「古代の戦略考察② エジプトの地政学」〜ナイル川の帝国〜
「古代の戦略考察② エジプトの地政学」
——エジプトの地政学——
ヒッタイトと同じ時期、大きな勢力を誇っていたのがエジプト新王国だ。
エジプトも先のヒッタイトと同じく、中東への進出が国家戦略だった。しかしその国情はヒッタイトとは全く異なる。では何故同じ戦略へと至ったのであろうか。
エジプトを理解するにはまず、その地勢を理解する必要がある。
エジプトの地理的特徴は、だいたい以下の三点
・河川沿いは豊かだが、河川沿いにしか生活できない。
「エジプトはナイルの賜物」と言われる通り、この国の全てはナイル川によって支えられている。
この川は全エジプト住民の生命線であり、唯一の生活圏だ。人口密度を色分けした地図で見るとわかりやすいが、エジプトの人口は九割がナイル川沿いに集中している。エジプト=ナイル川下流域といっても過言ではないのだ。
現代と比べるべくもないとはいえ高い人口密度と、ナイル川を利用した灌漑農業システムは文化の発展を促進した。
・ユーラシアとは狭いスエズ地峡だけでつながれている。
エジプトは当時の交易中心とであるシリア、メソポタミア、カナン(現イスラエル/パレスチナ)からは距離があった。またそれもスエズ地峡の一箇所でしか繋がっていなかったため、エジプトは基本的に異民族の侵入が少なかった。
だから制度の改変や技術開発が遅く、基本は保守的な国である。これほど地理的に安定した国において恐るべきは国内の不穏だ。
・近辺は砂漠ばかり
エジプトの西と南はおおよそ人の住める環境ではなく、東と北は海である。これは異民族の侵入が少なかった理由でもあり、エジプトの拡大方向が限られた理由でもあった。エジプトが更に肥沃な土地を手に入れたければ、中東に手を伸ばす他に道がないのである。
エジプトは周囲が不毛の土地で異民族の侵入が少なく、国が安定しやすい。しかし拡大してメリットがあるのは中東の一方向に限られるという地勢だった。
——エジプトの戦略——
ヒッタイトとの抗争が激しかった紀元前13世紀は、エジプトが拡大政策を邁進した時期だった。この理由は歴史と制度にある。
紀元前18世紀ごろ、ヒクソスという異民族がエジプトへ侵入した。中東の荒波に揉まれたことがなかったエジプトは敗北し、ナイル川中流域へと後退を余儀なくされた。
前16世紀に独立戦争を起こして彼らを追い出し、エジプト十七王朝(十六王朝との説も)が建てられる。
この時にヒクソスから奪った進んだ軍事技術(特に戦車(チャリオット)の作成技術)を活かし、さらなる異民族侵入に備えて拡大政策の真っ只中だったのだ。
エジプトへの侵入経路は中東、カナンしかない。カナン、ひいてはシリアを制圧すれば敵の侵攻があっても余裕を持って対処できる。
また王権の強化をする面でも戦争は役に立った。神権政治という性質上、神官の影響力が高くなりやすいエジプトでは、王権の強化が大きな課題だった。戦争はうってつけの手段である……負けても勝ったと宣伝すれば、この時代なら誰にもわからない。口止めさえすれば。
と、いった理由に「シリアは交易の中心地である」という付属価値があったために、エジプトの基本戦略もヒッタイトと同じ「シリアの征服」へと行き着いた。
当時の中東における覇権国家であったヒッタイトとエジプト、両者は互いの戦略がぶつかり合うシリアにおいて、古代史最初の一大決戦を行うこととなる。
「カデシュの戦い」の勃発だ。
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