チームの勝利
東條は”石”を前に、西陣と対峙していた。
西陣の「”石”を壊せば戦いは終わる」という言葉に、心が揺らぐ。
東條は目をつぶり、深呼吸する。
まぶたに、隊員たちの姿が映る。
東條のビジョンに共感し、これまでついてきてくれた隊員たち。今も彼らは戦っている。
東條自身がビジョンに疑念を持つことは、彼らを裏切ることになる。
それは、マネジメントの怠慢だ。
東條は自分が組織を率いるリーダーであり、マネージャーであることを思い出した。
「私は組織を率いる者だ。私のビジョンを最も強く信じる者だ。
”石”は壊さない。守り抜く!」
東條は西陣に言い放った。
「そうか。残念だな。
なら、強引に”石”を奪うしかない。」
「抵抗はさせてもらう!」
東條は西陣を”停止”させる。
ちょうど、東條にサポートチームから通信が入った。
『東條司令官!赤崎チームと白川チーム、共にそちらへ向かっています!』
”停止”を使う今の東條に答える余裕はない。だが、増援が来る。それまで耐え忍ぶことができれば、勝機がある。
止められた西陣は、不敵に笑いながら言う。
「そうは長く止められないぞ。この”停止”が終わった時が、俺の勝利の時だ。」
西陣の言う通りだ。普段の東條であれば、”停止”は数十秒が限界なのだ。
だが、東條は何があっても”停止”を解除すまいと覚悟した。
異能の力は、体のエネルギーを使って行動するという点で、肉体労働や知能労働と似たようなものだ。
能力を過剰に使うことは、限界まで走ることと同じようなもの。
今、東條は限界を超えて能力を使い続けようとしている。
昏睡してしまうかもしれない。最悪の場合、死に至るかもしれない。だが、東條は止めない。
東條しか、今、西陣を止められるヒーローはいないのだ。
東條の目から、耳から、鼻から、血が流れる。どこかの血管が破れたのだろう。目の前の景色が赤くなる。
だが、東條は止めない。
数分が経過した。
「おい、死ぬぞ。”石”のために命を落とすのか?そんなものに命をかける価値があるのか?」
西陣は東條に言う。
だが、東條にはすでに聞こえていない。意識は、もうろうとしている。
気力、それだけで”停止”し続けている。
だが、とうとう力尽きた。
東條は移送車の中、”石”の前に倒れた。
***
「なんて奴だ。」
西陣は倒れている東條に対して畏敬の念を込めて言った。
しばらく東條を眺めた後、西陣は”石”に手をかけた。
「とうとう、この時が…」
「待て!」
西陣の後ろから声がした。
赤崎だ。赤崎のチームが到着した。よく見ると、南部もいる。
「おい、南部。寝返ったのか?」
「あなたのビジョンが…最善の選択かがわからなくなったのです。
東條のビジョンが実現できるのかもしれない。そんなことを戦いの中で思ってしまったのです。」
南部は戸惑いながら答えた。
「…東條。大した奴だ。限界を超えた力で仲間の増援まで持ちこたえ、望みをつないだ。
そして、お前のビジョンが南部を変えたのか。」
西陣は足元の東條を見ながら、そうつぶやいた。
「西陣さん。四方も戦いをやめたようです。
まだ、他の道を我々は探せるんじゃないでしょうか?」
南部は西陣を説得しようとしている。
「それが、お前の結論か。」
「はい。」
「…俺のビジョンについてくる奴は、もういないってことか。
組織のリーダーとしては、俺の負けだな。
だが、俺はもう引き返せない。
1人でも、戦うしかねーんだよ!」
西陣は両手に炎を宿し、戦う意志を見せた。
赤崎と南部が、構える。
だが、急に炎が両手だけではなく、体全体を包んだ。
「…なんてこった。このタイミングで来るとは。完全に、俺の負けだ。」
西陣の言葉を聞いた南部が叫ぶ。
「負けって…西陣さん!その炎は自分の意志じゃないってことですか!?」
力の暴走。
西陣は”悪夢の日”にヒーローアソシエーションを襲撃した際に、南部の捨て身の攻撃で大きな怪我を負った。
傷は完治したとはいえ、負傷の影響で、全盛期に比べると戦える時間、つまり能力を継続して使える時間は、短くなっていた。
西陣はそれを知っていたが、東條のチームが思いのほかしぶとく、戦いに時間を要してしまった。
”停止”を使いすぎて倒れた東條と同じで、西陣も力を限界まで使っていたのだ。
その代償として、西陣は異能をコントロールできず、体は炎に包まれてしまった。
「もう少しだった…。だが、これも運命か。
お前らのビジョンが実現するかどうか、あの世から眺めてやるよ。」
西陣は燃え盛る炎の中からそうつぶやいた。
「西陣さん!」
南部の声が、移送車の中に響いた。
西陣はそのまま、妻と息子の元へ旅立った。
★つづく★
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