襲撃者
赤崎の負担を減らしたい、そんな考えに思いを走らせていた時、東條の電話が鳴った。出動要請だ。
街で異能者が暴れているという。
東條は出動する3名を指名した。疲労が見える赤崎は指名しないことにした。
その出動を指揮していた東條だったが、この時、さらに東條に連絡が入る。
襲撃者だ。
ヒーローアソシエーションのビル入口で、異能者が攻撃を仕掛けてきた。
ビルには、関係者しか入れない。アソシエーションカードが無ければビルの扉が開かない。外部の人間が入る場合はビルのエントランスの詰め所にいる警備部隊からゲストカードをもらわねばならない。
警備部隊がいるエントランスで、1人の異能者がビルに侵入するために攻撃を仕掛けているという。
警備部隊も異能者である。とはいえ、戦い慣れていないので、異能犯罪者捕獲部隊に比べると戦闘能力は低い。そのため、基本的には東條のところに迎撃の要請が来る。
「また襲撃者ですか!?多いですね…」
白川が思わず嘆いた。
街で暴れている異能者の鎮圧については、東條は既に指示を出し終えていたので、代理指揮をサポートチームに委ねた。東條は襲撃者へ対応せねばならない。
「俺、出ますよ。」
赤崎が東條に言う。
東條は赤崎を迎撃メンバーに加えるか悩んだ。だが、襲撃者の情報を警備部門から聞く限りは、赤崎の力が必要に思えた。襲撃者は戦闘に特化した異能者である。そのため、赤崎を含む、戦闘チームの残り3名に襲撃者の迎撃指示を出した。
今回は東條がサポートに入る。少しでも隊員の負担を下げるためだ。そのため、東條も簡易的な戦闘スーツを装着する。
襲撃者へ対応する3名は、赤崎、白川、金城(かねしろ)の3名だ。それに東條が加わる。
金城英太(かねしろ えいた)の能力は"武装使い"。少しお調子者の26歳である。あらゆる重火器や刀剣を、一目見ただけで使いこなすことができる。本人曰く、"武具と語り合える力"だと言う。金城の生身の戦闘能力はさほど高くないのだが、どんな武装も使いこなせるため、その時の状況に対応した武装で出撃させることができる。最も汎用性に長けたヒーローだ。
東條はヒーロー用戦闘スーツを作る企業にいた。そのため、武装の種別には詳しい。今回も、金城に適切な武装を選び、着用するよう指示した。
「金城さん、武装の着用が終わり次第、すぐにエントランスへ。それまでは私と赤崎さん、白川さんの3人で持ちこたえます。金城さんが来てから、チームプレイで一気に片を付けましょう。」
東條は金城にそう伝えた。
「了解っす。」
金城は軽い調子で言った。
東條は白川と赤崎を連れ、先に3人でビルのエントランスに向かった。
3人がエントランスに着いたとき、入口を守ることに防戦一方の警備部隊が目に入った。
そこには、襲撃者である狼男がいた。
異能の力の一つに、変化(へんげ)するタイプの能力がある。
例えば、鳥人間のような姿に変化して空を飛び回る、サイの特徴を持つ姿に変化してトラックのような突進力を得る、などだ。観測されている範囲では、1人の異能者につき、一種類の変化ができるという。なお、黄原の"鋼鉄化"は変化の一種に分類される。
動物の特徴を持つ姿に変化するものは、"獣人化"と呼ばれている。
今回現れた襲撃者は、"獣人化"で狼の特徴を持つ姿になっているようだ。見た目は映画などに出てくる狼男そのもの。
東條はこの襲撃者の情報について、警備部隊からオフィスで聞いていた。基本的には"獣人化"の異能者は非常にタフで、肉弾戦が得意な場合が多い。狼男ならば、なおさら接近戦を好むだろうと東條は考えた。そのため、赤崎がキーとなる。
金城には接近戦向きで主に盾として使える武装を身につけるよう指示した。
時間がないため、明文化はできなかったが、明確化したゴールを口頭で伝えた。
「ゴールはターゲットである襲撃者の無力化です。
赤崎さんは攻撃、白川さんと私はサポート、金城さんは主に白川さんと私の護衛をお願いします。
今回は、相手が1人のようなので、私の"停止"が有効です。可能な限りサポートします。」
東條は続けてゴールに至るための戦略をタスクとして伝え、現場へ急いだ。
金城は武装を準備してから来る。先に赤崎、白川、そして東條の3人がエントランスに到着した。
狼男はこちらを見るやいなや、攻撃を仕掛けてきた。
「ガルルル!」
獣の声を上げて迫ってくる。巨体にもかかわらず、俊敏である。
「下がって。」
赤崎が咄嗟に東條と白川より前に出て応戦する。
白川と東條はエントランスの防御壁に隠れた。襲撃者に備えて防御壁が用意されているのだ。”悪夢の日”に西陣の襲撃があってから作られた。
「銃撃開始します!」
白川が銃を構える。
東條がゴールに至るために指示した1つ目のタスクは、"金城が到着するまで赤崎の接近戦主体で持ち堪えること"だ。
赤崎の疲労を考えると辛い選択ではあったが、今オフィスにいるヒーローでは赤崎しか対抗できない。
東條はまず、遠方から自分の能力である"停止"が利きそうな相手か確かめた。狼男を目視し、手をかざす。
狙い通り、狼男の動きが止まった。
その隙に白川も赤崎も攻撃を加える。
赤崎の蹴りが狼男の頭部に命中した。
白川の銃弾は命中したが、硬い毛皮や皮膚のせいか、大したダメージにはなっていないようだ。
