第14話 拳銃② いつの間にか形勢逆転





「はぁはぁ………え、一体どういう状況?」

「あ、暮人。お疲れさまー」



 スーパーからコンビニまではしごして大体の抹茶系のお菓子やアイスを購入してきたが、今自分の目の前に広がる光景はいったいなんなのだろうか。



 笑顔で手を振っている美雪が拳銃を持っていて、元の持ち主である聖梨華が土下座しているのだ。



 美雪が持つ拳銃の銃口は聖梨華へと向けられており、コンクリートの上に土下座した聖梨華はぷるぷると小動物のように震えながら顔を上げられないでいた。

 静かに耳を澄ませてみると表情の見えない聖梨華が何がを小さな声で呟いているのが聞こえる。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいそれだけは言わないで下さいなんでも言うこと聞きますのでこの高鳴る気持ちを彼にばらさないで下さい決して瀧水さんに迷惑はかけるつもりもありませんしこれまでの事も謝ります約束も守りますあと女神のくせに簡単に一人の人間を異世界転移できないって私本当にゴミですねハハハ………」

「なんか自虐的になってる!?」



 ところどころ聞こえない部分があったがとにかく謝罪していることが分かる。泣きそうな小声で何度も謝る声に驚くが、ここまでガクブル震えながら土下座する彼女の姿には違和感しかない。

 今まで明るく時にはふざけ、感情豊かな表情を見せてきた聖梨華だがここまで追い詰められたように何も出来ないでいるのは初めてだろう。


 さて、この構図からして先程とは形勢逆転していることが分かる。何が起こったのかは詳しく分からないが、聖梨華がここまで小動物的様子になっているのは必然的に彼女に銃口を向けている美雪が原因なのは間違いない。


 視線を向けると可愛らしく小首を傾げてきょとんとしている彼女だが、自分の艶やかな茶色の長髪を左手の人差し指でくるくると動かしている。長年一緒にいる自分だからわかるのだが、こういう仕草をしている時は『何かを隠している』時なのだ。


 同時に、何を聞いてもはぐらかされるサイン。


 それを見た暮人ははぁ、と一つだけ溜息を吐く。



「ねぇ美雪、一応聞くけど何があったの?」

「んー………、簡単に言うと『女同士の約束』? あ、もう土下座は良いよ氷石さん。もう、そんなに震えなくて良いじゃない。私たち、友達・・でしょ?」

「っ………! は、はい………ありがとうございます」


 

 びくっとしながらも、美雪から差し出された手を取り顔を上げた聖梨華の表情は引き攣った笑みを浮かべていた。

 そして美雪をみると彼女が持っていた拳銃は彼女が懐にしまっていたのが見えた。



 聖梨華のきめ細やかですべすべな肌をした頬には涙の痕と、未だ腫れぼったい瞳でうるうるとしながらこちらの庇護欲を誘うが、よくよく考えたら認識改変しているといえどいきなり公園で拳銃をブッ放したり人質をとったりするなど外道の極み。



 彼女に対して抱いた申し訳なさが一瞬にして消え去った。そう、ジュッ、と。



 しかし、だがまぁこうして落ち込んでいるであろう彼女を無下に扱う程落ちぶれてはいない。


 暮人は先程買い物に行ってきて疲れたという名目で彼女らを誘い公園のベンチに移動する。近くの自販機で買ってきたイチゴ牛乳を彼女に手渡す。



「あ、イチゴ牛乳………」

「ん、ダメだった? よく教室で飲んでるの見たから買ってきたんだけど。はい、美雪はコーヒーのブラック」

「暮人はそういうところがあるから………まいいや、ありがとっ」

「………ありがとうございます」



 おずおずと聖梨華が受け取ると、何故か美雪があきれたかのように返事した。なぜそのようなやれやれ的な表情をされなければいけないのかわからないが、ひとまずベンチに座る。

