「世界平和の戦略」


 多くの人が世界平和を夢見ているが、それが実現したことはない。しかしカントの『永久平和のために』をはじめ、国際平和についてはロマン的なものから実証的なものまで様々に考えられてきた。

 そしてこれらの理論を見ることで、戦争の原因に迫ることが出来る。リアリティある戦記モノを書くのならば、役に立たないなんてことはないだろう。



——日常としての戦争——


 『A Revised List of Wars Between and Within Independent States, 1816-2002』によれば、1816年から2002年までの186年間にわたって、少なくとも一年に一度は戦争が起こってきた。

 しかも一定の戦死者を出した戦争を集計しているので、小規模な武力紛争まで含めれば更に多くの戦争が起こっているのだ。この時点で軍事力が国家の命運を左右することは疑いようのない事実である。

 同時に戦争が歴史上においては珍しいことではなく、「(日本における)台風よりは少ない」程度のことだったということも分かる。

 

 とはいえこの確率は近代のものだ。中国や日本の戦国時代、中近世ヨーロッパの一時期と比べればまだまだである。多くの作品で舞台にされるような中近世ならば、他国の侵略を受ける可能性は今と比較にならないほど高い。逆に近代国家ならば他国による侵略は珍しくなるかもしれないが、情報を制御しにくい時代のため、内戦や革命は起こりやすくなる。

 言うまでもないが地域によっても戦争の数は変わり、例えば北米は中東よりも戦争が少ない。戦争のリスクは時間的にも空間的にもムラが激しいのだ。


——抑止による平和——


 人類史上最も成功した平和戦略は間違いなく『相互確証破壊理論』である。それ即ち、互いが互いを滅ぼしうる力、具体的には遠隔投射可能な核兵器をもつことによって戦争を避けさせるというものだ。

 中東やアフリカの現状を見ると疑問も残るが、それでもなお今のところ世界は歴史上稀に見る平和を謳歌しているといっていい。日本は中でも傑出して平和だが、世界的にもこれほど国家の領域が安定した時代は少ない。今や滅亡する国を見ることはほとんどなくなった。ユーゴスラビアやソ連くらしいか消えた国家を知らない、という読者も多いだろう。

 これほどの平和をもたらした要因は二つある。核兵器による抑止と、階層構造だ。(階層構造については次項で書く)

 まずは抑止についてだ。1800年から1997年までの軍事情勢の変化を踏まえ、攻撃が優位だった時期、防御が優位だった時期、、抑止が優位だった時期で戦争が起こる危険性がどれほど変化しているかを調査した研究がある。(中、大国間の戦争に限る)

 その研究によれば、攻撃が優位な場合は比較的戦争が起こりやすいが、防衛が優位な時期にはなると戦争が起きにくくなり、抑止が優位な時期になると大国間の戦争そのものが滅多に起きなくなった。

 よって世界平和のためには国家の防衛力、抑止力が非常に重要な役割を果たしているのだ。


——勢力移行論——


 勿論抑止だけで戦争を防ぐことはできない。核兵器を保有する中小国が乱立する世界ならば、一国同士の全面核戦争となっても世界的な影響は少なく、そもそも核兵器を使わない戦争が多く行われることとなるだろう。事実、現代の世界がそうである。ではどうしたら平和を実現できるのか? 一つの回答として、政治学者オルガンスキーの勢力移行論がある。

 さて、比較的平和な時代に共通していることは超大国の存在だ。ローマ帝国、中華帝国、アメリカ合衆国といった超大国が階層の最上に位置し、大国、中小国と三層構造を成す。これが政治学者オルガンスキーの勢力移行論の基本認識だ。


 二度の世界大戦をみると分かるが、大戦争は既存の大国と新興の大国との間で起こる。つまり既存の超大国とその同盟者が圧倒的な力を持ち、新興勢力を抑え付けられてこそ平和が維持できるのだ。逆に新興勢力とその同盟国が既存の勢力に肉薄できるほど強力となった時、最も戦争が起こりやすい。勿論この方法では超大国が特権的な地位を振るうため、不公平な平和となるだろう。しかし世界中全ての国家を満足させることは不可能であるため、一定の合理性がある理論だ。

 国際連合による集団安全保障もこれと近い性質を帯びている。超大国ではなく国際連合が、世界のトップを担おうというものだ。


——自由貿易は平和に繋がるか?——


 よく、自由貿易は相互に相手国への依存度を高め戦争を抑止するという理論を聞く。

 しかしこれは間違っている。勿論全てではないが、自由貿易が戦争を抑止する一因にはなれど他ほど決定的な要因にはならない。反証を挙げるとすれば、第一次世界大戦だろう。


 「これほど世界各国の経済の相互依存性が高まった状態で、戦争は考えられない」

――ノーマン・エンジェル


 第一世界大戦が起こるほんの数年前の言葉だ。このあまりにも巨大な反証から、自由貿易が強く戦争を抑止してくれる、なんてことはない。

 相互にメリットがある貿易ならまだしも、例えばどちらかが輸出してもう一方が輸入するだけの貿易だとしたら、戦争の確率はぐんと上がる。事実近世には交易戦争が頻発しているのだ。自由貿易は戦争を抑止するどころか、戦争の原因にすらなる。


 だからといって自由貿易が平和に悪影響を及ぼすのかといえば、全くそうではない。自由貿易を完全に否定すればそれこそ第二次世界大戦の二の舞だ。第二次世界大戦は世界恐慌の中、新興の大国が経済圏の拡大による生き残りを画策したものでもあった。この時既存の大国は自国と植民地だけの経済圏に引きこもることで恐慌を回避したが、日本、イタリア、ドイツにはそれが不可能だったのだ。だから自ら戦争への道を突き進まねばならなかった。月並みに言えば何事もバランスが大事なのだ。

 

 平和を作ることは非常に難しい。しかし物語の結末における最高の『めでたしめでたし』は、世界平和ではなかろうか。物語でいかにして世界平和を実現させるか、その参考にでもなれば幸いである。

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