第7話

 センパイとの朝の勉強会は毎日続いた。

 バスで登校する雨の日はセンパイと一緒に学習ラウンジに行き、自転車で登校する晴れの日は学習ラウンジで集合する。

 センパイと肩を並べていてもほとんど話をすることもなく、黙々とそれぞれの勉強をする。それでも分からないところがあって声を掛ければ、センパイは嫌がる素振りも見せず丁寧に教えてくれた。

 センパイの教え方はとても分かりやすい。もしかしたら先生に聞くよりも理解できるかもしれない。それをセンパイに言ったら「私もつまずいたところだからかな?」と八重歯を見せて笑った。

 センパイとの朝の勉強会が一カ月程続いた頃に期末試験となった。もちろん試験期間中も朝の勉強会は続いた。試験期間中は学習ラウンジに来る人も多くて、私は少し戸惑ったけれどセンパイはいつもの通りマイペースだった。

 テストではちょっと手ごたえを感じられた。だが確信は持てなかったから、テスト結果が返ってきたとき心の中でガッツポーズをしていた。予想していた以上にいい結果を出すことができた。

 授業で分からないことがあっても、翌朝の勉強会でセンパイに教えてもらうことで理解できる。分からないところをすぐに潰したから、毎日の授業にも無理なくついていけるようになった。

 それに、センパイに恥ずかしいところを見られたくないから、自宅でも真面目に予習や復習をするようになっていたのも結果につながったのだと思う。

 センパイと勉強会をするようになって、以前よりきちんと勉強していたのだから当然の結果だったのかもしれない。だけど私は、その結果が飛び上がるほどうれしかった。

「ニヤニヤして、そんなに結果良かったの? 見せてよ」

 藤花が肩を組むようにして私の結果票を覗き込んだ。

「え、ちょっと」

 慌てて隠そうとしたけれど、私の手から素早く奪い去っていく。そして結果を見て目を丸くした。

「うそ、紫蒼ってこんなに頭よかったの?」

 藤花が大げさに驚いてみせる。確かに予想よりも良かったが、学年全体では上の下くらいのレベルだ。そんなに目を見開いて驚くほどの成績ではない。つまり藤花は、私のことをかなりお馬鹿さんだと思っていたということだろう。

「藤花、勝手に見ちゃだめだよ」

 のんびりとした口調で言いながら、桃もちゃっかり私の成績票を覗き込む。

「ホントだ、結構いいね」

「私の見たんだから、二人のも見せてよ!」

 私が言うと桃はすぐに成績票を差し出した。そして渋る藤花の成績票を素早く奪い取って私に渡す。

 桃は私よりも成績がいい。ふわっとした雰囲気だから分かりづらいけど、やっぱり桃は何かが違う感じがする。一方の藤花は、予想以上というか、予想を下回ってひどかった。

「藤花ちゃんは、もうちょっとがんばらなきゃね」

 桃がやっぱりのんびりとした口調で言う。

「紫蒼は仲間だと思ってたのに……」

 藤花は腕で目を隠す仕草で泣きまねをしながら言った。

「ねえ、紫蒼、何か勉強の秘訣はあるの?」

 藤花が縋りつくような目をして私に聞く。

「えっと、どうだろう……。授業で分からないところをすぐに潰していく……かな?」

「そうだよー、藤花ちゃん。分からないって放り出すから、分からないままなんだよー」

 自分から尋ねたのに、藤花は口を尖らせてそっぽを向いてしまった。

「勉強なんて楽しくないもん! 学校の勉強なんて、大人になったら使わないんでしょう」

 開き直りのような態度に私は思わず苦笑した。だけど私も少し前までは藤花と同じように思っていた。勉強なんて楽しいとは思わなかったし、どうしてこんなことをしなくてはいけないんだろうと思っていた。

 勉強の意義はいまだに分からないけれど、センパイと一緒に勉強をするようになって楽しさは分かるようになった。分からないことが理解できた瞬間、なぜそれができなかったのか不思議になることもある。それはゲームやパズルをクリアしていく楽しさに少し似ていた。

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