第6話 日常・裏① これは挑戦状と受け取りましたっ!



 

 午前中の授業がすべて終わり、周りのクラスメイトは一層騒がしくなる。他の教室も同様で、薄い壁を挟んだ隣の教室からは謎の悲鳴を上げている生徒らしき人も居るし、廊下からは我先にと購買のパンをゲットしようと多くの生徒が走る音が響いた。

 そしてこの昼休憩が終われば、また退屈な授業が始まる。


 そんな普通の高校生活を、普通の人間ではない者が謳歌していた。



(はぁー、ようやくお昼休みですー。なんだか今日はすっごく疲れましたねぇ………なんででしょう?)



 彼女の名は氷石聖梨華。『回避の勇者』である如月暮人を異世界へと転生させる為に地球に降り立った異世界を管理する女神である。

 現在は机の上の教科書やノートを片付けながら、自分の内心を誰にも悟られることが無いように余裕の笑みを湛えていた。


 友人である女生徒たちから一緒にお昼ご飯を食べようと誘われると「はい、わかりました」と快く頷く。彼に近づくために色んな神友から参考にして清く正しく情報操作を行なったり上品に振る舞っているのだが、この高校生活も二年目に突入。自前のスペックは惜しみなく使っているのだが、彼らを騙しているようで少しだけ心が痛い。

 本来の自分の性格を知っているのは、暮人と美雪くらいであろう。


 それにしても、と彼女は前の窓側の席に座る彼の後ろ姿をみる。



(如月さんは見たところ何も気にしている様子が無いんですよねぇ………。それとも、身近に近しい女子の幼馴染がいるから耐性があるんでしょうか)



 窓側の前方に座る暮人と彼の幼馴染だという美雪の二人が弁当を取り出して昼食をとろうとしている。


 このとき彼女は自覚していなかったが顔全体がかあああっ、と真っ赤になっていた。二人の様子をぼんやりと見つめながら今思い出しているのは今朝にあった出来事。



(いやまぁ如月さんは勇者なだけあって見た目はカッコいいんですよね。性格も優しいですしなんだかんだ彼を殺そうとしている私に対して普段通りに接してくれる懐の深さもありますから。………そういえば如月さん、意外と身体が大きくて、わ、私を抱きしめて―――)



 ぼしゅ、と思わず頭から煙が出る。周りの友達からは聖梨華を心配する声が上がるが、なんでもない事を伝えた。



(お、おかしいです。私なんでこんなに動揺しているのですか!? 男の子に抱きしめられて、顔が近くにあっただけの事じゃないですか! 彼を見るだけでドキドキしてしまうなんてそんなの人間の生娘じゃあるまいし!!)



 平然とした表情で弁当を食べるが、内心はメチャクチャ狼狽えていた。神といっても性別的には女子にあたる聖梨華、他の神友などとの交流はあるが今までそういった異性との交流などほとんどなかったのだ。

 せいぜいテレビで恋愛ドラマなどを見る程度。



 故に彼女は、胸に去来したこの感情の正体がわからない。



 頭の隅へと放り投げるようにして周りの友人の話に耳を傾けているのだが、どうしても彼のことが気になり視線を彼の座る席の方へと向けてしまう。


 すると、暮人がこちらを見ているではないか。



(はぅ………~~~っ!!)



 すぐさま視線を逸らして何事も無かったかのように再び友人たちの会話に戻るが……。


 恋愛ドラマの話だとか、最近SNSにアップされた人気投稿者が行った店がメディアに取り上げられるほど有名で行ってみたいだとか話していたがさっぱり頭に入ってこなかった。


 彼女の頭の中にあるのは彼の事ばかり。心なしか胸もドキドキしている。



(な、なんですか………今までは何ともなかったのにまるでフィルターを掛けたようにカッコよく見えます! 私は女神ですよ、異世界を管理する神ですよ………? なのに、抱きしめられたくらいで彼の事を直視できないなんてまるでチョロインそのものじゃないですか)



 ふと、冷静になると表情は笑みを浮かべつつ内心で納得するように頷く。



(きっと、一時の気の迷いでしょう。えぇ、そうに違いありません! これまで通り如月さんの命狙っていれば………って、ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?)



 そのように自分を落ち着かせている中でちらっと二人の様子を見ると、彼の幼馴染である美雪が自らの弁当の中身の卵焼きを彼にあーんして食べさせているではないか。

 ガタン、と思わず机に膝をぶつけてしまい音が響いてしまう。



(なんてうらやま、いえ、こんな人がたくさんいる中でハレンチな………というか瀧水さん、如月さんに食べさせる前に私の方を見てニヤリとしてましたよね!? あれってきっと『私の方が彼と近い関係にある』っていう意味での牽制なんですかね!? ドラマで見ましたよそんな感じの!?)

「聖梨華、大丈夫?」

「う、うん。少し足が痺れてしまいまして、思いっきりぶつけてしまいました。全然大丈夫ですよ?」



 なんとか平静を装いつつ返事をした。

 この学校では品行方正で通っている以上、あまり自分の本性はさらけ出したくはなかったのだが、自分を良く思っている友達にまで嘘をついている事に思わず聖梨華は自己嫌悪に陥ってしまう。



(ふぅ、いけない。この中で唯一仲の良い由里ゆりちゃんにまで心配をかけてしまいました………。というか瀧水さん絶対私のこの反応の正体に気が付いていますよね………って如月さんにあーんされてるぅぅぅぅぅぅぅ!!?)

 


 動揺により、またガタッと大きな音が鳴ってしまったが、先程と同じように取り繕う。聖梨華の弁当の箸が全く進まない様子と今日の彼女の不思議な態度に由里は訝しげな視線を向けるが、当の聖梨華はそんな周りの事など一切気にせずにぷるぷると小刻みに震えながら俯いていた。



(ふ、ふふ………っ、良いでしょう。これは瀧水さんから私への挑戦状と受け取りましたっ! でも、私は私なりの方法で彼に近づいていきますので、覚悟していて下さいっ!!)




 聖梨華はこの気持ちが何かを認識しないまま、どこか美雪と張り合うように決意する。


 覚悟を決めるようにして、自分の膝に置いた両手をギュッと握りしめた。



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