第21話

 私は毎日センパイにメッセージを送った。

 夜、眠る前に『おはようございます』とメッセージを送ると、センパイから『おやすみ』と返事が届く。

 登校の途中、センパイから『おはよう』とメッセージが届いたら『今日は何がありましたか?』と返事を打つ。

 授業が終わった頃『おやすみなさい』とメッセージを送ると、センパイから『お疲れ様』と返事が届く。

 短いメッセージを毎日送った。「寂しい思いはさせない」それは私が最初にセンパイにした約束だ。

 センパイが去って藤花や桃に心配されたけれど、私は泣かなかった。目標ができたから泣いている暇なんてない。

 私はこれまで以上に勉強を頑張った。成績を理由に私の志望を否定されないためだ。

 カナダの大学についても調べた。どの大学でどんな勉強ができるのか。そのために何が必要なのかを徹底的に調べて、明確な将来設計を作った。

 費用についても奨学金制度について調べて、その基準を満たせるように動いた。

 両親の説得は少々厄介だった。だから桜ちゃんに相談した。

「カナダの大学か? しかも、バンクーバー?」

「はい」

「内田希彩か?」

「……」

「好きな人に会いたいってだけなら賛成できない。旅行にでも行けばいい」

 桜ちゃんは真剣な顔で言う。

 私はそれまでに集めた資料を広げた。カナダの大学で何を勉強して、何になりたいのかも説明した。日本の大学ではなくカナダの大学を志望する理由も明確に説明した。もちろん少し強引なこじつけもあったと思う。それでもカナダ留学を否定するべき材料にはならないと思った。

 腕を組んで難しい顔で話を聞いていた桜ちゃんは、私の説明が終わると「本気なんだな?」と聞いた。

 私は迷わず頷く。

「本当、お前はすごいな。ガキの頃の勘違いでこの学校に来たのに、今度は好きな人を追いかけてカナダか」

「桜ちゃんのことは勘違いだったけど、センパイは勘違いじゃないよ」

「私が勘違いってなんだよ」

 そう言うと桜ちゃんはニヤッとわらって私の頭をガシガシと撫でながら「ガキんちょがでっかくなったなぁ」とつぶやくように言った。

 そうして桜ちゃんの協力も取り付けて、私は両親を説得することができた。


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「おはようございます。今日も早いんですね」

「おはよう。もう習慣だから」

 掛けられた声に私は笑顔で返す。すっかり顔なじみになった一年生が私の隣の席に座った。

「卒業おめでとうございます。でも先輩とこうして会えなくなると思うとすごく寂しいです」

「ありがとう」

「センパイはなんだかうれしそうですね」

「友だちと離れるのは少し寂しいけど、私はこの日をずっと待ってたから」

「そうなんですか?」

 不思議そうな顔をする彼女に私は笑顔を返した。

 そしていつもと同じ時間にメッセージが届く。

『おはよう』

 センパイは私からのメッセージを待たないと言った。私は待たせるつもりはなかったけれど、センパイも待たずに送るつもりだったようだ。

『新しい家の住み心地はどうですか?』

『今日は雨?』

 あまりにいつも通りのセンパイの返事に、思わず吹き出してしまう。隣の一年生がチラリと私の顔を見た。笑いを堪えながら私は返事を打つ。

『快晴です』

『体調悪い?』

『今日は卒業式なのでバスです』

『卒業式か。おめでとう』

『ありがとうございます。それで、新居はどんな感じですか?』

『いい感じだけど。本当にいいの?』

 センパイのメッセージはいつまで経ってもうまくならない。文面だけでは意味が分からないことが多い。でもそこが面白い。

『ルームシェアは、センパイも同意してくれたじゃないですか。今更何を言ってるんですか』

『寮の方がよくない?』

『センパイは私とルームシェアするのがイヤなんですか?』

『イヤじゃない』

『頼りにしてますからね、センパイ』

『うん』

 これから先のことは分からないけど、センパイと離れても私の気持ちは変わらなかった。だから私は、センパイに質問をするためにバンクーバーに行く。

『そっちに着いたらセンパイに聞きたいことがあります。今度はちゃんと答えてくださいね』

『うん』

 あと少しで私とセンパイの時差がゼロになる。センパイと会ったら一番に伝えたい言葉がある。

「センパイのことが大好きです」

 二年間伝えられなかった言葉をセンパイに届ける。そしてもう一度聞くんだ。

「センパイは、私のことが好きですか?」



    おわり

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