 微糖缶コーヒーを開けるとカシュッ、と小気味の良い音が鳴った。そして一口飲む。



「私、好きなんです」

「っ………ごほっごほっ!!」

「イチゴ牛乳」

「はぁ………」



 スタイル抜群な美少女である彼女から真隣で言われたのだ。美雪からは溜息を吐かれてしまったが、男子であるならばこんな勘違いしてしまってもバチは当たらないと思う。


 しばらく無言が続くが、聖梨華は缶の周りの表面に着いた水滴を両手で包んだ親指で拭うと、缶の蓋を開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んだ。


 因みにこのイチゴ牛乳はスーパーで売っているのよりも濃く、自分も好きでたまに飲むのだが、自販機でしか見たことが無い。しかもメーカーの自販機に入っているモノと入っていないモノがあるのである意味貴重だろう。

 幸いにも高校の購買や公園近くの自販機にあったのでそこで買ってきたが。



「………ぷは。私の、ここに来たばかりの思い出の味です。………よし、―――如月さん!」

「ん、なに?」



 突如彼女は大声を出すとベンチから離れてこちらに振り向いた。そして、人差し指をビッ、と勢い良く向けると片目を閉じながら宣言する。



「改めて私、諦めませんから! これからもどんどん如月さんを殺しにかかりますし、様々な手段を使って命を狙っていくので覚悟してて下さい!!」

「随分物騒な宣言だなぁ………」

「女神ですからね、私!! それにくよくよしてるなんて柄じゃありませんし、自分が望むモノは何としてでも叶えるタイプですから! 失敗してもネバーギブアップです!!」



 先程までは落ち込んだ様子を見せていた彼女だが、なんのきっかけか元気を取り戻したようだ。

 自分の命を狙うというのは世の中的に大変物騒な事案ではあるが、一度決めたことに信念を持って取り組むという意気込みは嫌いではない。


 思わず笑みを浮かべると、ふんす、と息巻いている彼女へ声を掛けた。



「うん、やっぱりその元気な感じの方が聖梨華さんらしいや。ま、俺こそ望むところだよ。『回避の勇者』らしく、何度でも回避してあげる。だから、遠慮なく殺しにかかってきても良いよ」



 ついでに人質はとらないように、と釘は刺しておく。「仕方ないですねぇ」と、彼女はやれやれとしながらも明るく振る舞うと、



「先程は情けないところを見せました、今すぐ忘れて下さい! それじゃまた、明日学校でお会いしましょう! あ、これ、ありがとうございますね! 貰っていきます!」

「氷石さん、じゃあねー!」

「また明日」




 聖梨華は暮人が購入してきたお菓子やアイスの入った袋を手に持つと、颯爽と走り去っていった。そんな姿を二人が視界に入れていると、残った美雪が話しかけてくる。



「あーあ、あんなに嬉しそうにしちゃってなぁ………詳しく聞かないの、暮人?」

「………あぁ、『女同士の約束』だっけ?」

「暮人が私の言うことを何でも聞くんだったら、教えてあげても良いんだけどなぁー」



 夕日に照らされながら小悪魔めいたニヤニヤした表情で美雪が問いかけるが、暮人はそれを一蹴。



「バッカだなぁ、いくら幼馴染でも根掘り葉掘り聞くほど野暮じゃないよ。俺は」

「………もう、この甲斐性なしっ!」



 そう言った彼女は、思わず見惚れるほどの笑みで笑っていた。











 一方、自宅に向けて走っている聖梨華の表情は明るかった。夕日が照らすオレンジ色の輝きと、渇いた風が心地よい。

 近くの家の外壁に背中から寄り掛かりながら、彼女は僅かに乱れた息を整える。ふぅ、と息を吐くと、改めて覚悟するように心の中で呟いた。



(さて、ライバルは多そうですが、狙ってみても良いですねー。彼の命と―――ハートも!)



 そう意気込んで、ふと暮人が購入してきた袋の中身を確認する。聖梨華は抹茶系のお菓子が好きだ。暮人のチョイスにセンスがあるのか覗いてみると―――既に時間が経って溶けているであろうカップアイスがあった。

 



「………………………アイスゥゥゥ!!!!!」



 因みにこのあと確認してみるもやっぱり溶けていたので、一から冷凍庫に入れて冷やして食べた。


 美味しかった。



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