「戦術行動③ 包囲・後編」

——包囲の分類②——


 包囲はその形だけでなく、どのように包囲に持ち込むかの方法によっても分類することができる。


 ①能動包囲


 能動包囲は、包囲を行う側が積極的に攻勢、機動して敵を包囲下にすることだ。自軍が攻勢側である場合はほとんどがこの形になる。拘束部隊で鉄槌と金床戦術

 第一の方法は部隊の一部を敵の側面、背面まで機動させる方法だ。相手を回り込めるだけの機動力が必要となるし、山や川などがあると難易度が格段に高くなる。だからこそ成功すれば高い奇襲性を発揮できる(包囲ではないが、一ノ谷の戦いの逆落としのような効果がある)ため、挑戦する価値がないわけではないが……。

 第二の方法は敵の片翼、または両翼を押し込んで、中央部を包囲する方法だ。優勢な兵力で堅実な勝利を納めるのに最適だろう。十分な突破力、逆側を突破されない防御力など、必要な要素が多く難易度は高い。しかし成功すれば極めて有効だ。

 有効なため多くの指揮官がこの戦術を選択する。同数の兵力で、互いに右翼を前進させ包囲を狙った結果、戦場が反時計回りに回転したと言う前例もある程だ。だからこの戦術を弱点や使い方を学べば、相手がこれを狙ってきた場合の対処も行いやすくなる。


 ②受動包囲


 防御側が取る包囲戦術で、待ち伏せ型の包囲はほとんどこれに含まれる。よく言われる伏兵戦術もこれに当てはまる。


 この場合は相手を押し込んで包囲に持ち込むのではなく、前もって八の字、くの字、鶴翼陣といった陣形を組むことで、相手を包囲の中におびき出すものだ。そう上手くいくのか? と思われやすいが、地形を利用して包囲陣に突入せざるを得なくしたり、敵の突破に対抗したりする場合、相手の偵察が不十分だったり、焦っている場合には決まりやすくなっている。

 成功させた後にも完成度を高めるため、予備を利用する場合も多い。



 ③混合


 これは当初は受動的に、交戦後能動的に機動する高難易度の包囲である。

 この形の包囲で最も有名なのが『カンネーの戦い』で、ハンニバルを指揮官とするカルタゴ軍が多勢のローマ軍を文字通り殲滅した。まずカルタゴ軍はわざと中央を弱くして押し込まれることで、ローマ軍の中央を突出させ、U字型の包囲陣に取り込んだ(受動包囲)。そして強力な騎兵隊を生かしてローマ軍の背後を塞いだのである(能動包囲)。

 また秀悦なのが日本の島津家だ。偽装退却で敵を釣りだし、隠していた伏兵で敵の側面を叩く『釣り野伏せ』といった混合包囲を多用した。



——包囲のリスク——


 包囲は強力な戦術であるが、だからこそ敵は対策を講じるし、失敗すれば非常に困難な状況に陥りかねない。

 まず包囲をするためには多数の指揮官が必要だ。集団行動を想像してもらえると良いが、敵の側面に回り込む集団と中央の集団に一人で指示を下すのは大変に難易度が高い。また連絡を取るのも難しいため、作戦変更を伝えるのが難しく柔軟性を欠く。様々な状況に対応できる優秀な指揮官が必要なのだ。

 当然ながら包囲は突破などと比べて兵力を薄くのばす必要があり、敵に突破されるリスクを高めてしまう。

 さらに、戦略的な包囲陣であるとより顕著なことだが、翼部と中央部の攻勢の時間帯がズレると相手は個別に対応できるため、包囲効果は激減する。


 また敵に突破されたり一部部隊が潰走して、包囲陣の維持、完成が絶望的になった場合、多大な損害を覚悟しなければならない。

 突破された翼部は端のほうが敵中に孤立し、中央との連絡が途絶するばかりか、逆に包囲を受ける可能性が高い。だからと言って撤退命令を中央から受け取ることもできないので、翼部の指揮官がどれだけ優秀な指揮官かによって結果が大きく変わる。しかしどんなに優秀な指揮官でも、大抵の場合は壊滅してしまうだろう。


 何よりも注意すべきは、敵に包囲の意図を悟られないことだ。相手が包囲しようとしているのにそれを放置する敵はいない。必ず対策を講じるため、逆に包囲の弱点を突かれる。そうなってしまえば主導権を奪われ、守勢とならざるを得ない。




 包囲は古代から現代までありとあらゆる戦場で行われてきた戦術だ。包囲を上手く決めるのは敏腕な指揮官でなければ難しいが、堅実な片翼包囲を用いて多大な勝利を挙げてきた将軍もいる。包囲こそ、凡才も天才も頼る戦術の花形なのだ。

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