわと広がっていくだけだ。悪化していく状況を止めるため、”2.メンバーの管理”の他の要素である”2‐2.属人化の排除”や”継続的な育成”に本腰を入れる必要性があると東條は考えていた。


 ★つづく★

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