第15話

 玄関でセンパイと別れてから教室に戻って文化祭の片づけに参加した。藤花はまだ怒っているようで、桃とは離れた場所で作業している。

 桃が私に近づいて小声で話し掛けた。

「先輩、大丈夫だった?」

「どうだろう? でも、明日ちゃんと話すつもり」

「そう。藤花のこと、ゴメンね」

「あー、うん」

 センパイを傷つけるようなことを言ったのは許せないという気持ちがあった。だけど藤花なりに私のことを思ってくれたのは分かる。だから許したいと思う気持ちと許せないという気持ちが半分半分で、自分でもどう処理すればいいのか分からない。

「藤花ちゃんね、紫蒼ちゃんのことが大好きなんだよ」

「私だって藤花のことは好き、だったけど」

 ついつい過去形にしてしまう。高校ではじめて仲良くなった友だちで、一緒にいると楽しい。

「藤花ちゃん、自分でも気づいてないと思うけど、多分、友だち以上に紫蒼ちゃんのことが好きだよ」

「へ?」

 桃はちょっとだけ寂しそうに笑った。

「藤花ちゃんは本当にバカだよねー。私がどんな気持ちでずっと側にいるか全然気づかないくせに」

「桃?」

「もう十年以上だよ。ひどいでしょう?」

 桃はそう言ってクスクスと笑った。

「でも、バカな子ほどかわいいって言うしね」

 そんな桃の横顔はいつもよりもずっと大人びて見えてびっくりした。

「紫蒼ちゃんは、女の子同士っておかしいと思う?」

 私は首を横に振る。

「そっか。藤花ちゃんのことはあとでちゃんと叱っておくから」

 そう言って桃はニッコリと笑った。やっぱり桃は私たちの中で一番大人だ。



 文化祭の片づけを終えていつもより遅い時間に帰宅した。そしてすぐにセンパイにメッセージを打つ。

『明日、お昼にこの間の洋食屋さんでご飯を食べませんか?』

 しばらく待っても既読マークがつかない。

『センパイとちゃんと話がしたいです。だからずっと待ってます』

 二通目を送っても既読マークは付かなかった。チリチリと焼けるような胸の奥の痛みは今も続いている。だけどその痛みは苦しいだけの痛みではなくなっていた。

 翌朝、起きてすぐにスマホを見た。返信はなかったけれどメッセージに既読マークはついていた。私は身支度を整えて家を出る。

 洋食屋はお昼の時間帯のため、前回来たときよりも少し混んでいたが座れないほどではない。店内を見回したがセンパイの姿はなかった。

 私は席に着き、待ち合わせであることを店員に告げた。

 センパイは来てくれるだろうか。ずっと待つとメッセージを打ったけれど、あまり長居をするのは店の人の迷惑になるかもしれない。あと少し待って来なかったらご飯を食べて店の外で待とうか。そんなことを考えていたら、コロンコロンとかわいいドアベルの音が響いた。

 ドアをくぐったセンパイは私を見付けて向かいの席に座る。

「おはようございます……じゃないですよね、こんにちは」

「こんにちは」

「センパイ、何食べますか? 私、今回はハヤシライスにします」

「えっと、私もハヤシライス」

 そうして店員にハヤシライスを二つ注文する。

「センパイ、もしかして、泣きましたか?」

「へ? な、泣いてないよ」

「なんか、少し目が腫れてる感じが……」

「うそ」

 センパイは慌てて目もとを隠す。その仕草がかわいくて思わず笑ってしまう。

「夕べ、ちょっと遅くまで勉強したから……」

「そうですか」

 そんな言い訳に私がさらに笑っていると、注文したハヤシライスが届いた。

 芳醇な香りを漂わせるハヤシライスの皿に目を落として、センパイが「ゴメンね」と言った。

「何がですか?」

「あの子の言った通り。私が紫蒼さんを巻き込んだから」

「私は別に巻き込まれたなんて思ってませんよ」

「でも多分、嫌な思いをすると思う。だからもう会うのは止めよう」

「納得できません」

「でも……」

 センパイはハヤシライスを見つめたままだ。

「あ、せっかくのハヤシライスが冷めちゃいますよ。食べましょうよ」

 するとセンパイは少し顔を上げてからゆっくりとスプーンを取った。私もスプーンでハヤシライスをすくって口に運ぶ。深みのある複雑な味が口いっぱいに広がる。

「うわぁ、やっぱりおいしいですね」

「そうだね」

 三口目が口の中から消えるのを待って私は言う。

「私はセンパイと知り合って、朝の退屈な時間がなくなったし、成績も上がったし、いいことばっかりです。それでも会っちゃいけないっていうのなら、私が納得できる理由を教えてください」

 センパイは一度持ち上げたスプーンを皿に戻し、少し考えてからハヤシライスを口に入れた。そしてしっかりと味わってそれを飲み込むと「分かった」と言った。

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