「戦術行動④ 突破・後編」


——突破の実践——


 突破の本質は、力を集中して敵を突破する穿貫作用せんかんさようだ。よって突破を行う場合、当然ながら戦力を集中する必要がある。

 とはいえ、突破だからといって一箇所に戦力を集中すれば良いというものではない。それでは相手も同地点に戦力を集中させ始め、最終的に突破することは難しくなるだろう。


 だからこそ突破を担う主攻とは別に、突破の支援を担う助攻が必要となる。主攻と助攻の距離は近くが良い。

 離れた場所で助攻をかけた方が敵を分散させられるのでは? と思うかもしれない。確かに戦略的にはそういった場合もある。しかしこと戦術的には意味がない。そもそも戦いは陣地構築をしている防御側が有利なので、助攻部隊はその三分の一の敵兵力で拘束され、残った敵兵力はこちらが主攻をかけている場所へ向かってしまう。そうなれば助攻部隊は遊兵となり、勝敗になんら寄与しない損害を出すだけの部隊となりかねない。

 対して主攻のすぐ側方で助攻をかければ、敵が我軍の主攻正面に来るのを直接的に妨害することができる。こうして稼いだわずかな時間で敵を突破し、戦果を拡張することが主攻の役割だ。


 例えば敵が三個師団で防衛陣地を作っている場合、攻者三倍の法則に従っておよそ九個師団が必要である。(勿論理想的にはだが)

 同防御陣地の突破を試みる場合、先ずは六、七個師団を中央の主攻に、一個師団をそれぞれ両翼の助攻に(つまり二個師団が必要)、一、二個師団を予備としておくのがセオリーだ。(数があっていないが、これは仕様である。元本がこれなのである)

 準備が整ったらまず突破箇所に航空攻撃、砲撃などを行い火力で敵を圧倒、後に強力な部隊、特に機甲部隊の衝撃力で敵を破壊して、前線に穴を開ける。


 ただし突破をする前に、それが敵の思惑ではないかと疑うことも重要である。わざと意図した箇所を突破させて敵を誘い込み、突破部隊を包囲撃滅するつもりかもしれない。

 敵を幾重にも連なる深みある前線に取り込んで包囲する縦深防御、敵突破箇所に強力な予備部隊をぶつける機動防御、などはその典型だ。

 

——突破の理論——


 ではセオリー通りに攻撃を仕掛け、敵前線の一部を突破したとしよう。しかしまだ安心してはならない。その程度で敵は崩壊しないし、即座に予備部隊が戦線の穴埋めに来るだろう。下手に進撃を停止してこの予備部隊に逆撃されれば、突破した敵の部隊と逆撃部隊とに三方を包囲されてしまう。

 ここから突破は第二段階に移行する。突破口の拡大だ。味方の増援部隊を送り込めるだけのスペースを確保するために、突破部隊は前進を続けなければならない。


 英国の陸軍軍人であり、電撃戦の理論を初めて構築した戦略家、J.F.C.フラーは数学的な計算に基づき突破の理論を構築した。

 第一次世界大戦で多くの兵士が無意味に失われたのは、突破の側面が45度の角度で内側に傾斜していることを認識しなかったからだと彼は言う。

 ではフラーの理論に従って考えてみよう。

 とりあえず防御陣の縦深が八キロメートルとすれば、高さ八度の直角三角形二つの底辺が攻撃正面となるので、二つ理論的な攻撃正面はだいたい十六キロメートルとなる。しかしまだだ。これでは突破口に味方の増援部隊が入るスペース(近代なら敵機銃の射程外)がない。このような間隙はだいたい両翼四キロずつ、つまり八キロ必要だ。そうすると攻撃正面は自ずと拡大し、約二十四キロとなる。

 ちなみにこの戦果拡張を担う部隊として、最も適当な部隊は機甲部隊である。理由は単純に、敵機関銃が効かないからだ。近代以前ならば、重騎兵ないし重装歩兵が同様の役割を担う。


 よし、突破口を広げたとしよう。まだ終わりではない。敵の予備部隊が迫ってきているし、味方の後続が到着してすぐ行動できるように準備しなければならない。具体的には一時的な防御陣地の構築、地理情報の収集、補給や損耗の確認などだ。


——突破の完成と戦果拡張——


 最終段階として、突破を確実とするだけの強力な軍隊を突破口に送り込む。こうして分断を完成させて初めて突破は成功し、その利益を享受出来るのだ。突破の効果は前編で説明した通りに絶大である、


 しかしここで終わっては、戦術的勝利は得られても戦略的な勝利は得られない。突破はそれ自体の成功も勿論大事ではあるが、成功した後の戦果拡張こそ戦争の趨勢を決定付ける。

 最も顕著な例はドイツの西方電撃戦だ。

 フランスの要塞線及び防衛線の中で、手薄だった森林沿いを機甲部隊、自動車化部隊、歩兵部隊で突破。この後堅実に行くなら前線部隊への側面、背面攻撃に出て敵前線戦略の撃破を測りたくなる。しかしドイツ軍は敵前線部隊よりも優先して敵後方へ進出し、その司令部、政治権力を屈服させた。質でも

数でも上回るフランス軍に対して、ドイツは突破後の戦果拡張だけで勝利を収めたのである。

 とはいえ電撃戦とてそう成功するものではない。フランス軍の教範は陣地戦志向であり、ドイツ軍は機動戦志向であったこと、フランスのインフラ、特に電撃戦の場合は自動車道が発達していたこと、国土が豊かでガソリンの質も良く、ドイツ軍が補給に困らなかったことなどさまざまな要因によって初めて成功したのである。


 突破後の戦果拡張には戦術的なもの、作戦的なもの、戦略的なものがある。

 

 戦術的なものでは、

 ・突破口両側に未だ展開する敵軍戦列の側面や後背

 ・前線司令部

 ・野営地、 

 ・間近の高台、橋、交差点などの緊要地形


 作戦的なものでは、

 ・前線物資集積地

 ・高級司令部 

 ・通信施設

 ・駅、港など大型の緊要地形。


 戦略的なものでは、

・後方補給基地

・方面軍司令部

・後方通信集積施設

・資源地帯

・工業地帯

・政治機能中枢系←主に首都

・交通網中枢系

 といったものがある。戦略上最も目指すべきものがなんなのか、戦果拡張の方向性は事前に計画しなければならない。勿論、突破に失敗した場合の計画も必要だが。



——戦略書を読むためのちょっとした蛇足——


 なお突破の第一段階と第二段階を担う部隊を第一梯団、第三段階担う部隊を第二梯団と表す資料もある。というか多い。

 特にソ連の縦深突破を説明する際にはよく出てくる。梯団? となる方も多かろうが、この梯団という言葉に深い意味はない。移動など様々な局面において、部隊を便宜上複数に分けたその一つ一つを梯団と称するだけだ。例えるならAグループBグループを、第一梯団第二梯団と言っているだけである。

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