第19話

「兄さん? 居る?」

 そう、王太子の執務室の扉にルーグスは声をかける。

 夜も更けた頃、王宮の廊下は、燦々と輝く灯こそあるが、既に使用人が通りかかることすら殆ど見かけない。窓から射しいる闇が鼈甲飴の様にコーティングされ、鈍く光る重そうな扉の妖しさと艶ましさをさらに増している様に感じる。

 その重そうな扉を叩くが、中に居るはずの兄の返答は無いままだ。試しにもう一度扉を叩くが、無駄なようだ。もう寝たのだろうか?そんな疑問が浮かぶが、さっき兄の寝室も確認したが居なかった事を直ぐに思い出す。

 三度目の問いかけにも答えが無い事を確認し、ゆっくりドアノブに手を掛ける。鍵は掛かってなかった様で、簡単に扉は開いた。


 中を見ると、真正面に兄の執務机と椅子があった。その椅子に座りながら眠っている、お目当てである兄の姿も目に入る。首を上に反らしながら寝ている姿は、一国の王太子足るには恥ずかしい姿かも知れないが、ルーグスにとればそちらの方が兄らしくて好きだ。


 ふと机を見ると、何枚もの書類が積み重なっていた。ざっと内容を確認すると、租税法の改正についてらしい。

 噂では、四大貴族とかいう糞共に反対され実現出来なかったらしい。それなのに、もう一度やろうと言うのだ。

 ここは、少し僕が頑張らないとな、そう思いながら、寝ている兄に毛布を掛ける。


 さて、愛しき兄の邪魔をする四大貴族ゴミを、掃除しなければ、

 そう思いながらルーグスは部屋から出て、したる場所へと向かった。





 夜も更け始めた頃、日課であるランニングをしようと、使用人詰め所より出たぜールストワイズは、まだ薄暗い廊下を歩いていると突然、一筋の光を視界の先に見出した。こんな時間までランプが灯っている部屋など普通ない為、少しだけ不思議に思いながら光の出処を確かめると、そこはぜールストワイズが仕えているこの国の王太子の部屋であった。


 何をやっているのだろうか、そう思い少しだけ開いている扉の隙間から部屋を覗いた。


 中には、例の王太子が、王太子とは思えぬ様なだらしのない顔をして、執務室の椅子に座りながら寝ていた他に、もう一人、ぜールストワイズが最も警戒して止まない"ヤバイ人間"が居た。


 王太子の弟、ルーグスである。その甘いマスクと美しい髪で令嬢達に有名な人物である。

 だが、ぜールストワイズは、その甘い顔の下にある狂気を知っている。


 ルーグスは、永遠と寝ている王太子の顔を見ているようだった。その顔は普段からは想像もつかない歪んだ笑であった。


 そんな彼の狂気に、再び恐怖しながらも、ぜールストワイズは、少しだけ、逆に興味が湧いてきた。


 あの狂気の矛先となる程、王太子は魅力を持つのであろうか、あるならば、当然、主人に伝えなければ、


 その忠誠心と探究心が彼女の運命をも大きく左右するとは知らず、ぜールストワイズは王太子を徹底的に調べる決意をしたのである。












 「ふぁ」

 そんな間抜けた声を出しながら目が覚めた。そしてすぐに、普段起きると目に入る天井と模様が違う事に気がつく。

 どうやら寝室に行く前に、執務室で眠っていたらしい。首を反ったまま眠っていたらしく、首は痛いし喉がカラカラに乾いている。水が欲しい、そう思い首を前に向けると、艶やかな金髪が突然目に入った。弟のルーグスだ。


 なんでこんな所に居るんだ!?


 そう驚愕していると、それが顔に出ていたのか、ルーグスが俺の疑問に答える。


「いやぁ、たまたま通りかかったら、兄さんが豪快にも執務室の机でイビキかいて寝てたからね、つい」


 ついじゃねぇよ!勝手に人の寝顔見てんじゃねぇよ、それも飛びっきりにだらしねぇやつをよぉ!?


 そんな心の叫びをぐっと、抑えながら無難な返答をする。


「しゃ、......」


 だがそんな俺の返答は喉の乾きで掠れて、聞き取れるような代物にならなかった。


「ははっ、声掠れ掠れじゃん!?」


 ルーグスに笑われ、さらに恥ずかしくなる。マジで穴があったら入りたくなるざまだ。


「あははっ、ほらっ、クッ、水だよ」


 笑いながら水が入ったコップを差し出すルーグス、ムカつくが飲まないと抗議すら言えないため素直にコップを受けとる。


「ルーグス!? 笑うなっ、笑いすぎだ!」


 水を飲み干すと、漸く回復した声で、全力で笑うルーグスに怒鳴った。


「ごめっ、ごめんて、兄さん、面白くてつい」


「ついじゃねぇよ」


 そう言いながら立ち上がると、膝から何かが落ちるのが分かった。慌てて下を見ると、誰がかけてくれたのか、毛布が落ちていた。


 そう毛布に気を取られていると、ルーグスに逃げらてしまった。


 まぁ、いいか、そう気持ちを切りかえる。

 なんだって、今日は四大貴族との会談日だ。ルーグスの事にいつまでも気を取られては敵わない。


 頬を叩きながら、気合いを入れる。ここからが勝負なのだ。







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