動きが止まった数秒後には、"停止"を振り切って狼男は動き出した。東條が現役ではないことと、遠方からの"停止"であることを差し引いても、止められる時間が数秒というのは短い。これは、狼男自身がとても精神的、肉体的に強いということになる。東條の能力もまた精神的に消耗するため、あまり乱発はできない。司令官が倒れては話にならないので、ここぞという時までは温存せねばならない。
「もっと殺傷力の高い弾に変えましょうか?それとも、数撃ってダメージ蓄積を狙いますか?」
自分の命中した弾があまりダメージを与えられていないと感じた白川は、東條に尋ねた。
より殺傷力が高い弾とは、単純により大きな銃弾である。大きな銃弾はより重く、慣性が強いので、より白川の”サイコキネシス”では操りづらい。赤崎に当たると大事故なので、今の銃弾で攻撃を続けることを指示した。
赤崎の蹴りは効いたようで、”停止”が解けた狼男は少しよろめいた。だが、すぐに構え直し、東條と白川がいる防御壁の方へと向かってきた。
自分の動きが止められたことが、東條の仕業と分かっているようだ。”悪夢の日”の英雄である東條のことを、能力含めて知っているのかもしれない。ターゲットは、まずは東條を潰すことを目標にした。
「お前の相手はこっちだ!」
赤崎がすぐさま横から蹴り飛ばし、狼男を食い止める。だが、今度はターゲットはガードしていたため、ダメージはなさそうだ。
そのまま赤崎と狼男の肉弾戦の攻防がしばらく続く。
だが、赤崎にはやはり疲労がある。いつもより精度を欠く赤崎は次第に押され、狼男の一撃を食らって突き飛ばされてしまった。
狼男が東條と白川のもとへ迫る。だが、それは狼男と東條の距離が近づいて、”停止”が効きやすくなるとも言える。
「これだけ近づけば…!」
東條は満を持して狼男を止めた。
東條の感覚的に、10秒以上は止められそうだ。
「白川さん、銃で目を狙ってください!」
東條は言った。視力を奪えば、一挙に戦いやすくなる。
「了解!」
白川が銃撃する。止まった敵に打ち込むなど、たとえ小さな目が標的であっても白川には造作ない。
銃弾が狼男の顔めがけて飛んで行ったその時、狼男の顔の前に異空間が現れ、銃弾が吸い込まれた。
”テレポート”である。サポートチームの桃地のそれとは異なるタイプのテレポートだ。
桃地のテレポートは認識した物体自体を別の場所に移送するのに対し、今回のテレポートは移送ゲートのようなものを開き、そこを通ったものを移送するという能力のようだ。そのため、桃地と違って飛んでくる銃弾も移送できてしまう。
その”テレポート”で銃弾が移送され、狼男に目に届かなかった。
何発撃っても”テレポート”でかわされる。
「まさか、他に異能者がいるのか!?」
東條は不覚に思った。他の異能者が潜んでいることを想定していなかった。
止まっている狼男が”テレポート”を使っているとは思えない。
東條の"停止"は、体の動きだけでなく、異能の力の発動も止める能力なのだ。ただ、すでに発動後の力は止まらないので狼男の変化は解けるわけではない。
だが、"停止"中にテレポートを発動することはできない。そのため、今起きている”テレポート”は明らかに別の異能者の力である。
もう、東條の”停止”の時間が限界である。
狼男が動き出す。防御壁を超え、東條に攻撃が迫る。
その時、大きな音を立てて、狼男の攻撃が防がれた。東條の前に大きな盾がある。
「お待たせしました!金城到着っす。」
「ふぅ、助かりました。」
金城が大きな盾が右手に着いた武装で到着した。強力な攻撃に耐えられるよう、右半身全体に衝撃が分散される仕組みになっている。着用に時間がかかるが、盾を持つ右手だけポキッといかないよう、大きな衝撃も体全体で受け止めることができる。とはいえ、衝撃を受ける角度が重要なので、金城の”武装使い”でないとうまく使いづらい。ちなみに、東條が前職にいるときに企画したヒーロー用スーツである。
狼男が何度も攻撃してくるが、金城が全て受け止めた。
「うわっ!すごい衝撃っすね。生身で食らったらやばいですよ!」
「金城さん、感謝します。サポートチームへ連絡です。"テレポート"の異能者が近くに隠れています。すぐに探知してください!」
東條はサポートチームへ指示を出した。
サポートチームには異能の力を持つものを探知するヒーローがいる。異能者からは"石"と同じような反応が微弱ながら出ていて、それを探知できるようだ。今しがた"テレポート"をした異能者を探知させる。
「司令官!攻撃がきつくて、このままだと長くは持たないっす!」
金城が叫ぶ。
東條が通信で赤崎に声を飛ばす。
「赤崎さん、援護できますか?」
壁際まで吹き飛ばされた赤崎が辛そうに立ち上がった。明らかにダメージを受けている。
だが、体の痛みを振り切るように、声を張り上げて言った。
「…当然、そのつもりです!」
東條は、断れない状況の部下に鞭打つブラック企業の社長のように自分が思えて悲しくなったが、白川の銃撃が効かないため、この状況で頼りになるのは赤崎しかいない。
赤崎は走り寄り、狼男へ蹴りかかる。
赤崎が狼男をひきつけている間に、ゴールに至るためのタスク2へ移行する。
金城がプロジェクトとして完成させた技を使って、とどめを刺すのだ。
★つづく★
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