第17話

ベルシツェ王国、レシツィア王国の東に位置するこの国は長い間レシツィアとは対立関係にある。元々、中東部の全域を治めていたレシツィア王国は、西の神聖帝国と東のレシツィア=ルビジア連立王国に分裂し、更にルビジアとの連立を解消した。

この後に残った地域を地政学的に小レシツィアという。その小レシツィアの中で一番最初に独立したのがベルシツェ王国なのだ。

その後も何度もレシツィアとベルシツェは争ってきた仲だ。この前の(といっても30年くらい前だが)の内乱時も混乱に乗じてレシツィアに宣戦布告し、レーグハーグス地方を未だ占領したままだ。当然関係が良いはずも無い。


そんな関係の良くない国の王太子が、いきなり使者としてやってきたのだ。絶対良い事とは思えない。

その上こちとら外交なんか今までやった事が無い。他国の使者は全て外務大臣や宰相に対応を任せていたからだ。だが、他国の王太子であるとそうとも言えなし、無下に追い返すことも出来ない。


「一体何用で来たんだよ!?」


つい叫んでしまう。



服装を整えて王太子を待たせているという応接室に向かうてと、例の王太子は扉の前に立って待っていた。


「やぁ、初めましてだね、ヴァイネス王太子。」


そう言うと、タシューベルトはこちらにむかい手をヒラヒラと振ってくる。その顔はいかにも友好的だった。


「それが怖いんだよなぁ.....」


つい声が出てしまった。


「ん?何か言った?」


タシューベルトも直ぐ反応した。


「いや、何でもないから!」


直ぐに否定して、そのまま自己紹介に入った。



会談は比較的和やかに進んだ。今まで対立関係の中ちゃんと制定していなかった関税の制定や道路、輸送規格の統一、国境線の確定(まだこの世界では国境は線でなく、この集落はこの国の物、的な曖昧な物が多いらしい)などを話し合うなど、思っていた以上に有意義な時間となった。


だが同時に、こんな事をわざわざ一国の王太子が使者としてやって来るような重要な事で無い事も確かだ。


一体どんな事なのか。


そんな緊張が会談中常に俺を襲っていた。


そして休憩を挟み、会談が再開するて、タシューベルトはいきなり真剣な顔でこう、切り出した。


「今回の会談が、こんな事の交渉の為だけで無い事くらい分かっていますよね?」


「あ、あぁ、それぐらい」


急な問いかけに少々困惑する。


「今回の本題は、異教徒共と教皇領への対処です」


異教徒共と教皇領?何故それをウチに話す必要があるのか?そんな疑問を浮かべていると、タシューベルトは苦笑しながら続けた。


「あなた達に話す必要があるのですよ。今、教皇領も異教徒共、ヴォシアテ帝国は競うように北進を続けています。このまま北進を続けると、いずれベルシツェやレシツィアにまで触手を伸ばすでしょう」


「それで?」


「だからこそ、小レシツィア各国や中東部の中小国が手を取り合って対抗する必要があります。」


それは最もだ。


「既にワルヒリ、アルシア、マルーワツ、レフレ・ドレオ、ウクリジアの各国とは交渉済みです。」


ワルヒリ、アルシア、マルーワツはレシツィアの東部や南部と接しているし、レフレ・ドレオはベルシツェの北、ウクリジアは東に接する国だ。


はっきり言って悪く無い話しではある。外交的にも周辺国と関係が薄いレシツィアにとって外交的接点を得る機会にもなる。だが、


「そう簡単には、歴史的に許せない、と。」


タシューベルトに考えを見透かされていたようだ。


「それは分かっています。だから、レーグハーグス地方は貴国に返還致しましょう。」


ああ、完璧に言いたい事を先回りされている。これじゃ無駄に文句も言えない。一見領土も返還されるし良いように見えるが、外交的には相手の思惑通りにしてしまったら負けなのだ。


俺の外交デビューは完敗だった。

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