「戦略家の二種の思考パターン」

「戦略を作る二つの考え方」

 

 ——戦略を立てる二種類の思考パターン—

 

 古来より軍隊を率いてきた将軍や司令官、戦略家には、大きく分けて二つの思考パターンが存在する。それは「ハリネズミ型」と「キツネ型」だ。

 これはラトビアの哲学者アイザイア=バーリンが提唱した考え方だ。彼が両者の違いとしてギリシャの詩人から引用した言葉がある。

「キツネはたくさんのことを知っているが、ハリネズミは大きいことを一つだけ知っている」

 つまり大雑把に言えば、大胆果敢な思想の戦略家を「ハリネズミ型」、綿密で慎重な戦略家を「キツネ型」と分類する場合が多い。

  

 ハリネズミ型の人間の具体例を挙げるのなら、プラトンやニーチェ、クセルクセス(アケメネス朝ペルシアの王の一人)やヒトラーなどだろう。つまりまず一つの決定を行い、それをひたすらに補強していくタイプの戦略家だ。

 信念が強く、決断が明確で、目標を変えない。強力な指導力とカリスマがあるのが特徴だ。物語や伝説の主人公にもこのタイプが多い。ハリネズミ型の弱点は、理論の落とし穴にはまりやすい点だ。正しいと考えた一つの理論を補強していくタイプなため、戦略が「無茶で無謀な作戦」「精神論だけで中身がない」「補給線がガタガタ」といった要素を伴いやすい。

 

 キツネ型の有名人といえばアリストテレスやシェイクスピア、アレクサンダー大王やモルトケなどが挙げられる。より多面的で数の多い情報を利用して、目的の達成を目指すタイプの戦略家だ。

 起こりこと全てを想定して対策を打ち、行動の時点においてのみ果敢に行動する。しかし明確な結論を出せないことが多く、指導力やカリスマ性に欠ける場合も数多い。(アレクサンダー大王は両方の良い面を併せ持っていた)。よって想定外の事態は起こしにくいものの、果断な成果を上げることは比較的少ない。

 


 両者の違いを明確に表す事例として、アメリカの政治学者フィリップ・E・テトロックの行なった研究がある。世界の政治について1988年〜2003年に行われた予測の精度分析を行った。分析の対象となったのは、大学や政府、シンクタンク、財団、国際機関、メディアに所属する専門家284人による27451件である。

 予測の的中率は総じてキツネ型の方が高かった。一方のハリネズミ型の予測はは猿がダーツを投げた程度にしか当たらなかったのだ。予測の的中率においてリベラル(左派)か保守(右派)か、現実重視か制度重視か、楽観主義か悲観主義かは殆ど関係しなかった。

 キツネは複数の情報源から得た情報を統合しようとするのに対して、ハリネズミは壮大な前提を用意する。ハリネズミの主張は思わず共感したくなるものが多いが、実際その通りになる確率は低い。ユダヤ人に対する陰謀論などがそれに当たるだろう。つまり予測という側面においては、キツネの方が遥かに正確な答えを導き出すことが出来るのだ。

 しかし、キツネは結局何も行動を起こせないことが多い。歴史上凡庸で平和主義に見える君主には、キツネが多いと言われている。戦略家は時として、素早く決断を下さなければならない。いちいち全ての可能性を考慮して万全の態勢を整えるなんてことをする時間はないし、そもそも情報が足りないので不可能、というのが現実的な想定だ。また人を従える為にもハリネズミの能力こそ必要であり、キツネのような人間が人を従えるのは苦労するだろう。現代まで読み継がれる戦略思想書を書いた人間は出世して戦史に名を残しはしなかったし、演説により民心を掌握した男は戦史に名を残したが戦争に敗北した。

  

 つまり戦略を思考する上では、ハリネズミのように「明確な目的意識のもと果断に行動する」ことと、キツネのように「起こりうることを想定し慎重に対策を打つ」ことをそれぞれ意識しなければならない。

 自分がどちらのタイプであるか認識し、もう片方のタイプの強みを学ぶことが戦略思考において重要となる。

 

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