第11話
長かったような、あっという間だったような夏休みが終わった。
夏休み明けの初登校日は快晴だった。私は駅から自転車で学校に向かい、そのまま教室に入った。
今日は授業がないけれど、念のためにと持ってきた一冊の教科書とノートを開く。だが、集中することができず、すぐに閉じて鞄の中にしまった。
夏休み、あれからセンパイとは会っていない。メッセージも送っていない。今日、センパイは学習ラウンジにいるのろうか。多分、いるだろう。だけど私はそこに行けなかった。あの日から毎日考えているけれど、センパイとどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。いや、自分がどんな顔をしてしまうのか予想できたからだ。
センパイが卒業したら、一緒に学校に通うことも、一緒に勉強をすることもできなくなる。それは当たり前のことだ。それなのにセンパイが海外に行ってしまうと知って、どうしてこんなに苦しくて、寂しくて、動揺してしまうのか、よく分からなかった。
私は立ち上がって教室を出た。そして真っすぐに学習ラウンジに向かう。
学習ラウンジの扉を開けた。センパイはいつもの窓際の席でテキストを開いていた。集中しているのか、私が入ってきたことに気付いていないようだ。
私は大きくひとつ息を吸ってから笑顔を作る。
「センパイ、おはようございます」
するとセンパイは少し驚いた顔で私を見た。そして笑みを浮かべて「おはよう」と言う。
「やっぱりいましたね」
「紫蒼さんは、ちょっと遅かったね」
「久しぶりの学校だったので、ちょっと寝坊しちゃいました」
頭を掻きながら答える私に、センパイは少し間を開けて「そっか」と言った。私の言葉が嘘だと分かったのかもしれない。鞄は教室に置いてきてしまった。ちょっと考えれば分かってしまうだろう。
センパイのテキストの横にはスマホが置いてあった。寂しい思いはさせない。そう言ってメッセを交換してもらったのに、私はセンパイに寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。
胸の奥のやけどのような痛みがまた少し広がる。
「センパイ、あれから夏休みはどうでした? 私、宿題がギリギリで、もう必死だったんですよー」
軽い口調で嘘を重ねる。
「そうなの? 宿題は早めにやった方がいいよ」
嘘に気付いているのか、いないのか、センパイは笑みを浮かべたまま私の言葉に答えた。
「ですね。本当、反省しました」
私は言いながらセンパイの顔を見つめる。センパイは笑顔だけど、これまでと何かが違う気がした。
「九月になったけど、やっぱりまだ自転車だと暑いですよ。今日なんて汗だくですもん」
「そうだろうね。でも、風が当たるから涼しくなるんじゃないの?」
「いやいや、当たる風自体が熱いですから」
「なるほど」
意味のない会話を繰り返して私は気付いた。センパイは笑っているけど、八重歯が見えていない。胸の奥のやけどがまた少し広がる。
「そうだ、センパイ。今日って午後から予定ありますか? よかったら、お昼を一緒に食べに行きませんか?」
「お昼?」
「はい。今日は午前中だけだし」
センパイは少し考える素振りを見せてから、「いいよ」と答えた。
考えてみれば朝以外の時間にセンパイと会ったのは、あの夏休みの一日だけだった。
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